第23話:対策会議
「さて、皆も知っておろうと思うが、学院の食事に毒が混入された。幸いなことに被害者は出なかったものの、この学校は大きな混乱に包まれた。こんなことは学院の長い歴史でも初めてじゃ」
学院長の言葉に、先生方の表情は硬くなる。
現実世界でも毒の混入なんて大変な事件だ。
学院長は淡々と説明を続ける。
「毒が混入された食事は、1年生のメイナ・キャラバンが頼んだ物じゃ。彼女の担任はトシリアス先生じゃったな。交友関係でトラブルはあったかの?」
「いえ、そのような報告はありませんし、私の目から見ても順調な学院生活を送っていたと思います。いつも複数の友人たちと楽しそうに過ごしています」
「ふむ……となると、怨恨の類ではないかもしれんの……」
私も四六時中メイナと一緒にいるけど、交友関係は愚か、何かの悩みを相談されたことはない。
というより、彼女は人に好かれても、恨まれることはないはずだ。
それくらい、メイナの魅力は留まるところを知らない。
手下ズだって、あれ以来もう私たちに関わってこなかった。
今では、自分たちで勝手に学院生活を楽しそうに送っている。
「私が担当している出来の悪い生徒にノエル・ヴィラニールさんがいるのですが、彼女が毒の混入に気がついたようです。すでにご報告しましたが」
「三大公爵ヴィラニール家の一人娘がのぉ。補習が多いようだが、毒を見分ける魔法が使えるとは大したものじゃ。彼女は毒について何か言っておったか?」
「変な臭いがしたとかなんとか言っていましたが、どうして毒に気づいたかはよくわかりません。なにぶん、奇行が多い生徒ですので……」
奇行が多いって、あんた……。
もっと別の言い方があったでしょうに。
「それで、トシリアス先生。毒の解析結果は出たかの?」
「はい、こちらが検査結果でございます」
トシリアス先生が紙を一枚ずつ先生たちに配る。
先生方は紙を見ると、表情が一変した。
「ま、まさか、こんな毒が使われたなんて……」
「いたずらではすまされないな……」
「これは大変な事件だぞ……」
ここから紙の内容は見えないし、見ようとして動いたら術が解けてしまう。
なんて書いてあるんだろう。
「はい。食事から抽出された毒は…………トリカブトの物でした」
トシリアス先生の言葉に、心が激しくざわめく。
前世でも聞いたことがある名前だ。めっちゃ強い毒じゃん。
それこそ食べたら本当に死んでしまうような。
「ノエルさんが奇跡的に気づいてくれたので大事には至りませんでしたが、もしメイナさんが食べてしまっていたら命が危なかったでしょう」
会議室は重苦しい空気に包まれる。
生徒の命が狙われたのだ。
先生方の気持ちを思うと私も苦しい。
「誰がどこで混入したのか、肝心な情報はまだわからないのが心苦しいが……食堂の料理人たちの聴取はどうなっておる?」
「みな、毒など誰も入れていないと話しています。事前に毒見もしているため、絶対にありえないと……」
「ふむ……」
たまたまメイナが狙われたのか、それともメイナを狙ったのか。
現時点では、先生方も確固たる情報は掴めていないようだった。
トシリアス先生が深刻そうな顔で話す。
「学院長、父兄への説明はどういたしましょう」
「うむ……現時点でわかっていることは全て公表する。もちろん、犯人の目星がついていないことも含めてな」
「し、しかし、大変な反発が予想されますが、どのように説明すれば」
「ありのままを伝えるしかない。隠してはさらに不信感を募らせることになる。ワシから話すから、先生方は引き続き調査に専念してくれたまえ。もちろん、生徒たちのケアもしっかりとな」
混入事件の調査は学院でも行うけど、王国騎士団にも依頼することが決まった。
しばらくは学院内の警備も頼むそうだ。
先生方も疲れた様子で座席を立つ。
「まったく、嫌な事件だ。大事な生徒を殺そうとするなど、犯人を見つけたらタダではおかない」
「父兄や世間の信頼を取り戻さなければ」
「しばらくは、学院も物々しくなりそうですね」
静かに聞いていた私もひどく疲れていた。
<隠れみの術>による胆力の消耗もそうだけど、それ以上に聞いているだけで疲れるような話ばかりだった。
「皆の者、待ちたまえ」
部屋から出て行こうとする先生方を学院長が止めた。
トシリアス先生が不思議そうな顔で振り向く。
「どうしましたか、学院長」
「いや、この部屋にワシら以外の人間がいそうな気がしての……」
えっ!
