第20話:毒入りの食事

「うっ……くっ……」

「ノエル様!」


 体をぐぐぐ……と起こす。ぼんやりしている視界が少しずつハッキリしてくる。適度に装飾品が置かれた広い室内。ここは……寮にある私の部屋だ。


「ノエル様、お目覚めですか!?」

「ロ、ロイア……」


 ロイアがベッドの脇から身を乗り出していた。見たこともないくらい心配そうな顔だ。がしっと私に抱き着いてくる。そうか、ノエルとの邂逅は終わったのか。現実世界に戻ってきたのだ。


「私は……どれくらい寝ていたの?」

「三時間ほどでございます」

「そう……だったんだ……」


 ノエルとの邂逅は何日もあったような気がする。でも、実際はもっと短かったようだ。たった三時間だなんて。まだ頭がぼんやりする。何日も徹夜でテスト勉強していたときよりずっとひどい。ロイアが心配そうにのぞき込んでいた。


「大丈夫ですか、ノエル様。もう少し横になられていた方が……」

「い、いえ、もう大丈夫だわ。それで……私はどうなったの?」

「ノエル様は気を失われていたのです。医術師の言うには魔力の使い過ぎだろうとのことでした。ですが、大きな怪我がなくて本当に安心いたしました」


 ロイアの顔には疲労が浮かんでいる。ずいぶんと心配させてしまったようだ。彼女を見ていると、“ディープルートの森”での出来事が思い出された。


「そうだ! 森にヘルウルフが出たのよ! しかも、六匹も! メイナは……他のみんなはどうなったの!?」

「皆さまは無事でございます。“ディープルートの森”にヘルウルフが出現したことについては、今緊急会議が開かれております」

「そうなのね……良かった。安心したわ」


 無事と聞いてホッとした。だけど、倒れてからの記憶がない。どうやら、メイナたちがここまで私を運んでくれたらしい。一息ついていると、トントン……と扉がノックされた。


「誰かしら?」

「きっと、ご学友の皆様です。直ちに追い返しましょう。ノエル様には休養が必要です」

「いえ、追い返さないでちょうだい! 中に入れてあげて!」


 寸でのところでロイアを呼び止めた。


「ですが、まだノエル様のお身体は本調子ではございません。安静になさっていた方がよろしいかと」

「ありがとう、ロイア。でも、むしろ友達の顔を見た方が元気になるわ」

「そう……ですか。承知いたしました。ノエル様は、本当にお変わりになりましたね」


 渋々ながらも、ロイアは扉を開けてくれた。真っ先にピンク色の髪をした女の子が飛びついてくる。


「ノエル様、もうお身体はよろしいのですの!?」

「ええ、もう大丈夫ですわ」

「良かった……私、ノエル様がいなくなってしまったら生きていけません」


 メイナは私に抱きついてふるふると泣いている。彼女に続いて、見知った男性たちも入ってきた。ブレッド、アンガー、カルムの三人だ。


「ノエル嬢、今回は大変だったね。改めてお礼を言わせてもらおうよ。君がいなければ僕たちは全滅していた」

「密偵女とか言って悪かったな。お前は勇気ある女だ」

「あなたには救われてばかりです。ノエル様は僕たちの救世主ですね」


 三人とも特に怪我はないようだ。彼らの姿を見れて安心した。でも、みんなに心配をかけてしまったのは事実だ。すまん。あっ。


「森の火はどうやって消したのですか?」


 <豪炎玉>は結構な威力が出てしまった。森が大火事になってなければいいんだけど……。


「心配はいらないよ。カルム君が消してくれたさ」

「そうでしたか。ありがとうございます、カルム様」


 お礼を言うと、カルムは頬を赤らめていた。


「ノエル様のために頑張りました。あのときの頑張りを見ていただきたかったくらいです」

「ノエル様、私も聖魔法で火種を消し飛ばしていましたわ」


 メイナとカルムは軽くバチっている。なんかお馴染みの光景になりそうなんだけど……そんなことないよね? ということで、私たちはどうにかヘルウルフの襲撃を乗り越えた。トシリアス先生の心配していた通り森を燃やしてしまったわけだが、緊急事態ということでお咎めなしだった。メイナたちが弁明してくれたらしい。みんなには感謝しないと。そして、「お父様とお母様には黙っておいて」と言ったが、ロイアに「ありえません」とあっさり手紙を出されてしまった。

 翌日、父母が泣きながら部屋に飛び込んできたのは言うまでもない。



□□□


 ヘルウルフ事件からしばらくして、私は元通りの学園生活を送っていた。攻略対象ズとも仲良くなり、今ではみんなでお昼ご飯を食べる仲だ。今日は食堂で食べようということで、メイナもお料理を注文していた。彼女のメニューは可愛いサンドイッチ。メイナがあ~んと口に入れようとしたときだ。微かな異臭を感じた。


「ねえ、メイナさん。あなたのお食事から変な臭いがしませんこと?」

「変な匂い……でございますか?」

「ええ、苦いような臭いですわ」


 自慢じゃないが、私は鼻がいい。幼い頃から散々毒見の修行をさせられてきたからね。


「そうかなぁ? 僕には何も感じないけど」

「俺もわからん」

「う~ん、僕もわかりませんね」


 彼女たちは鼻をくんくんしているけどわからないようだ。気のせいかな? と、思ったけど、念のため。


「メイナさん。一口パンを頂いてもよろしいですか?」

「え、パンをですか? もちろん、まったく構いませんが」


 メイナはいそいそとパンをちぎると、私に一口くれた。それを持ったまま、食堂横の池に向かう。メイナと攻略対象ズもくっついてきた。


「ノエル様、どうされたのですか?」

「いや、ちょっとね。確かめたいことがあるの」


 池には鯉みたいな魚が泳いでいる。ポイッとパンを投げたら、バクンッ! と食べた。だけど、何事もなかったかのようにスイスイと泳いでいる。


「なんだよ、何も起こらないじゃないか。人騒がせなヤツだな」

「アンガー様! ノエル様に向かってそのような口の利き方は、私が許しませんよ!」

「あ、いや、つまりだな……」

「ほら、仲良くしたまえよ」


 アンガーたちが揉めだしたとき……。突然、鯉っぽい魚がジタバタしだした。


「きゃぁっ! な、なんですの!? ノエル様!」

「「こ、これはいったい……」」


 そして、すぐさまプカーっと浮いてしまった。ピクリとも動かない。死んでしまったのだ。みんなは張りつめた表情で魚を見ていた。


「やっぱり、毒が入っていたみたいですね。それも、下手したら人でさえ殺してしまいそうな強い毒を……」


 いったい、誰がこんなひどいことをしたのだ。

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