第4話:始まりは処刑フラグとともに
「ノエル様、まだ行かれないのですか?」
「まだよ。まだ時間ではないわ」
私は自室で時を待っていた。今日からが本番だった。ゲームのイベントでは、プレイヤーは初日に攻略対象たちと接触するのだ。もちろん、ノエルとも。つまり、今日私は主人公と出会う。『アリストール魔法学院は恋の庭』のれっきとした主人公……メイナ・キャラバンと。この世界で非常に稀な“聖属性”の魔力を持っているということで、平民出身でありながら特待生枠で入学した……という設定だ。もちろん、本人の顔も設定に負けていない。桜のように華やかなピンクの髪に、海のように澄んだブルーの目。誰が見ても一目惚れするような美少女だ。スペックの凄さに負けそうだったけど、私はある意味冷静だった。ここまで来てしまったら、メイナや攻略対象ズと関わらないことは不可能だ。同じ学校、同じ教室で学生生活を送るのだから。そこで、私はとある計画を立てていた。
「ノエル様……さすがにそろそろ出られた方が……」
「いいえ、まだよ。もう少し待つのよ」
私の計画、それは……始業ギリギリに教室へ入ること。なるべく、メイナ及び攻略対象ズとの接触を減らすのだ。接触は最低限にすれば、処刑フラグの回避も容易いはず。今日はオリエンテーションだけ。明日から本格的な授業が始まって、さっそく初級魔法のテストが始まるはずだ。ちなみに、私は無属性。魔法が使えないことを、無属性という属性に無理矢理こじつけて入学したらしい。あまりの横暴ぶりに、自分のことだけどため息が出てしまう。さて、と時計を見る。現在時刻は、朝八時四十二分。そして、始業は九時。コチコチ……と時計の針が進む。目測で教室までは約十分。屋根の上を走って行けば、ギリギリ間に合うはずだ。昨日忍者要素はなるべく出さないことを誓ったのに、すでに忍びの力に頼らざるを得ないほど追い詰められていた。そんなこんなで考え込んでいる私を、ロイアは複雑な表情で見ている。
「私にはノエル様のお考えがわかります」
「え!?」
彼女は私の手を握り、真剣な瞳で私を見つめた。ウ、ウソ……ロイアって読心術使えたっけ? だ、だとしたらかなりまずいんじゃない? 私が龍渡忍者の末裔でこの世界は乙女ゲームの世界でってことがバレてしまう。どうしよ、どうしよ、どうしよ。
「将来ヴィラニール家を継ぐものとして……いえ、アリスト-ル王国を導いていく存在として、敢えて自分を苦しい境遇に置かれているのですね?」
「……ん?」
ロイアは納得した様子で話を続けてらっしゃる。
「魔法の才が微塵もないにもかかわらず、国内最高峰の魔法学院に入学したのですから。まさか、あのノエル様がそれほどまでご自身に厳しくなれるとは……私は幸せでございます」
「あ、いや、ちょっ」
ロイア泣き出しちゃった。誤解されるからやめて頂戴よ。私がいじめているみたいじゃないの。
「ノエル様のご成長を間近で見られるなんて……使用人冥利につきます」
「そ、そう、それは良かったわね。あっ、そろそろ時間だわ。支度しないと」
抱き着いてくるロイアを丁寧に押しのけ鞄を持った。窓の傍で準備する。
「あの、ノエル様? ドアはこちらですが……」
「いえ、ここでいいのよ。それじゃあ、行ってくるわね」
時計の長針が10を指した。今だ! 猛然と窓から飛び出し、屋根に飛び乗る。一直線に教室棟へ向かう。障害物がないし最短距離で向かえるので、充分間に合うはずだ。我ながら良いアイデアかも。しかし、そう思ったとき、後ろからシュタッ! シュタッ! と何者かが追いかけてくる音が聞こえた。最悪の事態を考え血の気が引く。ま、まさか、虎渡忍者じゃ!? 覚悟を決めて振り返った。
「ノエル様、私もお供いたします」
「ロ、ロイア!?」
虎渡忍者など影も形もない。ロイアだ。ロイアがメイド服の裾をつまみながら走ってくる。というか、身のこなし半端ないんですけど! 屋根の上はツルツルしてるし段差もあるのに、まるで平気なようだ。じーちゃんが見たら有望な忍び候補として喜びそうだよ。
「ノエル様がこれほど動けるとは私も初めて知りました」
「な、なんで、一緒についてくるの!?」
「面白そうだからでございます」
まったく呼吸を乱さず答える。呼吸どころか汗一つかいていない。まさか、身近なメイドにこんな人材がいたとは……。あんたは忍者としてもやっていけるよ。もし現世に戻ったらじーちゃんに推薦しとくね。シュダダダダッ! と二人で屋根を走っていたら教室棟が見えてきた。よし、もうちょっとだ。ここまでは計画通りね。あとは地面に降りてからが勝負よ。メイナと攻略対象ズに会わないように……。
「ノエル様、あちらの屋根にどなたかいらっしゃるようですね」
「ふーん、私たちみたいなギリギリを狙っている人かな。というか、よくわかったね、ロイア…………ん?」
屋根の上に……誰かいる……だと? 動揺しながら前を見ると、たしかに人影が見える。どういうことだ。
「早朝からこのような場所にいるなど、よからぬ人物に違いありません。私、ワクワクしてまいりました」
「いや、私はワクワクなんてできないんだけど……」
ロイアはウキウキしているけど、とてもそんな気持ちにはなれない。近づくにつれ、そいつの正体がはっきりしてきた。火が燃え盛っているような真っ赤な髪に、髪の毛と同じルビーのような赤い瞳。攻略対象その2。アンガー・レシピエント。三大公爵レシピエント家の嫡男。見た目通り、ワイルドタイプのイケメン野郎だ。いや、そんなことはどうでもいい。……なんで居るねーん。
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