私の心臓が跳ね上がると同時に、会議室がどよどよとしたざわめきに包まれた。
特に、トシリアス先生は見たこともないくらいの険しい顔で、部屋の中を見回している。
「「学院長! 侵入者ですか!?」」
「いや、まだわからん。何となく気配がしただけだからの。皆の者、動くでないぞよ。この世のあらゆる姿を現したまえ……<リビール・オール・クリア>」
学院長が呪文を唱えると、そこを中心として紫色のウェーブが伝わってくる。
え、え、え、何をやっているの?
「この魔法はどんな魔法の効果も無くしてしまう。まぁ、隠れておる者がいれば、姿が見えてしまうということじゃな」
私の心の声が聞こえたかのように、学院長先生は説明する。
逃げたいけど動けない。
少しでも動いたら<隠れみの術>は解けてしまう。
ああ、もうダメだ。
と思った瞬間、ウェーブは私の足元を通過しちゃった。
直前で魔法の効果が切れるとか、そんなことはなかったよ。
私が潜んでいるとわかったらどうなるんだろう。
退学は必須として、父母は死んでしまうかもしれないな。
なんて諸々妄想していたけど、何も起こらない。
<隠れみの術>が解けた様子はないし、先生方も騒いだりしない。
こ、これはいったい。
「ふむ……どうやら、ワシの勘違いだったようだ。混乱させて悪かったの」
……そ、そうか、忍術は魔法じゃないから解除されないんだ。
そして、学院長の言葉に、私は一人で安らかな安心と懐の大きさを感じた。
「学院長、お言葉ですが」
と思っていたら、トシリアス先生がいきなり切り出した。
「もしかしたら、また別の方法で隠れているかもしれません」
……いやいやいや、何を言い出すかと思ったら。
たった今校長先生が魔法を使って調べてくれたじゃないですか。
しかし、「念入りに調べてみましょう」と言いながら、トシリアス先生はジリジリこちらに近づいてくる。
手を正面に伸ばしたり、虚空を掴むようにしながらこっちに来る。
傍から見たらまぬけな動作ではあるけれど、今の私にとっては笑える仕草ではない。
<隠れみの術>は見えなくなっても、存在を消すわけではない。
私に触れられたら絶対にわかってしまう。
ああ、どうしよう。
もう少しでトシリアス先生が……!
「キャーッ! 誰か助けてー!」
と、思ったら、今度は部屋の外から女性の悲鳴が聞こえた。
「すぐに駆けつけるのじゃ!」
学院長の掛け声で、先生方はいっせいに部屋から出ていく。
な、なんだ? と思ったら、窓ガラスがコンコン叩かれた。
視線だけ動かすとロイアが見える。
くいくいっと手を動かしていた。
急いで窓から出て彼女と合流。
シュダッ! と屋根の上に避難すると、ようやく一息吐けた。
「ノエル様がピンチでしたので、とっさに悲鳴を上げて先生方の注意を引きました」
「ありがとう、ロイア。おかげで助かったわ」
「学院の偉い方々を騙してしまいました……ドキドキしますねぇ」
相変わらずワクワクしている彼女と屋根の上を走りながらも、会議室での出来事が思い出される。
トリカブトという猛毒が仕込まれたこと。
私の存在に気づいた学院長。
そして、あのときのトシリアス先生の視線……。
まるで、怨念がこもったような怖い目だった。
その不気味な光景はなかなか消えてくれなかった。
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