第3話:入寮と準備

「ノエル様、お洋服はこちらのクローゼットにしまえばよろしいでしょうか?」

「ええ、そこで大丈夫だわ。ありがとう、ロイア」


 翌日、どうにか入学式を終え、私は学院の寮で部屋を作っていた。

 前世の私が住んでいた家の居間より広い。

 ヴィラニール家は三大公爵家なので、特別な部屋があてがわれたらしい。

 ロイアがテキパキと準備を整えてくれている。

 私はというと、手伝いながらも思案にくれていた。

 ゲームの始まりは、いよいよ明日からだ。

 夜が明けたらゲーム内主人公と攻略対象の面々がやってくる。

 処刑フラグを運んでくる死神だ。

 おまけに、対策のたの字も準備できてない。

 憂鬱で仕方がない。

 はぁーっと考え込んでいると、思わず願望がボソッと零れた。


「できれば、ブレッド王子とかと同じクラスじゃない方がいいわね」

「なぜでございましょうか。せっかくお近づきになれるのですから、同じクラスの方がよろしいかと思いますが」


 ロイアはポカンとしている。

 そ、そうか。

 普通に考えれば王子みたいな偉い人とは一緒のクラスが良いに決まっている。

 だけど、私の頭の中では攻略対象ズに糾弾されるイメージがこびりついていた。

 どいつもこいつも私に関わらないでいただきたい。


「え、え~っと、そうねぇ。ちょっと乱暴と言うか粗野というか、私の人生が危ないというか……」

「ノエル様。お言葉でございますが、まだ会ってもいない方々を悪く言うのは良くないことかと存じます」

「そうね、ロイアの言う通りだわ。以後、気をつけまーす」


 たしかに、悪口はよくないわね。

 どこで誰が聞いているかもわからないし。

 注意しないと……ん? ちょっと待って。


「……ねえ、私って王子様とかと会ってないの? レシピエント家の跡取り息子とも?」

「え、ええ。ノエル様はほとんどご自宅で過ごされてらっしゃいましたので……まさか……そんな記憶まで失われてしまうなんて……」


 ロイアはうっうっと泣いている。


「な、泣くのはおよしなさいって。ところで、私は社交界とか行かなかったの?」

「以前のノエル様は何と申し上げますか……あまりにもご自身の心を強く持たれていて、周囲の方々もノエル様の世界に引きずり込んでしまうほど魅力的だったのです。そこで公爵様たちから、他所のお子様とのお茶会や社交界への参加は“時期を見て”……ということになっていたのです」

「そうだったんだ……あ、いや、ちょうど今思い出したわ」


 ロイアすごい。

 ノエルの傍若無人ぶりをこんなオブラートに包めるなんて。


「それに、ノエル様も社交界などにはご興味がないご様子でした。いつもお部屋にこもってらっしゃいましたので」

「え、そうだったの? いえ、今思い出したところだわ」


 衝撃の事実。

 ノエル、攻略対象ズと会っていなかった。

 ゲームではノエルの幼少期はそれほど語られていない。

 学院入学時点からスタートだからね。

 ノエルのことだから、社交界とかお茶会でブイブイ言わせていたと思ったのに。

 意外と人見知りだったのか?

 そういえば、ノエルの部屋にはやたらと本が置いてあったな。

 案外、読書好きのインドア派? あれ? 何か重要なことを忘れているような……。


「しかし、ノエル様。魔法があまり使えない身で魔法学院に入ろうなど、ずいぶんとハードルの高い道を選ばれましたね。さすがは、将来ヴィラニール家を継がれるお方でございます」

 ……そうじゃん。ノエルは魔法使えないのよ。処刑フラグもそうだけど、こっちの事情もなかなかにヤバい。

「ね、ねえ、ロイア。私って本当に魔法が使えないのかな?」

「厳密に申しますと、使えないことはございません」

「あっ、そうなんだ」


 良かった。

 使えないわけじゃないんだ。

 ちょっと安心した。

 学校が始まる前に少しでも練習しとかないと……って、魔法ってどうやって使うの?


「ロイア、魔法を使うときってどうするんでしたっけ?」

「ノエル様……魔法の使い方までお忘れになるなんて……うっうっ、おいたわしや……。心の波を鎮めるように気持ちを整え、どんな魔法を使うか具体的にイメージするのです。まずは球体を出す想像をしてください」


 ロイアは涙を拭きながら教えてくれた。

 心を整えイメージと……。

 むあ~っと両手の前にピンポン玉くらいのボールが出てきた。


「なんだ、魔法使えるじゃん! これ何の魔法!?」

「それは魔力でございます」

「へぇ~、魔力かぁ! いいねぇ! ……ん? ……魔力?」

「はい。属性を付与される前の、純粋な魔力でございます」


 ロイアは眉一つ動かさずに言う。

 じゅ、純粋な魔力ってなんだ?

 なんだか不安になってきたぞ。


「そ、それで、ロイア。この魔力の球には何ができるのかしら?」

「何もできません」

「え……? な、何も?」

「はい、何もできません」

「……敵にぶつけて攻撃したりとか……」

「そのレベルまで鍛錬するとなると、魔法学院を三回は通う必要があるかと存じます」


 なるほど……予想以上にまずい状況のようだ。

 とりあえず、魔法のことは一度脇に置いておく。


「じゃあ、私はしばらく考えごとをするわ。ロイアは席を外してくれる?」

「承知いたしました、ノエル様。考えごととは……恋愛のことでしょうか?」

「んなわけないでしょうよ」

「失礼いたしました。それでは、少々買い出しに行ってまいります」


 ロイアが出て行き、さて……とベッドに寝っ転がる。

 成り行きでここまで来てしまったけど、一旦状況を整理しよう。

 まず、私は虎渡忍者に殺されて死んだ。

 そして、乙女ゲーム『アリストール魔法学院は恋の庭』に出てくる悪役令嬢ノエルに転生した。

 ノエルは主人公の恋を妨害しまくる役回り。

 その悪行の数々で周囲のヘイトを買いに買いまくり、主人公がどのエンドを迎えても処刑される運命にある。

 となると、やはり最初が肝心だ。

 最初のフラグさえ回避してしまえばこっちのもんよ。

 だけど、一歩間違えればギロチン台行きだからね。

 慎重に行動しよう。

 と考えつつも、私はワクワクしていた。

 夢にまで見た憧れの学園生活……。

 忍者と無縁な最高の青春を送ってやるぞ。

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