第12話:兵糧丸を作りましょう
「え~っと、使う材料は米粉に黒ごま、砂糖に蜂蜜……」
「ノエル様は手際がいいですわ~」
前世の記憶を思い出しながら材料を集める。国内一の魔法学院だからか、道具も食材も揃いに揃っていた。米粉があるのが謎だったけど、ゲームの製作会社は日本だということを思い出し
たら納得した。だけど、肝心のきな粉がない。やっぱり、和風すぎる食材は置いてないか。大豆をすり潰せばいいんだけど、炒ってる時間はないな。どうしよう。
「そうだ、アーモンドを粉末にしよう」
ナッツ類ならきな粉の良い代用になりそうだ。さっそく、乳鉢乳棒と一緒に用意した。
「では、メイナさん。乳鉢を抑えていただけますか? 私がすり潰しますので」
「はい、わかりました。初めての共同作業でございますね」
「え、ええ、そんなところですかね」
メイナに抑えてもらいながら、アーモンドをゴリゴリすり潰す。時間短縮のため、黒ごまも一緒に入れておいた。
「私、誰かとこのようなことをするのは初めてでございます。お料理はいつも一人でやっていましたので。とても楽しいですわ」
「そうだったのですね。私も楽しいです」
話していると、メイナの境遇を思い出した。彼女は病気がちな母親とずっと二人で暮らしていた。ある日、聖属性の魔力が宿っていることがわかり、母親を置いて入学したのだ。ここはゲームの世界ではあるけど、それ以前にれっきとした人間が生きる世界……。そう思うと、少なくとも学園生活ではメイナに幸せな経験をしてほしいと思った。善意や同情ではない。自然とそう思えたのだ。
「ノエル様、そろそろ良さそうですわ」
「……え? そ、そうね」
メイナの声で我に返った。すり鉢の中ではアーモンドが粉末になっていた。黒ごまと合わさって、黒っぽい黄色の粉ができている。首を振って雑念を追い払う。いけない、いけない。まずはこのイベントに集中しないと……死ぬぞ。
「次は米粉と砂糖も加えて混ぜましょう」
「はい、また混ぜるのですね」
一通り混ぜ終わったら、今度はボウルに移す。いよいよ、ここから兵糧丸らしくなっていくのだ。蜂蜜とお水を加えて混ぜ込む。黒っぽい生地ができた。一つまみ取って、手の平でくるくる丸めていく。
「では、メイナさん。こうやって、小さなボールにしていただけますか?」
「ええ、もちろんでございます」
メイナは本当に楽しそうに兵糧丸を丸めていく。可愛げも何もない黒い団子も、彼女の手で作られていると特別なアイテムのように見えてくる。やっぱり、乙女ゲームの主人公は格が違う。一方、私のは毒団子かな?
そういえば、みんなは何を作っているんだろう。チラ……と他グループの様子を伺う。小っちゃいマカロンだとかチョコパイ、こじんまりしたマフィンなんかを作っていた。ゲームのアイテムがそのまま出てきたような可愛らしさだ。私とのあまりの違いに絶望する。殺風景な団子を作っているヤツらは一人もいない。すまん、メイナ。本当はもっと可愛いお菓子を作りたかったよね。悲しいかな、これしか作れないのだ。
「ノエル様、次はどうすればよろしいでしょうか」
気がついたら、生地は全部団子になっていた。メイナの兵糧丸は真円のような球体だ。心なしか後光が差すような錯覚まで覚える。ただの団子でここまで作れるなんて……あんたは料理の天才だよ。
「ありがとう、メイナさん。あとは蒸せば完成ですわ」
お湯を沸かして蒸し器をセット。二十分か三十分くらい放置すれば完成だ。
「なるほど、焼いたり揚げたりではなく蒸すのですね」
「ええ、メイナさんが火傷しては大変ですから」
私の命がね。……ん? ……あれ? ま、まずい、心の声が一部漏れてしまった。メイナに怪しまれていないだろうか。そぉっと彼女を見る。と、感動した様子でこっちを見ていた。
「……ノエル様、そこまで私のことを大事に考えてくださっていたのですね」
「え、いや……」
ガシィッと手を握られる。そのまま、メイナは感銘を受けた様子で手を振り回す。
「やっぱり、ノエル様は私の人生でございますわ! これからも一生ついてまいります!」
「じ、人生ね……はは」
どうにか処刑フラグは回避できそうだけど、これは結果オーライ……なのか? 予定よりずっとメイナに好かれてしまったようだ。もちろん、嫌われるよりはずっといいんだけど。
「ノエル様、蒸している時間を使って私も何かお料理を作りますわ。かぼちゃスープなどいかがでしょうか?」
