第22話:調査開始

「ノエル様、この度は本当に大変でしたね。ご無事で何よりでございます」

「ええ、でもみんなに大事なくて良かったわ。まさか、食堂のお料理に毒が入っているとは……」

「ご学友をお守りしたなんて、ノエル様は素晴らしいです。先生方も褒めてらっしゃいました」


 その後、私たち学院生徒は一度寮の自室に戻っていた。

 毒物混入事件について学院は重く受け止めているようで、今日にも本格的な調査が始まるらしい。


「そういえば、授業とかはどうなるんだろう? 学校閉まっちゃうのかな」

「その可能性は低いと考えます。現時点では、毒物混入の目的がわかっておりませんが、もし学院の閉鎖が目的だった場合、犯人の思い通りに事が進んでしまいますので」

「ふむ……」


 そうか、まだ何のために毒が入れられたのかわからないんだ。

 まずは念入りな調査ってところかしら。


「ですが、どうやら数日間は学院を閉鎖するようですね」

「え、そうなの?」

「まだ生徒側には伝えられていませんが、安全を考慮して休校処置を取るそうです」


 ふーん。

 まぁ、国内の有力貴族ばかり通っている学校だからね。

 魔法も使える大事な人材だし。


「それにしても、ロイアはずいぶんと耳が早いのね」

「ノエル様、耳は走らないと思いますが……」

 

 ?……ああ、ことわざを知らないのか。

 情報を知るのが速いことを、そういう言い方をするのだと伝えていると、ふと気になった。


「……というか、ロイアは何で知っているの? 先生たちしか知らないはずじゃ……」

「秘密でございます」


 ロイアは口の端を上げ、ニヒルで意味深な笑みを浮かべる。

 ご主人様に隠し事をしている私、カッコいい……的なアレだろうか。


「では、ノエル様。さっそく、お帰りの準備を始めましょう。公爵様と奥様もご心配でらっしゃいます」

「ロイア、せっかくだけど私は残るわ。少しでも事件の情報を集めたいの」


 今すぐにでも確かな情報が欲しい。

 こういうのは最初の立ち回りが大事だ。

 できれば、先生たちに教えてほしいけど、いくら三大公爵家の娘でもおいそれとは教えてくれないだろう。

 なので、自分で情報を集めるしかない。

 

「それはなりません、ノエル様。一度ご自宅へお帰り下さいませ。ノエル様の身に何かあったらどうすればいいのでしょうか」


 わかってはいたけど、やはりロイアには断られてしまった。

 しかし、ここで引き下がってはいけないのだ。

 どうにかして粘りたい。


「で、でも、私は毒の臭いがわかるから食べたりしないよ」

「ノエル様、そういう問題ではないのです」

「そこをなんとか……」

「なりません」


 いくら懇願してもピシリと断られる。

 あの父母のことだ。

 家に帰ったら、もう一生学院には来られないんじゃなかろうか。

 いや、まぁ、心配してくれるのは大変にありがたいんだけどね。

 今はメイナたちを守るために少しでも努力したいのだ。


「お願いよ……私、大事な友達を守りたいの。このまま何もしないでいるのはイヤ……」


 彼女の手を握り真剣に訴える。

 私の正直な気持ちだ。

 いつの間にか、メイナや攻略対象ズはかけがえのない友になっていた。

 何より、ここはゲームの世界だけど、彼らはれっきとした人間だ。


「私も彼らの人生を守りたいわ」

「……わかりました。仕方がありませんね。公爵様方も、私がお食事を作るとお伝えすればご安心なさるかもしれません」


 これでダメなら潔く諦めようと思ったときだ。

 ロイアがわずかに微笑みながら了承してくれた。


「公爵様と奥様には、私の方からお手紙をお出ししておきます」

「ありがとう、あなたは本当に良いメイドだわ……」

「では、ノエル様。すぐに諸々の準備を始めましょう」


 ロイアの提案で、一度帰るフリをすることにした。

 先生たちに怪しまれないようにね。

 粛々と荷物をまとめ、窓の鍵を開けたまま校門へ向かう。


「それでは、失礼いたします、トシリアス先生」

「ええ、お気を付けて」


 ロイアと一緒にトシリアス先生に挨拶する。

 ちゃんと家に帰ったと思わせるためだ。

 どうやら、先生たちは生徒たちの見送りと、保護者への連絡に今は集中しているらしい。

 校門を出てしばらく歩き、森に入った瞬間、行動開始。

 ぐるっと森を大回りするように走り学院の方向へ。

 人がいないタイミングを見計らって、屋根に飛び乗る!


