第15話:魔石収集と攻略対象ズ

「あっ、ノエル様! あちらにも魔石が落ちておりますわ!」

「メイナさん、そんなに走られると危ないですわよ」


 その後、私たちは順調に魔石を集めていた。と言っても、ほとんど青色。Dランクばかりだ。“ディープルートの森”の奥までは入らず、まずは手前の開けた場所で集めようということだった。でも、メイナは本当に楽しそうに魔石を集めている。


「私、魔石なんて初めて見ましたわ。村にいたときには、魔石なんて本当に貴重でしたので。どれも宝石のように美しいです」

「そうですわね。この辺りは魔石の質も上等なのかもしれませんわね」


 魔石は意外とずっしりしていて持ちごたえがある。採取した感があるね。“ディープルートの森”は結構広いようで、他のクラスメイトと接触することも特になかった。


「私、何が何でもSランクの魔石を見つけたいのです」

「点数がお高いですからね。メイナさんは目標が高くて素晴らしいですわ」

「それもそうですが……とあるお方にお渡ししたいのですの。日頃の感謝を込めて……」

「そうなんでございますの。でしたら、なおさら見つかるといいですわね」


 メイナは頬を赤らめてうつむく。そうかそうか、好きな人がいるんだね。いいことだ。それにしても、やたらと私を見てくるんだが。


「ノエル様、この辺りの魔石は採り尽くしてしまったかもしれません。もう他には見当たりませんね」

「ええ、そのようですね。少し森の奥に行ってみましょうか」

「私はもうちょっとこの辺りを探してから参りますわ。Sランクの魔石が隠れているかもしれませんので」

「では、先に行っていますわね」


 さて、と森の中に入ったときだ。いきなり、木の影からぬらりと黒い影が出てきた。躱せるはずもなく、思いっきりぶつかってしまった。


「やあ、ノエル・ヴィラニール嬢。今日も元気いっぱいだね」

「ブレッド様!?」


 攻略対象ナンバー1、ブレッド王子。なぜここに。


「僕は入学したときから君のことが気になっていてね。ぜひとも一度ゆっくりと話をしてみたかったんだ。あの不思議な魔法には大変に興味がある」

「そ、そんな大したことではございませんわ。特別でもなんでもないのです」

「あんな術式は僕も見たことがない。どこで学んだんだい?」


 ブレッド様はさりげなく片手を木に当て、私の退路を塞ぐ。本人にはその気がないんだろうなぁ。こういうことがすんなり出来ちゃうのも、天性のモテ男というわけだ。


「え、え~と……以前、東方の島国に留学していた時期がございまして。学んだというか学ばされたと言いますか……」


 あれはただの忍術です……とはさすがに言えん。この世界がどこまで続いているかはわからないけど、もうやけくそだ。適当に誤魔化すしかない。頼む、王子。これで引き下がってくれ。


「東方の島国だって? それは俄然興味が湧いたな」


 ……興味が湧いちゃったんかーい。王子はさらにグイグイ迫ってきた。おまけに、なんだかハアハアしてるし。さ、さすが魔法オタクだ。オタクの熱量のヤバさは私もよく知っている。


「さあ、ノエル嬢……その魔法の秘密を教えてもらおうか……」

「あ、いえ……」


 こんなところをメイナにでも見られたら最悪だ。もし彼女の好きな人がブレッドだったら……。想像しただけで寒気がするよ。に、逃げるしかない。ダッと駆け出した。


「ま、待つんだ、ノエル嬢! 絶対に逃がさないぞ!」

「追って来ないでくださいまし~!」


 森の中を駆けるも、ドレスがあちこち引っ掻かって走りづらい。このままでは追いつかれてしまう。ぐぅ……どうする。そ、そうだ、あの術なら! 木の影に隠れ、高速で印を結ぶ。胆力を全身に巡らした。できれば忍術は使いたくないけど、背に腹は代えられない。


「<陰遁・隠れみの術>!」


 ぬうううう……と、私の体が透明になっていく。周囲の景色と同化しているのだ。


「ノエル嬢、どこにいるんだ!? ……おかしいなぁ、あんな派手なご令嬢を見逃すはずはないのに。どぎついドレスに負けないほど、本人の存在感もすごいんだけどなぁ」


 ブレッドは私のすぐそばを通り過ぎていく。って、あんたはそんな目で私を見てたんかい。思わずツッコミそうになったけど、寸でのところで耐えた。<陰遁の術>は動くと解けてしまう。ここは静かにやり過ごすのだ。息を潜めていると、王子も向こうに行った。