「え? い、いや、作らなくていいよ! ……ですわ。や、火傷したら大変でしょう」
あんたが料理したら、ここまで頑張ってきた意味が……。少しでも火傷したら私は死んでしまうのに。
「大丈夫でございますわ! 私、お料理だけは得意なんですの!」
そう言うと、メイナはテキパキと料理を初めてしまった。止める間もなくかぼちゃを切り、蒸して柔らかくして、ヘラで押し潰す。ハラハラして仕方がない。だけど、見ている方が圧倒されるほど手際が良い。むしろ、私が口を挟むと火傷しそうで何も言えなくなってしまった。牛乳と混ぜ合わせ、あっという間に美味しそうな匂いのするかぼちゃスープが出来上がった。ほかほかと食欲をそそる香りが漂う。ゲームみたいなキラキラエフェクトが出ているんですけど。私の兵糧丸とは偉い違いだな、こりゃあ。
「ノエル様の兵糧丸には足元にも及びませんが、ここ最近で一番の出来でございますわ」
「ええ、見ているだけで美味しそうですわね。さすがはメイナさんです」
とりあえず、火傷しなくてホッとした。そうこうしているうちに、兵糧丸も蒸し上がったようだ。
「ノエル様、出来上がったみたいですね。開けてみましょう」
「そうですね。どれ、どんな具合か……」
蒸し器の蓋を静かに外す。ほかぁ……と湯気が舞って、黒い団子が姿を現した。キラキラエフェクトは出てこない。まぁ、仕方がないか。でもその代わり、コポォ……という効果音もない。上手くいったようで良かった。とはいえ、練って蒸すだけだからね。失敗する方が難しいかもしれない。メイナは額に手を当て、倒れそうになりながら感嘆している。
「ああ、なんという美しいお団子でしょう。まるで、黒曜石のような……いいえ、ブラックダイヤモンドのような神々しさを感じてしまいますわ。これはまさしく……天上の星が地上に現れたようです!」
……いや、すげえな。この殺風景極まりない兵糧丸をそこまで褒め称えられるなんて……。メイナは詩人としてもやっていけそうだ。これが主人公補正ってヤツか。
「ノエル様、さっそく食べてみましょう」
「え? ええ、そうですわね。いただきましょう」
当たり前だけど、この授業では試食が許可されている。自分たちのが終わったら、他グループの料理を食べさせてもらってもいいのだ。処刑フラグの件がなければすごく楽しいだろうに。ということで、まずは兵糧丸を食べてみることになった。
「「では、いただきま~す…………おいし~い!」」
これが意外と美味かった。アーモンドの香ばしさと蜂蜜の甘さが、絶妙なハーモニーを奏でている。前世ではこんな上手にできなかったのに。ゲーム世界の食材は良い物が揃っているのかも? 冷ましてから食べることが多いけど、あったかい兵糧丸もまた良かった。これは新しい発見だな。
「ノエル様……私は、こんなに美味しい物は食べたことがございませんわ。ノエル様はお料理の天才でございます……!」
「い、いえ、メイナさんはちょっと大げさ過ぎでございますわよ」
メイナはハチャメチャに喜んでいる。なるべく目立ちたくないんだけどな……。だけど、大喜びの彼女を無下にすることはできなかった。そうだ、かぼちゃスープも飲もう。とてつもなく美味しいのは見るだけでよくわかった。これは普通に楽しみだ。
「さあ、今度はメイナさんのかぼちゃスープを飲んでみましょう」
「しかし、こんなに美味しいお団子をいただいた後では、私の作ったスープなど残飯でしかございませんわ」
「ざ、残飯だなんて、そんな……」
可愛らしいメイナには似ても似つかない言葉だよ。スプーンで掬って、コクリと一口飲んでみる。その瞬間、私の脳内にお花畑が広がった。いや、かぼちゃ畑だ。全身でかぼちゃの旨さを感じている……。まさか、あの瓜にこんな感動する日が来るとは思わなかった。
「い、いかがでしたか、ノエル様」
「…………うめぇ! い、いや! ビックリするほど本当に美味しいですわ! うちのシェフでもこんなに美味しいスープは作れませんことよ!」
わ、私は何を飲んだんだ? あっ、かぼちゃスープか。一瞬、意識が飛ぶほどに美味しかった。これは絶対に食材の素晴らしさだけではない。メイナの料理スキルが半端ないのだ。とても同じ人間とは思えん。
「ノエル嬢、メイナ嬢。楽しそうだね。料理は上手くいったかい?」
かぼちゃスープを堪能していたら、聞き馴染みのある声が聞こえてきてしまった。
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