第11話:家庭科の授業

「では、皆さん揃っていますね。今日は家庭科の授業を行います」 


 今、私たちは学院の調理室に来ている。あっという間にゲームイベントがやってきた。欠席しようとしたのに、メイナにあれよあれよと連れてこられてしまったのだ。

 魔法学院でなぜ家庭科の授業なのか。それは、調理は医術師や薬師を目指す上でとても重要かつ効果的な下準備になるからだ……というのはゲーム上の名目で、単純に製作者は定番の展開として入れたかったようだ。自分の手料理でイケメンと仲良くなるのはみんな憧れているからね。

 ゲームでは適当に選択肢を選ぶだけの簡単なイベントだった。主人公のメイナは料理上手という設定もあり、どんな選択肢を選んでもそこそこの料理ができるのだ。攻略対象ズにこれまた適当に振舞うと好感度がすぐ上がる。イベントとしてはちょろかった。だが、気を抜いてはいけない。処刑フラグはここにもちゃんとある。


「各自、数人でグループを組んで調理するように! 他の人たちと円滑なコミュニケーションを取れることも、国を導いていくのに大切な素質ですよ!」


 やっぱり、この展開もシナリオ通りだ。何人かでペアを組んで料理をする。しかし、ゲームだと主人公はノエルと組むことになってしまう。メニューはドーナツ。ノエルが一方的に決めたのだ。ここにも悪役令嬢の狡い戦略がある。ドーナツは油でぐつぐつ煮る食べ物。もちろん、油がたくさん跳ねる。それを利用して、ノエルはわざとメイナに火傷させるのだ。傷物にして攻略対象ズと結ばれないようにするため。なんと打算的であくどいことか。


「料理はここの食材で作れる物であれば、なんでも構いません。各々協力して調理を進めてください。もちろん、これも採点されますからね。決して手を抜かないように」


 ざわざわ……と教室内がざわめく。誰と組むかで相談し合っているのだ。その光景を見て安心する。なんだ、田舎の高校と変わらないな。ぼんやりしていたら、手下ズの会話が聞こえてきた。


「わ、私、絶対にノエル様とは組まないこととしますわ……近づき過ぎると、卵を産みつけられる気がしますの……」

「え、ええ、私もそう思っていたところでございますわ……なんとなく、その後は体が破裂するような気がいたします……」

「わ、私もご遠慮いたしますわ……あのお方を見ていると体がぞわぞわしますので……」


 チラ……と手下ズを見たら、すごい勢いで視線を逸らされた。どうやら、お灸をすえ過ぎたらしい。彼女らが関わってくることはもうないだろう。なにはともあれ、メイナとグループを組まなければどうにかなりそうだ。彼女と一緒にいなければ、そもそも怪我をさせることもない。よし、空気だ。空気になろう。私は誰にも気づかれない存在になるのだ。


「そして、ノエルさん!」

「は、はい!」


 安心していたら、いきなりトシリアス先生にきつい声で呼ばれた。わ、私、まだ何もしてないですよ? いや、これからもする予定はありませんが。


「あなたはメイナさんとペアを組むように!」

「え!? 何でですか!」

「ほったらかしにしていたら、何をしでかすかわかりませんからね! メイナさんに教えてもらいなさい!」


 ええええ。何ですか、それぇ。とは言えないので、静かに抵抗するしかない。


「ト、トシリアス先生。メイナさんにもご都合があると思うのですが……」

「いいですね!?」

「は、はぃ……」

「では、各自調理を初めてください!」


 逆らえるはずもなかった。抵抗むなしく、私は一番の処刑フラグとペアを組むことになってしまった。しかも、今のメイナは……。ギギギ……と首を動かして横を見る。


「ノエル様と一緒にお食事が作れるなんて……私、どうにかなってしまいそうですわ」

「あ、いや、それほどでも……」


 ぽぉっと頬を赤らめているメイナがいた。頬には紅が差し瞳は潤み、心なしか息も荒い。な、なんでそんなに上気しているのかしら?