「……やれやれ、うまくやり過ごせたわ」


 ホッと一息吐く。王子と反対方向に歩きだしたら、ぬらりと出てきた黒い影にぶつかった。


「いてっ! いきなりなんだよ……って、密偵女か」

「アンガー!? レシピエント様……」


 なんであんたがこんなところに。立て続けに攻略対象と遭遇するなんて……なんという間の悪さ。


「そういえば、お前との勝負はまだついてなかったな。俺は騎士団長を継ぐ者として、誰にも負けるわけにはいかないのさ」

「アンガー様はもう十分過ぎるほどお強いと思いますが……」

「甘言で俺を惑わそうとしたって無駄だぞ。お前の疑惑も白になったわけじゃない」


 いったいどうすれば私の疑惑は消えるんだ。処刑フラグとは別の問題に悩まされる。


「やあ、ノエル嬢。こんなところにいたんだね」


 うんうん考えていると、私の後ろから王子様ボイスが聞こえてきた。絶望の気持ちでギギギ……と振り向く。


「ブ、ブレッド様……どうして」

「僕とアンガー君はペアを組んでいるのさ」


 王子は衝撃の一言を放つ。あんたらペアなんかい! 二人ともモブ美女軍団に囲まれていたはずなのに。狂戦士に負けたあの子たちはいったい……。


「ま、まさか、アンガー様とブレッド様がペアを組まれているとは思いませんでしたわ。オホホ……」

「ハハハ、彼の魔法はとても魅力的でね。虜になってしまったというわけさ」

「まぁ、王子様のご要望とあらば断れねえからな」


 二人は嬉しそうに笑顔を交わしている。いつの間にか友情芽生えてるっぽいし。しかし、どうしてこのタイミングで攻略対象ズが次々と……。その瞬間、私の脳裏に閃光が迸った。そうだ! これ、ゲームのイベントだ!


「どうしたんだい、ノエル嬢。その黒曜石のような美しい瞳がさらに輝きを増してるよ」

「お前、めちゃくちゃ目玉でかいな」

「あ、いえ、こっちの話で……」


 プレイヤーは好感度の高いイケメンとペアを組む。しかし、途中で別の攻略対象と遭遇して、ヒロインを取り合うイベントに発展するのだ。よりによって私が先に遭遇しちゃった。こ、この場合ってどうなるの? 下手したら、メイナは私を泥棒猫と勘違いして……。


「ノエル様~、どこにいらっしゃいますの~」


 そう思った瞬間、メイナの声が聞こえてきた。こんなところを見られたらまずい。私の脳内が猛烈に計算を始める。メイナは王子と狂戦士のどちらかが好きな可能性はまだ十分ある。私が彼らと仲良くしていると、私の印象は悪くなる。故に、今すぐにここを離れるべきだ。ものの一秒で計算した。隙を見て猛烈に駆け出す。


「待ってくれ、ノエル嬢!」

「待ちやがれ密偵女!」

「ノエル様、置いていかないでくださいませー!」


 ひいいい、何で追いかけてくるのー! おまけに、みんな意外と足が速い。どうして追いつかれそうなの。あっ、そうか。靴のせいだ。デザインは豪華なんだけど、めちゃくちゃ走りにくい。やがて、森を出てしまった。目の前には湖が広がっている。


「し、しまった……」


 しかも、結構大きな湖だ。水深も深そうじゃん。


「ノエル様~!」

「俺と勝負しやがれ!」

「君の不思議な魔法について、詳しく話を聞かせてくれ!」


 私の処刑フラグは、すぐ後ろまで迫っている。こうなったら……湖を渡るしかない。忍者要素は出したくないけど……仕方がない! 水遁の術を使えば渡れるはずだ。高速で印を結び、胆

力を足に集めた。


「<水遁の術・水上歩き>!」

「「なっ!?」」


 パシャシャシャッ! と水の上をさっそうと走り出す。よし、できた! みんなはほとりでポカンと佇んでいた。<水上歩き>のコツは、“右足が沈みそうになったら、沈み切る前に左足を出す。左足が沈みそうになったら、沈み切る前に右足を出す”だ。これなら体が沈む前に進んでいける。遥か後方には取り残されたメイナと攻略対象ズ。頼む、みんなで仲良くなってくれ。あなたたちの幸せな生活に、私がいてはいけないのだ。

 湖の中央には小さな孤島があった。よし、あそこで休みつつ時間を稼ごう。無事、孤島に上陸した。


「ふぅ、結構疲れたな……」


 この距離の<水上歩き>は初めてだからね。さすがに疲れる。ちょっと胆力を回復させよう。そして、座ったら虹色の魔石が転がっているのに気付いた。


「あれ? 魔石がある。Sランクのヤツじゃん」


 ひょいッと手にとって眺める。陽の光を受けて虹色に輝いていた。ふーん、キレイだなぁ。


「す、すみません……そ、その魔石は僕が先に見つけたものなのですが……」

「え?」


 岩の影からぬらりと黒い影が出てくる。その顔を見た瞬間、倒れそうになってしまった。濃い青色の髪に藍色の瞳。……うっそーん。

 攻略対象ナンバー3、カルム・トランクイル。ずっと接触がなくて安心していたのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る