第25話:休校が明け
会議室に忍び込んでから5日後、学院が再開した。
授業もいつも通り始まり、学院生活はもう数日ほど経っている。
父兄への説明は、騎士団の警備と食事の念入りな検査をするということで、一応は話がついたらしい。
それでも、学院の信頼を失ってしまったことには変わりなく、自主的に休学する生徒も多かった。
そんな混乱の余韻が残っている中でも、私たちメイナと攻略対象ズは独自調査を続けている。
だけど……。
「なかなか手がかりがありませんわね、ノエル様」
「ええ、少しも怪しいところはないですわ」
まったく成果が上がっていない。
授業終わりのベンチで、私たちは静かなため息を吐いた。
もちろん、日中は授業があるので自由には動けないけど、それでも放課後などを利用して調査していた。
だが、何もおかしなことはないのだ。
どうしたものかと考え込んでいたら、夕方5時の鐘が鳴った。
いかん、一度寮に帰らないと。
「メイナさん、申し訳ございません。ちょっと失礼します。お父様とお母様にお手紙を書かなければなりませんので」
「ええ、わかりましたわ。私こそお引き留めして申し訳ございません。ノエル様はお忙しいですからね」
メイナと別れ、寮へ向かう。
休校処置にも拘わらず学校に隠れて残ったせいで、父母は卒倒してしまった。
ロイアのオブラートに包んだ手紙でもまったく効果がなかったようだ(会議室での一件が知られていないのが不幸中の幸い……)。
あの後、涙でぐしょ濡れになった父母が迎えに来て、幽閉される勢いでヴィラニール家の自室に押し込まれた。
どうにかして学校に行く許可をもらえたのはいいけれど、毎日必ず手紙で無事を知らせることを義務付けられたのだ。
「さあ、ノエル様。あと1時間で書いてくださいませ。夜の便に間に合いませんので」
「ぐっ……」
書かなきゃいけないことは、朝から夕方までの出来事。
何時に起きて、何を食べたか、体調に問題はないか、何の授業を受けてどれくらい理解したのか(ここが一番キツイ)……。
この激重なお手紙日記に、とにかく精神を削られていた。
う~、こんなことしてる場合じゃないのに~。
自分で蒔いた種とはいえ、作文が苦手な私にはなかなかに重い制約であった。
「で、できたわ、ロイア……」
「お疲れ様でございました、ノエル様」
どうにかして手紙を書きあげてロイアに渡す。
彼女は少しの適当さも許さない、といった顔でギロリと手紙を読む。
この時間がまたキツイ。
「ど、どうかしら……」
「……お送りしてよろしいかと思います」
ロイアの一言でようやく肩の力が抜けた。
初日は彼女の厳しいチェックをクリアできず、結局徹夜で書いたのだった。
「では、お手紙は私が出してきます。その後、すぐお夕食といたしましょう」
「ありがとう、ロイア」
我が優秀なメイドは、手紙を持って部屋から出ていく。
毒物混入事件以来、学院での食事は大きな懸念事項になってしまった。
私みたいな公爵家や大きな家の生徒はお付きの使用人が作ったり、自分専用の食事を持ってきてもらったりしているらしい。
でも、みんながみんな、そうはいかないよね。
学食や寮食を食べざるを得ない人たちは、おっかなびっくりしながら食べているようだ。
いくら大丈夫、重点的に検査している、と言われてもやはり怖い。
私だってそうだ。
でも、ロイアがいてくれて良かった……。
そんなことを思っていたら、知らないうちに眠っていた。
「ノエル様、お食事ができました。お目覚めください」
「あぁ~、ノエル様は寝顔も美しいですわ~」
「もうみんな集合したよ、ノエル嬢」
「おーい、さっさと起きろ」
「きっとお疲れなんでしょう、もう少し寝かせてあげたらどうですか?」
夢の世界にいたら、四方八方から男女の声が聞こえてきた。
だ、誰だ、私をそんなに呼ぶのは。
「……んあっ?」
目が覚めたらすごい美男美女たちに囲まれていた。
ぼんやりした意識がはっきりしてくると、ゲームキャラの面々だとわかる。
え……な、なんで彼らがいるのだ……?
「さあ、ノエル様。皆さまがお待ちかねですよ」
「?」
……そうだ、思い出した。
夕食もメイナたちと食べることになったんだった。
私の部屋で。
念のため、メイナのご飯もロイアが作ることになり、ついでに日々の調査結果を共有する時間にしようとなったのだ。
なぜか私の部屋で。
「ご、ごめんなさい。眠ってしまったみたい。お手紙を書くのに疲れて……」
「お前なぁ、もっとしっかりしてくれよ。昼寝なんてのんきなヤツだな」
あろうことか、あのアンガーにまで呆れられてしまった。
とんでもない屈辱だ。
しかし、彼の発言にメイナの表情が険しくなってきたので、まずは食事を摂ることにする。
「そ、そんなことよりお食事にしましょう……おいし~い」
ロイアのご飯はとってもおいしい。
文字通り頬っぺたが落ちそうなのだ。
美食を食べつつ、今日の調査結果を報告しあう。
「今日も騎士団と一緒に見回りしたが、怪しい人物は見当たらないな。学院を出入りする者にもおかしなところはない」
アンガーは連日騎士団と行動している。
まぁ、団長の息子だからね。
顔が利くのだろう。
「僕も食堂の女の子たちに聞いてはいるんだけど、これといった情報は得られていないね」
ブレッドは相変わらずさらりと言うけど、しょ、食堂の女の子って給食のおばさんだよね?
さすがは王子様だ。
「私とカルムさんは学院の地下倉庫にある毒物使用記録を調べていました。バレたら退学物ですが、ノエル様の行動力を見習いましたの」
「でも、トリカブトの毒が持ち出された記録はないんです」
マジか、何気に彼女らの調査が一番危険だった。
私が手紙を書いてぐーすか寝ている間にも、彼らはきちんと独自調査している。
ぐうの音も出ないね、こりゃぁ。
「しかし、完全な流れの外部犯だったらどうしようもねえな」
「非常に強力な毒だから、明確な動機がありそうなものだけど」
「学院の誰かに変装した可能性もありますわ」
「もしそうなら、より調査が厳しくなってしまいますね」
頭を悩ませる私たち。
犯人を捕まえないことには、真の平穏は戻ってこないだろう。
私は手紙を書く日々で、一つの考えに至っていた。
「学院の先生を調査するというのはどうでしょう」
「「……学院の先生を?」」
「ええ、騎士団の方々も先生は詳しく調べない気がしますの。もちろん、犯人と疑っているわけではありませんが、万に一つの可能性として……」
「「ふむ……」」
もし学院の先生が犯人だったら、証拠を見つけるのは大変だ。
そして、権力が強い人ほど証拠隠滅は容易。
会議室で見た、あのトシリアス先生の怖い目つきだって忘れがたい……。
「ですが、ノエル様。先生はどなたを調べますの? 学院には先生がたくさんいらっしゃいますわ」
メイナがポツリと言うと、攻略対象ズも賛同していた。
誰を調査するのは、もう検討をつけている。
「学院で一番偉い先生と、メイナさんとの関わりが深い先生を調べようと思いますわ」
「「え……そ、それって……」」
みんなは緊張した様子で息を呑む。
「ええ…………学院長先生とトシリアス先生です」
学院のトップを調べようなんて、大それたことだ。
でも、それこそ万に一つの可能性があるかもしれない。
――メイナのためにも、学院のためにも、この事件は早く解決してあげたい。
その日から、独自調査の対象は学院長とトシリアス先生に決まった。
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