第10話:悪役令嬢はヒロインに懐かれてしまったようです

「ねえ、ロイア。というわけで、メイナさんに好かれてしまったのだけど、どうすればいいかしらね」

「ノエル様、ご学友ができたのですか!? おめでとうございます! ご学友の苦難を助けるなんて、誰にでもできることではございません。さすがは、ヴィラニール家の跡取り令嬢でございますね! うっうっ……私は嬉しくて仕方ありません」


 その後、ロイアにメイナを守った話をしたら喜ばれた。彼女のやたらとなめまかしい様子も説明したが、ロイアは喜ぶばかりだ。喜ぶどころか感極まって泣いている。ヴィラニール家には感受性豊かな人たちが集まっているらしい。


「それがね、なんだか友情以上の物を感じるのよ。気のせいかしら」

「友情以上の物……でございますか。なんでしょう、まったく想像がつきません」


 ロイアはポカンとしている。そうだ、彼女も全年齢向けのキャラなのだ。ピンと来ないのも無理はない。かといって、詳しく説明するのもやめておこう。


「とは言っても、仲が良いのは良いことか……」

「そうでございますよ。今度メイナ様をお呼びになってはいかがでしょうか。一緒に遊ばれれば、さらに仲良くなられると思います」

「メイナさんを部屋に?」


 なんとなく……私の匂いを嗅ぎまくる光景が思い浮かぶのはなぜだろうか。メイナを部屋に上げるのはもう少し先にしておこうかな。時計を見ると始業の時間が迫っている。少しゆっくりしすぎたようだ。慌てて準備を整える。まだ、メイナにベタベタくっつかれるのかな。


「では、そろそろ学校に行ってくるわ。留守をよろしくね、ロイア」

「ノエル様、今日も歩いて行かれるのでしょうか。次に屋根の上を走るのはいつ頃に……」

「もう当分ないでしょうね」

「そ、そんな……あの刺激が得られないと思ったら、生きていく心地がございません」


 ロイアはしょんぼりしていたけどここは譲れない。目撃情報がなかったのが奇跡としか言いようがない。そのうち、山猿が出たとか通報されそうだ。トシリアス先生に見つかったら退学だろうな。父母はショック死するかもしれん。


「じゃあ、行ってきますわね」

「行ってらっしゃいませ……」


 ということで、徒歩で教室に着いた。こっそり自分の席を伺う。まだメイナは来ていないようだ。ふぅ、良かった。と、思ったら、真後ろから可憐な声が飛んできた。


「おはようございます、ノエル様。今日も大変に美しい黒髪でございますわ」

「お、おはよう、メイナさん。あなたの桃色の髪も素敵ですわ」


 メイナはあれから毎日「ノエル様の黒髪が……」、「ノエル様の黒目が……」、「ノエル様の凛とした佇まいが……」と私のことを褒めまくってくる。よくもそんな褒め言葉のレパートリーがあるもんだ。私なんか一瞬で語彙が底を着いた。語彙力が追いつかないとはこのことか。


「ノエル様、宿題はやってこられましたか? ノエル様はお忙しいですからね。私、お見せできるように準備してまいりましたの」

「ありがとう。でも、大丈夫でございますわ。きちんと全部やってきましたので(ロイアに小言を言われながらやってもらった)」


 何はともあれ、学院生活自体は順調だった。悪目立ちすることもなく、攻略対象ズと下手に接触することもない。というより、メイナが私を離してくれなかった。朝から晩までずっと私の傍にいる。この状況を攻略対象ズはどう思っているんだろう? そっと彼らの様子を伺った。ブレッドは数人の女子とつまらなそうに話して、アンガーは教室の隅で木刀の素振り、カルムは一人で本を読んでいる。メイナが私と仲良し(おまけに、ちょっといかがわしい)なのは、彼らにとってどうなんだ?