「なんとなくそうなりそうな気がしていましたの。これもまた天命なのかもしれませんね」

「だ、だから、その手の動きは……」


 メイナは静々と私の手を握るのだが、その動きがやけになまめかしいのだ。すりすりすり……と艶やかに擦られまくる。た、対象年齢が上がっていくのを感じるよ?


「ノエル様、どんなお料理を作りましょうか。自分で言うのもなんですが、私は少し料理の心得がございまして、とても珍しくなければ作れると思いますわ」

「ええ、そうねぇ……」

「ですが、私はノエル様の手料理をぜひ食べさせていただきたいですわ。まるで、ノエル様を食べているような気分になれそうなんですもの」

「……」


 メイナの瞳は光り輝いているけど、重大で致命的な問題が一つあった。私の料理スキルだ。じーちゃんも「お前に毒耐性の修行は必要なさそうだ……」と言っていたっけ。だが、しかし! そんな私にも一つだけ作れる料理があったのだ。それは……。


「メイナさん、兵糧丸を作りましょう」

「ひょ、兵糧丸……でございますか?」


 メイナはポカンとしている。ほぼ絶対に聞いたことがないだろう。そう、忍者の常用食、兵糧丸だ。これだけはコポォ……することもなく作れた。生まれ変わる前は、これも忍者の血なのかとがっかりしていたけど、こんなところで役に立つとは思わなかったぞ。


「ノエル様。聞いたことがないお料理でございますが、どんなお料理なのでしょうか?」

「食べやすい、運びやすい、栄養満点と三拍子揃った最高のお料理でございますわ。これが本当に便利なお食事ですの」


 修行のときはいつもおやつとして持って行っていた。本当はポテチとかアイスを食べたかったけど、見つかる度にじーちゃんに取り上げられていたから。修行の合間に兵糧丸をかじりながら『アリストール魔法学院は恋の庭』をプレイするのが、私の数少ない生きがいだった。


「でも、私はそのようなお料理を初めて聞きましたわ。作れるか不安になってしまいます」


 メイナは申し訳なさそうに私を見ている。むしろ、彼女には何もしないでもらいたい。私の命のために。


「大丈夫でございますわ。初心者の方でも本当に簡単に作れますの。一口食べただけで体力が一気に回復するんですのよ。甘くて芳ばしくて、お茶会に出しても遜色ないでしょうね」

「そんな素晴らしい食べ物があるんですね。自分の勉強不足を痛感いたしますわ」


 いや、まぁ、お茶会に出せると言ったのはちょっと盛ったかもしれない。でも、兵糧丸は蒸し料理だ。油が跳ねて火傷させることもない。もちろん、火を使わない方が安全なのだけど、一応加熱はしときたい。メイナが食中毒にでもなったら色々ヤバいからね。100億%私が悪者にされるだろう。思わず処刑される未来を想像していまい、体がぶるっとした。


「どうされたのですか、ノエル様。もしかして、お風邪でもひかれてしまったのでは……」

「あ、いえ、大丈夫でございますわ。風邪などひいていませんわ」


 メイナが私の額に手を当てて熱を測り出したので、すかさず丁重に押しのけた。んなところを攻略対象ズやトシリアス先生に見られたら大変だ。イケナイ印象を持たれてしまうかもしれない。さて、と気合いを入れる。たかが料理、されど料理。兵糧丸を上手く作れるかどうかが、私の運命を決めると言っても過言ではないのだ。


「では、メイナさん。調理は私がやりますので、メイナさんは最後の盛り付けを手伝っていただけますか?」

「ええ、もちろんでございますわ。何から何までしていただいて申し訳ございません」

「いえいえ、いいのですよ」


 よし、兵糧丸を作るぞ(メイナを傷つけないように)。気合を入れて準備を始めた。心の中で自分に言い聞かせる。絶対に気を抜くな。ここでの立ち回りは命に直結するぞ。

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