第9話:ヒロインを助ける(忍術で)

 た、大変だ、メイナがいじめられている! 手下ズはバシッとメイナの教科書を叩き落とす。彼女を逃がすまいと、三方向から囲んでいた。これは完全にシナリオ通りだ。メイナは入学早々、ノエルと手下ズに難癖をつけられ襲われる。そこに颯爽と攻略対象ズが助けに現れるのだ。ああ、どうしよう。ゲーム通りに進んじゃってるよ。


「わ、私が何をしたというんでしょうか……?」

「あなたが試験でズルをしたことはわかっているのよ!」


 手下ズの一人が、ビシィッ! という効果音が聞こえそうな勢いでメイナを指す。もはや、メイナは大型犬に睨まれた子犬のように震えていた。でも、必死に抵抗しているのはさすがに主人公だ。


「ズ、ズルなどしておりませんわ。私は真面目に試験を受けました」

「「お黙りなさい!」」


 手下ズは寸分違わずに「お黙りなさい!」をぶっ放す。どうしてそんなに息がピッタリなのか。


「ただの平民出にあんな威力が出るはずないわ! ズルをしてブレッド様と仲良くなろうとしているのでしょう!? あなたはどこまで性悪な女なの!」

「いくら特待生だからといって、やって良いことと悪いことがありますわ! そんなこともわからないのですか!?」

「まさか、あなたがこんなにずる賢い方だとは思いませんでした! 非常に貴重な聖属性の持ち主として恥ずかしくないのであって!?」


 手下ズの凶悪さと対比されているからか、メイナの可憐さが際立っていた。花を思わせる儚げな佇まい。それでいてまったく嫌味がない。むしろ、女が見ても守りたくなるような雰囲気だ。見た人全員が「彼女は乙女ゲームの主人公です」と確実に断言できそう。なるほど……これはモテるわ。私には到底真似できない。もし自分がメイナに生まれ変わっていたら、“主人公詐欺”だと糾弾されていたかもしれない。


「で、ですから、私は試験でズルなどしておりません。あの魔法陣だって壊れておりませんでしたわ」

「「あなたはズルをしたのです! ノエル様もそう仰っていましたわ!」」


 いやいやいや、言ってねえだろ。頼むから好き勝手言わないでくれ。こちとら命かかってるんだから。ふと、後ろを見ると、ブレッドがこちらに近づいていた。さらにその後ろにはアンガーが。さらにそのまた後ろにはカルムが。何でいっせいにこっちへ来るんじゃ。学院は広いんだから、もっと向こうに行っていなさいよ。このままではかなりまずい。こんな光景を攻略対象ズに見られたら、処刑フラグまっしぐらだ。いや、下手したら今ここで首をハネられるかもしれない。私はまだ死にたくないよ? と、なればやることは一つ! 私が先にメイナを助けるのだ。ここが運命の分かれ道だぞ、ノエル!


「おやめなさい! あなたたち、そんなことをして恥ずかしくないのですか!?」

「「ノエル様! 言われた通りにやりましたわ!」」


 手下ズが、ぱああっとした笑顔で振り向く。だから、何も言ってないでしょうが! 誤解されるようなことを言わないでくれーい。メイナはビクッとした様子で私を見た。親玉認識されたのは確定だね。これは違うのだと、必死になって説明する。


「私はそんなこと言ってませんわ! 誤解されるようなことを言わないでちょうだい!」

「「何を仰いますか、ノエル様! 全て言われた通りにやりましたわ!」」

「いいからやめなさい! メイナさん、困っているでしょう! 人を傷つけるようなことはしちゃいけないのよ!」

「「ノエル様、この平民出に思い知らせてください!」」


 こ、このままではダメだ。どうにかしてこの状況を打開しないと……。懸命に対策を考える。やっぱり……忍術しかない。


「ノエル様、バシッと言ってやってくださいませ!」

「この平民出は、ノエル様のような由緒正しい者が言わないとわからないみたいです!」

「三大公爵家のすごさを見せつけてください!」


 手下ズは「さあ、さあ、さあ!」と迫ってくる。まさしく八方塞がりだ。ええい、仕方がない! あれを使うか。もうどうなっても知らんぞ。胆力を全身に集中し、高速で印を結ぶ。手下ズはポカンとしていた。


「「ノ、ノエル様……? いったいなにを……?」」

「<幻遁・変化の術>!」


 ずももももぉ……と、私の体がぶくぶく変形していく。といっても、実際に変形しているわけではない。そういうふうに見えるだけだ。


「「え、え、え……?」」


 手下ズは呆然と私を見ている。<変化の術>は幻覚の一種で、術をかけようとした人間にしか見えない。そして、私が想像したのはスプラッタな宇宙系クリーチャー。


「「…………ぎゃああああっ!」」


 手下ズは貴族令嬢と思えないほどのとんでもない悲鳴をあげ、猛ダッシュで逃げてしまった。まさしく、脱兎のごとくという表現がピッタリだ。全年齢向けのキャラには刺激が強すぎたようだ。ふぅ……やれやれ。これでとりあえずは大丈夫だろう。ホッと一息ついたときだ。


