第16話:攻略対象の事情
「カ、カルム・トランクイル様……どうしてここに」
「遠くから虹色の光が見えまして……Sランクの魔石があるんじゃないかと思ったのです」
カルムは謎のオーラを湛えた男だ。この学園でメイナ以外の、唯一の平民出身者。乙女ゲームにしては珍しく、向こうからあまり接触してこない。その独特な雰囲気もあって、私は心の中で不思議ボーイと呼んでいた。基本的に引っ込み思案という設定で、こちらから積極的に絡まないといけないのだ。まぁ、他二人の攻略は簡単だからね。難易度調整的な話なのかもしれない。
「それにしても、カルム様はよくこの孤島までいらっしゃれましたね。森からはだいぶ離れていますのに」
「僕はこう見えても水魔法が得意でして……湖の水を操ってここまで来ました」
「そうなんでございますか。水魔法を……」
最初の試験でも高得点出してたもんね。カルムは大して疲れた様子もなかった。ふーん、すげえじゃん。私でさえ結構疲れたのに。違う種類の術を連続で使うと、胆力の消費が激しいのだ。不思議ボーイは私の手をチラチラ見てくる。なんだ?
「ところで、ノエル様。あなたもその魔石を採取しに来たんですよね?」
そうだった。カルムはSランクの魔石を気にしているのだ。
「あ、あ~、そんなところですかね。まぁ、その可能性は無きにしも非ずと言いますか……」
メイナたちから逃げてきたことは言わない方が良さそうだ。できれば、カルムが彼女たちと接触するのは回避したい。
「僕は一人で魔石を探しているのですが、ノエル様もお一人ですか?」
「私はメイナさんとペアを組ませていただいてますわ」
「なるほど、お二人ですか……ということは、より高得点の魔石を手に入れたいですね」
私はカルムの事情を知っている。メイナと同じ特待生扱いだけど、奨学金をもらうには順位が上位でないといけないのだ。たしか、メイナも同じ条件だったような……。ゲーム自体は適当にやっていたので記憶が曖昧だ。あ、いや、なんだかんだ補習やら攻略対象ズの協力やらでクリアしちゃうんだった。主人公補正すまん、カルム。
「こちら、あなたに差し上げますわ」
「……え?」
躊躇なく魔石を差し出した。ここで私が奪ったら印象が悪くなりかねない。きっと事の経緯をメイナに説明して……下手したら処刑……。ぶるっと背筋が震えた。
「し、失礼ですが、今差し上げると仰ったのですか?」
「ええ、そうでございます」
「そ、それで、どなたに差し上げるのですか」
「カルム様に決まっていますわ」
当たり前でしょうが。あんた以外に誰がいるんだってーの。不思議ボーイは信じられないといった様子であたふたしている。中性的な見た目も相まって、小動物のように可愛い。女の子と言われてもおかしくないくらいだ。
「私、どうやら魔石を集める才能があったようでして。これ以上集めきれないほど魔石を集めてしまいましたの。とてもじゃないですが、この魔石は持って帰れませんわ」
「え? そうなのですか? い、いや、しかし、ノエル様は……公爵家ですし……」
カルムは平民出身ということもあり、他の貴族たちに引け目を感じている。だけど、メイナだけは分け隔てなく接してくれるので、彼女に心を開くのだ。
「そんなことは関係ありませんわ。公爵家だろうとなかろうと学校ではみな平等。それに、先に見つけていたのはカルム様ですから。あなたが回収するのが道理というものですわ」
「ノ、ノエル様……そのような高尚なお考えを持たれているとは……なんて素晴らしいのでしょう……」
カルムは心を打たれたように感動している。そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。ゲームの設定的にも、貴族と平民はきっちり分けられているみたいだしね。
「ということですので、この魔石はカルム様に差し上げますわ」
「いや、でも、やっぱり悪いので……」
「いいえ、どうぞ!」
「……うっ!」
なおもごねるカルムに、無理矢理魔石を突きつけた。痛そうに胸を押さえている。ちょっと力強く渡しちゃったけど、たぶん大丈夫でしょう。
「ご、ごほっ……あなたは優しいんですね……見かけによらず」
「え、ええ、それほどでも」
カルムはせき込みながらお礼を言ってくれた。でも、最後の一言は余計だぞ。さて……と私は湖に近寄る。そろそろ森へ戻った方が良さそうだ。メイナたちも心配しているだろうし、時間に遅れたらトシリアス先生に怒られる。きっと、メイナはお咎めなしで私だけ補習パターンだ。
「僕はそろそろ帰りますが、ノエル様はどうするのでしょう?」
「私はもう少しここで休んでいきますわ。どうぞお気になさらずお帰りくださいませ」
<隠れみの術>を使ったあと、立て続けに<水上歩き>を使ったからね。念のためもう少し休んでおきたい。
「でしたら、僕が送って差し上げます」
「ぃえ!?」
いきなり、カルムは送るとか言いだした。思わず変な声が出ちゃったぞ。そもそも、お前そんなキャラじゃないだろおお。
「いえいえ! どうかお気になさらず……!」
「せめて魔石を譲っていただいたお礼をさせてください。水の精霊よ、その清らかなる力を貸し給え……<アクア・ハンド>!」
なんかカルムの押しが強くなってる気がするんですけど……。君、もっと引っ込み思案だったじゃん。いったい何があったのよ。そんなことを考えていたら、湖の水がザザザ……と巨人の
手みたいになった。きっとカルムはこれに乗って孤島まで来たんだ。
「さあ、どうぞ。ノエル様のために特別魔力を込めました」
「は、はあ……でも、やっぱり悪いですわ。カルム様だけお帰りください。魔力がもったいないので」
正直に言って、めちゃくちゃ気乗りしない。メイナに目撃されたらどうするのだ。
「まあまあ、そう言わずに」
「あっ、ちょっ!」
水の手がひょいッと伸びてきて、私を乗せてしまった。ヒンヤリしていて気持ちいいし、濡れることもない。意外と快適ではある。カルムも続けて飛び乗った。
「では、行きましょう。しっかり捕まっててください」
「い、いえ、私はまだここに……」
有無を言わさず、ザザザ……と水の手は湖上を走り出した。マジかよ、どうしよう。あれ? そういえば、この光景はどこかで……。風に揺られていると頭に電撃が走った。って、これ、メイナがやるべきイベントじゃん! 魔石を集めているとき、彼女は誤って湖に落ちてしまうのだ。それをカルムが救い、二人は仲良くなる。不思議ボーイとの貴重なイベントなのに! 私が消化しちゃった!
「カ、カルム様! もうここで降ろしてくださいまし!」
「何を言っているんですか、ノエル様。溺れてしまうじゃありませんか。もしかして、怖くなってしまったのですぁ?」
「はい、怖くなってしまったのです!」
処刑フラグが! このまま二人で森に戻ったらどんな誤解をされてしまうか。もし仮にメイナがカルムに一目惚れでもしていたら……私は授業中に密会していたふしだらな女子生徒になってしまう。
「ようやくノエル様が帰って来られましたわ! ……おや? 殿方と一緒ですわね!?」
「ノエル嬢、ずっと君を探していたんだ! ぜひ、詳しく話を聞かせてくれ!」
「おい、ちゃんと決着をつけさせろ!」
ヤバい、ヤバい、ヤバい! 処刑フラグが勢ぞろいしているよ! みんな笑顔で手を振っている。気のせいか、彼女らの手がギロチンに見えてきた。ひ、ひいいいい、私はどうなるのおおおお。
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