「よし、ここまでは大丈夫そうね」

「他の方々は気づいていないようです」


 眼下には帰宅する生徒や、迎えに来た親たちでごった返している。

 誰も屋根の上など気にかけない。


「誰にも見つからないうちに、さっさと寮に戻りましょうか」

「はい、自室はあちらでございます」


 ロイアと一緒に自分の部屋へ向かう。

 特別棟はちょっと離れているけど、私と彼女ならあっという間だ。


「ノエル様、やはり私にはこの刺激がたまりませんっ」


 ロイアはシュダダダダッ! と駆けながら、嬉々とした表情で語る。

 久しぶりの快楽に心をときめかしているようだ。

 いや、もう本当に嬉しそう。

 あ、あんた、本当は楽しみにしてたんじゃないの?

 いや、まさかね。

 ということで、とりあえず特別棟の屋根まで着いた。

 斜めの屋根には小窓があるのでそこから入る。


「よっと……」


 事前に鍵は開けておいたので、すぐに中へ入れた。

 念のため、外から見られないようカーテンを閉める。


「さて、まずは……」

「それで、ノエル様っ。これからどうするのですかっ」


 部屋に入るや否や、ロイアは目を輝かせて私の手を握る。

 それはもう本当に力強く。

 彼女の力強い握手で私は確信を持った。

 

「ロイア。もしかして…………この状況楽しんでない?」


 私が指摘すると、ギクリッ! と彼女の身体が激しく動揺する。


「い、いぃえっ。そのようなことはございませんっ。私はノエル様のお気持ちを配慮するために仕方なく……っ」


 必死に弁明するも、まったく説得力のないロイアなのであった。

 何はともあれ、彼女は大変に心強い味方だ。


「さて、ここからが本番ね。どうにかして調査の結果を知りたいわ」

「それでしたら、すでに情報の一部を掴んでおります。今日の日暮れごろから、カンファレンスルーム“緋色”にて対策会議が開かれます」

「え! そうなの!? というか、なんでまたそんなことまで知ってるのよ……」

「こう見えても、私は裏で諸々調査するのが得意なのでございますゆえ」


 ロイアはクックックッと笑っている。

 なんかもう、色々ありすぎて彼女のキャラが崩壊してきてしまった。

 とはいえ、これはかなり重要な情報だね。



 夕刻……のちょっと前。

 ぜひ、私も一緒に! というロイアに根負けし、私たちはカンファレンスルーム“緋色”へ、ひたひたと向かっていた。

 玄関口のすぐ近くだけど、意外と使う機会がない。

 しかし、前世の記憶には、その部屋の名前に記憶があった。

 あのトシリアス先生のイベントゾーンだ。

 最初は補習からメイナとの関係はスタートする。

 やがて、彼女の優しさに心惹かれた先生は徐々に恋に落ち、両者は密室で愛を深める…………学校で何やってるんじゃ。

 と、思っていたら、部屋の前に着いた。

 よし、後は中に入るだけ……。


「え、なにこれ」


 扉の取っ手には変な魔法陣が浮かんでいた。

 開けようとしたけど、少しも動かない。

 困っていたら、ロイアが静かに私の前へ出てきた。


「ご安心ください、ノエル様。私にお任せください。汝の封じる道を開けよ……<アンロック>!」


 彼女が手をかざすと、魔法陣は消えちゃった。


「ロイア、すごいわね。こんな魔法が使えるなんて」

「昔取ったキネヅカでございます。では、私は外で待機しております。扉の魔法陣は、私がまたかけておきますので」

「あっ、ちょっと」


 ロイアは扉に魔法をかけると、シュバッ! と窓から出、シュダダダダッ! とどこかへ消えてしまった。

 は、早い。

 おっと、こうしちゃいられない。

 窓を閉め、そのすぐ下にしゃがみ込んで、と。

 ここならすぐに逃げられるし、ちょうど部屋の端っこだから、誰にもぶつからないだろう。

 身体中に胆力を巡らせ、高速で印を結ぶ。

 <幻遁・隠れみの術>!

 ぬぅぅぅ……と私の身体が周囲と同化する。

 うん、いい感じだね。


「……<アンロック>! しかし、学院の食事に毒が入るとはな。被害が出なかったのが、せめてもの救いか」

「誰がこんなにひどいことをしたのでしょう」

「父兄への説明は苦労しそうだぞ」


 と思った瞬間、先生方がぞろぞろ部屋に入ってきた。

 もちろん、トシリアス先生もちゃんといるぞ。

 あ、あぶねー。

 意外と間一髪だった。

 最後に入ってきたのは、仙人みたいに長い髭のおじいさん。

 大賢者みたいな格好をしている。

 学院長先生だ。

 入学式で挨拶してたから顔は知っている(話は覚えていない)。


「では、皆の者。席に着いてくれたまえ」


 学院長先生の掛け声で、先生方は席に着く。


「これより、食堂での毒物混入について緊急会議を始めるとしよう」

 

 友を守るための大事な情報収集の始まりだ。

 一言一句聞き逃さないぞ。

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