第5話:予期せぬ接触

「なんだ、貴様は。この俺の背後を取るとは……なかなかの手練れだな」


 アンガーは楽しそうにうっすらと笑っている。


「……うげぇ」

「どうなさいましたか、ノエル様。気分が悪いのですか?」

「いや、そうじゃなくてね」


 本当に攻略対象ナンバー2、アンガー・レシピエントだ。マジかぁ、見間違いじゃなかったよぉ。どうしよう。ギロリと私たちを睨んでいるぞ。こいつの魔法属性は、見た目通りの火。好戦的な性格というか、どうやら自分の力を誇示したいタイプらしく、やたらとメイナに勝負を仕掛けてくる。そのバトルを経て、両者は恋仲になっていくのだ。


「いかがいたしましょうか、ノエル様。お望みとあらば私が処分を……」

「しなくていいから! ってか、処分ってなに!?」

「おい、聞いてるのか? 俺の質問に答えろ。どうしてこんなところにいる」


 だから、それはこっちのセリフだっつーの! なんで公爵家の嫡男がこんなところにいるんだよ! 私の非接触プランが台無しじゃねーか。


「アンタこそどうし……アンガー様こそ、どうしてお屋根の上でお黄昏してらっしゃるのでしょうか?」

「はあ? なぜ俺の名前を知っているんだ? 俺はお前に会った覚えはねえぞ。ますます怪しいヤツだな」


 しまったー! リアル? では初対面だったー! ノエルは引きこもりがちだったってロイアから聞いていたのに。と、とりあえず適当に誤魔化すんだ。


「ア、アンガー様は騎士団長のご子息でいらっしゃいますからね。おウワサはかねがね聞いておりますわ」

「ほぅ……王国の内部事情に詳しいんだな。わかったぞ、お前は他国の密偵だな」


 ちげーし。ズルッとずっこけそうになった。どうやら、アンガーには盛大な勘違いをされてしまったようだ。


「お前みたいなヤツがいないように、俺は自主的に学院を警備しているのさ。まぁ、将来騎士団長になる練習だな」

「はぁ……そうなんですか。ご苦労なことで」

「さっそく警備の成果が出たな。おい、俺と勝負してもらおうか。洗いざらい吐かせてやる」


 勝負て。始業まであと十分もないのに。朝っぱらから何言ってるんすか。


「火の神よ、その僕たる火の精霊よ。我に燃え盛るほどの聖なる炎を与え給え……<ファイヤー・ソード>!」


 アンガーの手に炎の剣が出てきちゃった。焚き火の炎が剣みたいになっていて、ぼおお……! と燃え盛っている。すげえ、本当に魔法じゃん。といかめっちゃ熱そうだけど平気なの?


「お前、名前はなんていうんだ?」

「ノエル・ヴィラニールです」

「なに!? お前ヴィラニール家の娘だったのか……なるほど、三大公爵家が他国と繋がっているとは、こいつはかなり由々しき事態だな」

「違いますって!」


 だからなんでそうなる。そして、なぜかアンガーは嬉しそうにしていた。手柄ができて良かったぜ、とでも言いたそうだ。


「ふんっ、知らないフリをしても無駄だ。捕まえて色々聞き出してやるさ!」


 アンガーはドンッ! と屋根を蹴って、勢いよく突っ込んできた。なんという大胆不敵さ。さすがは騎士団長の息子だ。


「ど、どうしよう、ロイア!?」

「この急展開、背筋がゾクゾクしてまいりますね」


 あろうことか、ロイアはワクワクしている。そ、そんな状況じゃないでしょうに! アンガーはブオンッ! と、私の首を狙ってきやがった。躊躇なんて少しもない。怪我でもしたらどうするんじゃ。慌ててロイアと一緒に距離を取る。


「ほぅ、意外とやるな。それならこいつを喰らえ! <ファイヤー・クラッシュ>!」


 アンガーは炎剣えんけんを横に構える。と、思った瞬間、破裂して炎のつぶてが襲ってきた。どれも拳大くらいのサイズで、当たるとなかなかに痛そうなんですけど……。とりあえず、今は躱すしかない! 高速で反復横跳びして、つぶてを避ける。ロイアはロイアで華麗に躱していた。あ、あんたは本当にメイドなの?


「ノエル様! 私、楽しくなってまいりました! やはり、戦いは人間の本能であることを僭越ながら自覚した次第でございます!」

「そ、そう……それは良かったわね」

「一度でいいので、このような生活を送ってみたかったのでございます!」


 ロイアは清々しいほどの笑顔だった。彼女のこんな晴れやかな表情はゲームでも見たことがない。それと、丁寧に言えば誤魔化せるってわけじゃないからね。


「チッ、これも避けるのか。思ったより動けるヤツだな」

「ノエル様、どうしてやり返さないのですか? ボコボコにしてくださいませ」

「ダメ、ダメ、ダメ! それだけは絶対ダメ!」


 もし怪我でもさせてしまったら、それこそ本当に悪役令嬢になってしまう。かと言って、このままでは授業に遅れてしまう。初日から遅刻は色んな意味でまずい気がする。ただでさえ目立ちたくないのに。ぐぅ……仕方ない。忍術を使うか。できれば使いたくはないけど、そうも言ってられないからね。背に腹は代えられないってヤツだ。この状況を抜けるには……あの忍術だ! 胆力を全身に集め、高速で印を結ぶ。


「<幻遁・影分身の術>!」

「な、なんだ!? 何が起きている!? これは何の魔法だ!?」


 私の分身がシュババババッ! と四方八方に散らばっていく。とは言っても、ただの幻覚だ。アンガーは呆然としたが、そのうち「おい、待て!」と分身の一人を追いかけて行ってしまった。ロイアはポカンとしている。


「ノ、ノエル様、いったい何を……?」

「まぁ、昔取った杵柄ってね」

「キ、キネヅカ……でございますか」


 というわけで、どうにかアンガーから逃げることができた。

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