「ノエル様!」

「うわっ」


 メイナがひしっと私に抱きついてきた。


「私のことを……守ってくださったのですね。お仲間に嫌われるかもしれなかったですのに……」

「い、いえ、人として当然のことをしたまでですわ。それに手下ズ……あの人たちは仲間でも何でもないですし」


 やはり、メイナは私を手下ズの親玉だと思っていたらしい。ということは、私が助けなかったら処刑フラグにぐんっ! と近づいていたということだ。あ、あぶねー。もし対応を間違えていたら……と思うと、冷や汗が止まらなかった。


「私、こんなに毅然としたお方は見たことがございません。あまりの素晴らしさに感動いたしました。ノエル様とずっと一緒にいたいですわ。その美しいお顔をもっとよく見せてくださいませ」

「あっ、ちょっ」


 メイナは私の頬にそっと手を添えた。つつつっ……とほっぺたを撫でてくる。な、なんか距離近くない? というか、やけになめまかしいんですが……。


「ああ、何というきめ細かな柔肌なのでしょう。ノエル様のお優しい心が現れているかのようでございますわ」

「そ、それは良かったですわ。そろそろ手を離していただけると誠に安心するのですが……」

「まるで、お人形さんがそのまま大きくなったと言われても不思議ではありませんわね。ああ、見れば見るほど何から何までお美しい……。この陶器のようなお肌はそれこそ芸術品とも言えるほどの……」


 止めるのも構わず、彼女は私の体を撫でまくる。も、もしかして、メイナってこういうキャラだったのか? いつもプレイするキャラだから、真の性格は知らなかったってこと? しかし、この光景は良くない気がする。誰かに見られでもしたら……。 


「大丈夫かい? 何やら大きな声が聞こえたけど」

「暴動か? 首謀者はどいつだ」

「ぼ、僕で良かったら力になります」

「!?」


 攻略対象ズがひょっこりやってきた。なんで、あんたたちが! ギョッとしたけど、彼らは私たちを見ると固まった。貴族令嬢としてはやけに距離の近い二人。きっと、彼らなりに感じるものがあったのだろう。メイナだけは怖いくらい冷静だった。淡々と説明する。


「大丈夫でございますわ。ちょうど秘め事は終わりましたので」

「「秘め事……」」


 攻略対象ズは固まっている。メイナが話すとイケナイ雰囲気になるのはどうしてだ?


「そ、それは大変失礼したね。仲が良いことで羨ましいよ。ハ、ハハハハハ……」

「な、なんだ、暴動ではないのか。ま、まぁ、元気なのはいいことだ……」

「ぼ、僕の力は必要ないみたいですね。さ、さようなら……」


 攻略対象ズは苦笑いしながら退散する。全年齢向けのキャラたちには刺激が強かったようだ。というか、メイナちゃん、あなたも全年齢向けなのよ?


「ノエル様、これからも仲良くしてくださいますか?」

「え、ええ、それはもちろんでございますわ。仲良くしましょう、メイナさん」

「ああ、愛しのノエル様……」


 メイナは私にしなだれかかってくる。ど、どうしてそんなに色っぽいの? この光景だけで対象年齢が上がるような気がするのは気のせいだろうか。メイナをちょっと強めに引き剥がす。できれば優しく剥がしたかったけど、本当に蝉のようにくっついてくるのだ。


「ま、またあの人たちにイジワルされたら仰ってくださいね」

「ノエル様は本当にお優しくてお強いですわ。私、ノエル様に出会えて心の底から嬉しく思います」

「……はは」


 私も苦笑いしっぱなしだったけど、どうにかなってホッとした。ああ、そうだ。


「そ、それと、メイナさん。一つお願いしてもいいかしらね?」

「ええ、なんでしょうか、ノエル様」


 メイナの瞳は爛々と輝いている。彼女には悪いけど、これだけは伝えておかねばならない。処刑フラグとは別の、良からぬフラグが立ちかねない。


「わ、私に抱きつくのはおやめした方がよろしいかと思いますわ。麗しきご令嬢がそのようなことをしては、殿方にはしたない印象を持たれてしまいますので」

「いいえ、殿方なんてどうでもいいですわ。私はノエル様のために一生を送るつもりでございます」


 そう言って、メイナはひしっと抱き着いてきた。な、なんか想像以上に好かれてしまったんだけど……こ、これでいいのかしら?

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