「ノエル様。どうされたのですか、そんなに殿方ばかりを見られて……まさか、あのお三方の中にノエル様の想い人が……!」

「いません、いません! いませんでございますわ!」


 首がもげそうになりながら否定した。仮に攻略対象ズがメイナを好きだった場合、私はめちゃくちゃ邪魔だ。やたらとこっちをチラチラ見てくるし……。う~む、まずいな。メイナが一人きりになるのを待っているような気がする。だからといって、メイナを無下にすることはできない。彼女とはこのまま良好な友達? 関係を維持したいし。そんなこんなで午前の授業をトシリアス先生に睨まれながら終えると(よくわからない神獣の話だった)、昼食の時間がやってきた。途端に、メイナがもじもじしだす。


「ど、どうしたんですの、メイナさん」

「私……ノエル様のためにお弁当を作ってきましたの」

「え!? 本当でございますか!?」

「はい、私の気持ちが少しでも伝わればいいかと思いまして」


 そう言いながら、メイナはバスケットを取り出した。パンがカリカリに焼かれたオシャレなクラブサンドに、細長くて芳ばしそうなフライドポテト、そしてデザートに真っ赤なリンゴ。ややアメリカンな感じがするけど、本当に美味しそうだ。


「うわぁっ! とても美味しそうですわ! 全部メイナさんが作ったのですか!?」

「はい。昔から、料理だけはできたので……ノエル様のお口に合えばよろしいのですが……」

「合うに決まっていますわ! ぜひ食べたいですわ!」


 というわけで、寮にも食堂にも行かず広場のベンチに来た。


「好きなだけお召し上がりください、ノエル様」

「はーい、いただきまーす」


 いえーい、メイナの手料理だ。ゲームでは一番美味しそうだった。真似して作ろうとしたけど、皿を割って諦めた。

 では、さっそくクラブサンドから。はむっと食べる。……う~ん、デリシャ~ス。しっとりしたチキンの塩味とトマトの酸味が絶妙だ。きゅうりもサクサクして歯ごたえがリフレッシュされるし。味付けはシーザードレッシングかな? カリッ! としたパンと相性抜群だね。こいつはヤベぇや。東京で買ったらこれだけで二千円はするな。フライドポテトも塩加減が最高でいくらでも食べられた。デザートのリンゴを齧っていると、自然に言葉が出てきた。


「はぁ~、美味しかったですわぁ。メイナさんはお料理の天才でございますね」

「そんな……天才だなんて」

「いや、ほんとに」


 彼女は頬を赤らめながら照れている。そういう顔は攻略対象ズに向ける物だと思うけどな。メイナが腕を組んできた。


「私……毎日が幸せですわ。本当にこの学院に入学して人生が変わりました」

「そ、それならよかったですわね」


 食事も終わり広場を散歩する。やたらと距離が近いメイナと歩いていたら、攻略対象ズが連れ立って歩いてきた。ブレッド、アンガーのイケメン二人衆だ。い、いつの間に仲良くなったんだ。というか、なんでこのタイミング。


「おや、ノエル嬢とメイナ嬢じゃないか。いつも仲が良くて羨ましい……さて、失礼しよう」

「この密偵女が、いつか正体を暴いてやるからな……今日はこれくらいにしといてやる」


 そして案の定、私たちを見ると気まずそうに帰っていった。なんか色々すまん。


「ノエル様、今日は午後の実習が楽しみですわね。何を作ろうか迷ってしまいますわ。でも、それ以上にノエル様の作られる物が楽しみで仕方ありませんの」

「あ……」


 その言葉を聞いて、私の脳裏にゲームの記憶が浮かんできた。そうだ、そろそろじゃん。医術の下準備と銘打った、日本でいう家庭科の実習。ちなみに、私は料理がクソ下手だ。コポォ……という効果音の出る物しか作れなかった。すっかり学院生活を楽しんでしまい、何も対策していなかった。あんなに時間があったんだ。ロイアに料理を教わればよかったものの、毎日のんびりしちゃった。ぐぅ……どうする。

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