第21話:大切な友のために

「「ど、毒……!?」」


 私の言葉を聞いて、みんなは悲鳴に近い声を上げた。とても信じられないといった顔をしている。でも、パンを食べた魚は確かに死んでしまったのだ。毒が入っていたことは間違いない。


「それもかなり強力な毒のようですね。もしメイナさんが食べていたら死んでいたかもしれません」

「そ、そんな……どうして私が……」


 メイナは私の服をギュッと掴んで震えている。彼女の顔には恐怖が張り付いていた。無理もない。学院の中で、しかも有力な貴族たちが通う国内一の学院で自分の命が狙われたのだ。


「誰がこんなことをしたんだ!? 到底許されることではない!」

「毒で殺そうなんて卑怯なヤツだな! おい、出てこい! 俺がぶっ飛ばしてやるぞ! どうせ、人前に出る勇気もないんだろうがな!」

「僕だって戦いますよ! 大事な友達を傷つけようとする人は許しません!」


 ブレッドたちも怒り心頭だ。メイナを守るように立ちはだかる。食堂にいる学生たちもビックリした様子で私たちを見ていた。


「ど、毒って食堂のお食事に入っていたんでしょうか……?」

「もしかして、私たちのお料理にも毒が入っているんじゃ……」

「えええ!? もう食べてしまったぞ! た、大変だあああ!」


 たちまち、食堂は大パニックになってしまった。食事を放り出して一目散に食堂から出ていく者、その場で崩れ落ちて泣き叫ぶ者、ショックで気絶する者……食堂は阿鼻叫喚の騒ぎだった。メイナは力が抜けたようにフラフラと座り込む。パニックに当てられたのだろう。私は落ち着けるように話しかける。


「メイナさん、具合は大丈夫ですか?」

「え、ええ、私は何ともありませんわ……ただ、この騒ぎに驚いてしまいまして……」


 たぶん、メイナは大丈夫だ。食事を食べているわけではないし。私は注意深く辺りを見回す。毒を混入したヤツはこの中にいるのか? いや、もういないだろう。きっと、パニック騒動になる前から姿を消しているのに違いない。 


「誰が何のためにこんなことをしたんだ。メイナ嬢、何か恨みを買うような心当たりがあるかい?」

「俺が付いていながらこんな騒ぎが起きちまうなんてな。メイナ、最近おかしなことはなかったか?」

「僕にできることがあったら何でも言ってください。犯人はきっと、平民出なのに優秀なメイナさんを妬んでいるんです」

「いえ、私には何も……」


 メイナの顔は真っ青だ。相当強いショックを受けてしまったらしい。命を狙われる恐怖……。私にも身に覚えがあった。虎渡忍者に囲まれクナイで刺された痛みと、死が近づいてくる冷たさ。彼女の辛さが痛いほどよくわかった。


「皆さん、まずはメイナさんを医務室にお連れしましょう。少しお休みになった方がよろしいですわ」


 私が言うと、ブレッドたちもハッとした。


「そうだね、ノエル嬢の言う通りだ。メイナ嬢を医務室まで運ぼう」

「疲れてるところに悪かったな、許してくれ」

「立て続けに質問してごめんなさい、メイナ様」


 みんなでメイナを抱え上げる。たしか、医務室は食堂の近くだったはず。


「もう大丈夫ですからね、メイナさん。まずはゆっくり休みましょう」

「すみません……ノエル様……」


 メイナに肩を貸して歩き出した。彼女の辛さを思うと胸が張り裂けそうだった。


「静かにしてください! 何の騒ぎですか!? ここは劇場じゃありません、学院です!」

「あなたたちは王国の先導者となるのですよ! そんなに騒いではみっともありません!」

「とにかく静かに! 静かにするんです!」


 やがて、騒ぎを聞きつけ学院の先生たちが集まってきた。その先頭にはトシリアス先生がいる。私を見ると真っ先にこっちへ歩いてきた。目がギュッとつり上がってる。


「ノエルさん! この騒ぎは何ですか!? もしかして、これもあなたが……!」

「いえ! 違います! 私じゃありません!」

「じゃあ、誰ですか!?」

「え、えっと……それがわからなくて……」


 しどろもどろに話し出したら、ブレッドが私を止めた。スッと前に出る。


「先生、聞いてください。メイナ嬢の食事に毒物が混入されていたのです。もっとも、彼女が食べる直前にノエル嬢が気づいてくれて大事には至りませんでしたが」

「「毒物ですって!?」」

「はい、池の魚を見てください。彼女が食べようとしたパンを与えたら、すぐに死んでしまいました。非常に強力な毒が含まれていることは明白です」


 ブレッドが代表して説明してくれた。さすがは第一王子。理路整然としている。私が話したら余計に混乱させていただろう。彼の説明を聞いて、先生たちは池の魚を注意深く見ていた。トシリアス先生が振り向いて言う。


「……たしかに、死んでしまっていますね。問題の食事とはどれですか?」

「メイナ嬢の食事はこれです」


 ブレッドがメイナの料理を差し出す。トシリアス先生はトレイを受け取ると、バリアのような魔法をかけた。


「この食事は学院の検査に出します。今回の騒ぎも学院会議に報告します。みなさんはすぐに部屋に戻るように! 午後の授業は中止です!」


 まさか、トシリアス先生とか学院の先生たちが毒を……? 今かけた魔法は証拠隠滅のつもりで……。いや、と心の中で首を振る。まだそんな証拠はどこにもないんだ。食堂のスタッフの可能性だってある。もしくは完全な外部犯か。それに、疑い出すとキリがない。トシリアス先生たちが学生に指示を出すと、少しずつ騒ぎは収まっていった。


「では、ノエルさんたちも一度部屋に戻ってください。指示があるまでは部屋から出ないように」

「わかりました。でも、メイナさんを医務室に連れて行ってからにします」

「……あまり長居はしないように」


 みんなと一緒に医務室までやってきた。医術師の先生に事情を話すと、すぐに中に入れてくれた。メイナをそっとベッドに寝かす。彼女はすっかり元気を失ってしまっていた。


「ノエル様……ごめんなさい……」

「いいえ、あなたが謝ることは何もないわ」

「私は……これからどうなるのでしょうか」


 メイナは恐怖に震えてしまっている。その顔を見ていると、こっちまで悲しくなってしまった。彼女の手をそっと握る。


「大丈夫よ。メイナさんは何があっても私が守るわ」

「ノエル様……」


 メイナは私の手を静かに握り返す。彼女を守れるのは私しかいないのだ。そんな思いが、フッと心に浮かんできた。メイナは不思議そうに私を見ている。


「ノエル様、どうしてそんなに……親身になってくださるのですか? ノエル様が狙われる危険もございますのに」

「どうしてって……」


 私はメイナを正面から見る。一呼吸置いて、素直な気持ちを口にした。


「大切だからに決まっていますわ」


 最初は処刑フラグを回避するために、言わば打算的に行動していた。でも、もうそんなことはしない。いつの間にか、メイナたちは私の大事な友人になっていた。彼女たちは私が守る。処刑フラグはたしかに怖い。でもそれ以上に、友達を守りたい気持ちの方が強くなっていた。

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