第6話:さっそく怒られる
「はぁ……ったく、いきなり襲われて大変だったわ」
「大変お見事でございました。公爵様と奥様にもお見せしたかったですね」
「冗談を言わないでよ」
父母が見たら卒倒しかねない。今日のことは黙っておこう。
――キーンーコーンーカーンーコーン。
ふぅっ、と一息ついてたら、教室棟から鐘の音が聞こえてきた。
「まずい! 始業のベルだ! 急ぐよ、ロイア!」
「では、ノエル様。行ってらっしゃいませ」
私は駆け出すもロイアは動かない。屋根の上で礼儀正しく佇んでいる。
「え? 一緒に行かないの?」
「もちろん、私めは参りません。教室にメイドは入れませんので。そもそも、授業はノエル様のために行われるのであり、メイドはお呼びでございません」
「で、でも、思ったよりギリギリになっちゃたし……先生に怒られるかもしれないわ。お願いだから一緒に来てよ」
「ノエル様。数多の苦難はご自身で乗り越えることで、初めて己の糧となるのです」
ロイアに真顔でピシリと言われた。正論なんだけど、もうちょっと、こう……ねえ?
「私はノエル様のメイドでございますが、ノエル様の大切な成長の機会を奪うつもりはまったくございません」
「そ、そんな……」
「それでは、これにて失礼いたします」
そう言うと、ロイアはシュタタタタッ! と走って行っちゃった。初日だから一緒に来てくれると思ったのに……。なんだか急に心細くなる。って、ボーっとしてちゃダメだ! 遅刻すると余計に目立つ! 猛ダッシュで教室棟を駆け上がる。コーンンン……のところで教室に滑り込んだ。あぶねー、ギリギリセーフ! やれやれ、私の席はどこだ? と、思ったら、教卓からカツカツと背の高い男性がやってきた。ああ、はいはい。担任のトシリアス先生ね。実は隠し攻略対象なんだよなぁ。全クリして、さらに裏ミッションをクリアすると攻略ルートが生まれる。ノエル父母からの圧力に萎えていたところを、メイナに慰められるのだ。そして両者は禁断の恋に囚われる……。
まぁ、年上に興味のない私は特にプレイしてないんだけど。それに微妙に苦手なキャラデザだった。年取るとじーちゃんに似そうなんだよね。本物のトシリアス先生は、原作より目がつり上がっていて怖い顔だけど大丈夫。ゲームをプレイしている私としては顔なじみだ。
「あっ、おはようございます、トシリアス先生」
「ノエル・ヴィラニールさんですね?」
「申し訳ありません、ギリギリになって。でも遅刻じゃございませんよね?」
「ノエル・ヴィラニールさんですね!?」
「は、はい」
……ん? こんなきつかったっけ? 元々甘くはないけど、ここまで辛辣な人ではなかったはず。というより、何かに怯えている気の弱い先生ってイメージだった。どうしたんだろう?
「初日だと言うのに、こんなギリギリに来るなんて何を考えているのですか!? 他の皆さんは五分前には全員揃っていましたよ! 来ていなかったのは、あ・な・た・だけです!」
「も、申し訳ございません」
「あなたたちは将来王国を率いていく人間にならなければいけないのですよ! 五分前行動もできないようじゃ先が思いやられます! 第一、あなたは……」
まずいよ、まずいよ、まずいよ~。みんな見てるよ~。メイナも攻略対象ズも私を見てるよ~。接触を減らしてそつなく初日をこなすつもりが、とんでもないことになっちゃったよ~。ちらりと階段式になっている座席を伺う。アンガーは素知らぬふりをして、そっぽを向いていた。いや、気づかれないように薄っすらと笑っている。アンタのせいでしょうが! というか、なんで間に合ってんのよ!
「聞いているんですか、ノエルさん!!」
「はいはいはい! 聞いてます、聞いてます!」
「いくらヴィラニール家だからといって見過ごすことはできません! お父上からも特別扱いしないように、と言われていますからね!」
その瞬間、トシリアス先生がこんなに厳しい理由がわかった。そ、そうか、ノエルが改心したからだ。ゲームだとトシリアス先生は生徒を怖がっている感じだった。それはきっと、ノエルの父母から圧力をかけられていたからだ。思い返せば、彼女はどんな授業でも試験でも特別待遇だった。ノエルが改心した(謝れるようになった+人に頭を下げられるようになった)ことで、父母は圧力をかけなくてよくなったのだ。
「そして、その格好はなんですか!」
「ぇえ?」
「ぇえ? じゃ、ありません! ご自身の姿を確認なさい! 汝の姿をここに現せ……<ミラー>!」
トシリアス先生が杖を振ると、こじんまりした姿見が現れた。ボロボロになったノエルが映っている。前髪が汗で額にべっとり張り付き、ドレスは乱れて汚れまくり。猛ダッシュで走ってきたし、おまけにアンガーとのバトルのせいで髪も服もぐちゃぐちゃだった。なるほど……こいつは怒られるわ。
「初日からあそこまで攻めるとは……とても好戦的な性格でいらっしゃるようですね」
「とてもじゃないですが、私にはあんな度胸はございませんわ」
「さすが、三大公爵家のお考えになることは想像もつきませんわね」
他の生徒たちがコソコソ話している。ぐぬぅ……いきなり目立ってしまった。
「もういいです! あなたには後でみっちり指導しますからね! 早く席に着いてください!」
「あ、あの~、すみません、私の席はどこで……」
「あちらです! そんなこともわかりませんか!」
「も、申し訳ございません!」
トシリアス先生がビシィッ! と指した先には、ぽっかりと席が空いている。その隣にはピンクの髪をした可愛い女の子。我らが主人公、メイナ・キャラバン。ここだけシナリオ通りだった。ふざけんな。コソコソ歩きながら、心の中で悪態をつく。とは言え、仕方がない。せめて笑顔で好印象を狙おう。
「おはようございます。ノエル・ヴィラニールですわ。どうぞよろしくお願いしますわね」
「お、おはようございます。メイナ……キャラバン……と申します。どうかお手柔らかにお願いします……」
メイナはめっちゃプルプルしている。悪い印象を与えないどころか怖がらせちゃった。私が席に着くと、トシリアス先生がさらにきつい声で宣言する。
「では、さっそく試験を始めます! 明日の予定でしたが、今日行います! ここが劇場かどこかだと勘違いしているご令嬢がいるようですからね! 初日から厳しくいきますよ! 課題は基礎的な初級魔法の実習! できなかったものは補習です!」
「「!?」」
生徒たちが動揺するのがわかる。ゲームの中では、今日はオリエンテーションだけ。試験は明日の予定だからね。私がトシリアス先生を怒らせちゃったからだ。すまん、みんな。
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