第17話:おかしなシナリオ

「おかえりなさいませ、ノエル様! なかなかお帰りにならないので心配してしまいましたわ!」

「ご、ごめんなさいね、メイナさん。少し休んでから戻ってくるつもりが遅くなってしまいましたわ」

「もう二度と離しませんわ! ノエル様がいなくなったら、私はどうすればいいのでしょうか!」


 森に着くや否や、真っ先にメイナが抱き着いてきた。今気づいたけど、彼女の髪からは良い匂いがする。きっと、好きな攻略対象の気を惹くためだ。せめてカルムでないことを盛大に祈る。そして、メイナはカルムを見ると表情が怖くなった。え? なんで?


「あなたは同じクラスのカルム様ですね。失礼ながら、ノエル様とはどういったご関係で?」

「ど、どういったも何も、ついさっき会ったばかりです」

「その魔石はなんですか? 見せてください」

「み、湖の孤島にあったのですが、ノエル様が譲ってくれたのです」


 なんだかメイナが強気で迫っているんですけど。いつもは大人しいのに……ど、どうした? あっ、そうか。虹色の魔石が欲しいって言ってたもんね。ごめん、私がカルムに渡しちゃったんだ。


「ノエル様にお返ししなさい。もしかしたら、あなたが無理に奪ったのではなくて?」

「ち、違います! 本当に譲ってもらったんです!」


 メイナが予想以上にぐいぐい迫るんですが。慌てて間に入った。


「メ、メイナさん! カルム様の仰っていることは真実ですわ! 私がお譲りさせていただいだの!」

「……ノエル様が仰るなら本当なんですね。申し訳ございません、取り乱してしまいましたわ」


 あのメイナがこんなに怒るなんて。そんなに虹色の魔石が欲しかったのか……。ん? 待てよ? ということはだよ? 彼女はそこまでしてでも、好きな人に振り向いてほしいというわけだ。そして、私の妨害によりその願いは消え失せた。うん、まずいね、これ。どう考えても処刑フラグを突き進んでいる。


「……ノエル様、どうされたのですか? 顔色がお悪いですわよ」

「い、いえ、何でもございませんわ」

「私で良かったらいつでもご相談に乗りますわ。ノエル様のためなら何でもやる覚悟ですの」

「あ、ありがとう、メイナさん」


 つまり、私を処刑する覚悟があるということだろうか。こ、怖いよぉ。あっ、そうだ。魔石を半分こにしたらどうだろう。叩いたら簡単に割れそうだし。いや、最高の悪手な気がする。そんなことを考えていたら、ブレッドがぐいとこっちに来た。


「さて、ノエル嬢。お取り込み中悪いのだけど、ぜひ君の魔法の秘密を教えてほしいんだ。もちろん、タダでとは言わない。スペシャルランチの食券五十枚と交換はどうだろう」

「食券五十枚……」


 スペシャルランチは食堂で一番高いメニューだ。カッコいいセリフを言いたいだろうに、食券と交換というのがどこまで行っても全年齢向けだった。


「いいや、その前に俺と正式な勝負をしてもらおう。ちょうど新しい魔法を習得したからな。お前で試してやるぞ」

「そ、それは、ちょっと困りますわね……」

「ノエル様、僕はまだ恩を返しきれていない気がします。何をすればよいでしょうか」

「と、特に何もしなくてよろしいですわ」 

「皆さま、そんなに近寄られてはノエル様も疲れてしまいますわ。まだ課題は続いておりますので」


 ひいい、攻略対象ズが迫ってくるよおお。頼むから向こうに行ってええ。メイナが間に入ってくれたので、必死に状況を整理する。

 今までのやり取りを考えると、メイナの想い人はカルムではなさそうだ。でも、他の攻略対象ズと仲良くしているところも見たことがないな。なぜかメイナは私と一緒にいることが多いし。もしかして、裏で隠れて会っているのか? だとしたら、私にはどうしようもできないじゃん。そして気づいたら、私はメイナと攻略対象ズに囲まれていた。


「ノエル様、魔石を集めに参りましょう。まだ時間はございますわ」

「食券五十枚でダメならば、百枚ならどうだろう。今の僕に出せる最大の品だ」

「まずは俺と勝負するんだよ。負けたままじゃ俺のプライドが許さねえからな」

「ノエル様、どうか僕もペアに加えてください。いや、この先も一緒に行動してください」


 四方八方からグイグイ服を引っぱられる。いったい何がどうしてこんなことに……。ギロチン処刑は免れそうだけど、この状況はどうなっているんだろう。と、そのとき、森の奥から獣の唸り声が聞こえてきた。グルルルル……という威嚇するような声だ。みんなはなんだ? と森を見る。忍者の直感として、私たちを襲うつもりだとすぐにわかった。


「皆さん、木から離れて!」

「え? ノ、ノエル嬢、いきなりどうしたんだい?」

「いいから早く!」

「「わ、わかった……」」


 急いでみんなを木から離す。ヌッ……と狼型のモンスターが現れた。それを見てアンガーが悲鳴に近い声を上げる。


「こ、こいつはBランクのヘルウルフじゃねえか! ここにはDランクしかいないんじゃないのか!?」

「大変です、ノエル様! で、ですが、大丈夫です! こ、今度は私がノエル様を守りますわ!」


 みんな深刻な顔で冷や汗をかいている。すぐにブレッドが指示を出した。


「みんな、まずは落ち着こう。敵は一匹、こっちは五人だ。まだ初級魔法しか習っていないが、力を合わせれば追い払えるはずだ」


 さすがは第一王子。こんなときでも冷静だ。でも、素直に喜ぶことはできない。敵は……この一匹だけではない。


「いいえ、どうやら他にもいるようですわ」


 木陰から、ガサリッと五体のヘルウルフが現れた。

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