第2話:転生先は悪役令嬢

「……ノエル! ノエル、大丈夫か!」

「ノエル、しっかりしなさい! お願いだから目を開けてえ!」


 目の前が真っ暗になったと思ったら、両脇から男女の声が聞こえてきた。

 声だけでもすごく焦っていることが伝わってくる。

 だ、誰?

 疑問に感じたら、急激に意識がはっきりしてきた。


「うっ……ぐっ……」


 なんだか体が重い。

 死んだのに不思議だ。

 目に力を込めるとうっすら開いた。

 ぼや~と風景が形づくっていく。

 どうやら、天井も壁もどピンクの悪趣味な部屋にいるらしい。

 それに本がたくさんあるな、どこだろう?

 ぐぐぐ……と体を起こす。

 なぜか両脇には知らない男女が座っていた。

 男性は短い黒髪をサッパリとまとめている。

 鋭い黒目も相まって、全体的に凛々しい印象だった。

 女性もこれまた長い黒髪で、丸っこい黒目。

 程よくふくよかで母性にあふれている。

 そして、どちらもやたらと美男美女だった。


「ノエル! 良かった! 死んでしまったかと思ったよ!」

「あなたがいなくなったらどうしようかと思っていたわ! 目が覚めて本当に良かった!」

「うわっ!」


 いきなり、見知らぬ男女が抱き着いてきた。

 な、なにごと!?

 怖いんですけど。


「す、すみませんが……お二人はどなたでしょうか? そして、ここはどこですか?」

「「え……」」


 私が尋ねたら、男女は固まった。

 そ、そんなに変なこと言いましたかね?


「わ、私はお前の父親のパズティックだ! パズティック・ヴィラニール! 忘れてしまったのか!?」

「わ、私は母親のミゼラブルでしょ! まさか、記憶を失ってしまったの!? ああ、どうしましょう!」


 ……ぃえ? マジか、親? どういうこと?

 初対面なのに娘と間違えるなんて、人違いも甚だしいでしょうが。

 そもそも、うちの両親はこんなに美男美女ではない。

 と、そのとき、男性の発言が思い出された。

 ヴィ・ラ・ニ・ー・ル?

 どこかで聞いたことがあるような……ふと、ベッド脇の鏡に顔が映った。

 私の顔だ。だが……様子がおかしい。


「ちょっと待って!!」

「「は、はい……」」


 暗黒が体現されたかのようにどす黒いストレートの髪。

 見る者を地獄の底に引きずり込むようにどす黒い瞳。

 極めつけは魔王でさえ震え上がるくらい怖そうな顔。

 何を食べたらそんなに目つきが悪くなるの?

 というか、どこかで見たような……。


「うぎゃああああ!!」

「「どうした(の)!? ノエル!?」」


 なになになに!? どういうこと!?

 鏡の中に“生粋の悪役令嬢”こと、ノエル・ヴィラニールがいるんですけど!

 私が動けばノエルも動く。

 私がヘドバンすればノエルもヘドバン。

 頬っぺたを思いっきりつねったらめちゃくちゃ痛かった。

 これはもう幻覚でも夢でもない。

 れっきとした現実だ。


「ノ、ノエル……どうした?」

「ぐ、具合でも悪いの?」

「ちょっと待って」

「「は、はい」」


 ふぅぅ……と、深く深く深呼吸。

 名探偵張りに頭を動かしまくる。

 なんとなく状況がつかめてきた気がする。

 どうやら、私は『アリストール魔法学院は恋の庭』に出てくる悪役令嬢、ノエル・ヴィラニールになってしまったようだ。

 とはいえ、虎渡忍者の襲撃で確かに死んだから転生とでもいうのだろうか。

 そう確信した瞬間、背筋が凍った。

 まずい、これはかなりまずい。

 せっかく生き返ったと思ったら、処刑される運命しかないなんて。

 いや、待て。

 まだ何とかなる。


「パパ、ママ……ごほん。お父様、お母様、わたくしはアリストール魔法学院には行きませんわ」

「「……えっ」」


 そうなのだ。

 そもそも、イケメンズと遭遇しなければいい。

 憧れの魔法学院で青春を送れないのは本当に心苦しい。

 だけど、自分の命の方が大事だ。

 何と言っても一回死んでいるからね。

 あのぞっとする感覚は二度と味わいたくない。


「ノ、ノエル……今なんと……」

「ご、ごめんなさい……お母さん、よく聞き取れなかったわ……」

「ですから、アリストール魔法学院には行かないと申し上げたのです」

「「……っ!」」


 よし、これでもう大丈夫だ。

 ふぅ、一安心。

 と、思ったら、突然父母は土下座した。

 ええええ、土下座って日本伝統の文化なんじゃないの~?


「ノエル、頼む! 頼むから学校には行ってくれ! アリストール魔法学院は王国直属! 国王陛下に相当のご無理を言って入学を許可してもらったんだ!」

「お願いよ、ノエル! 学校に行ってちょうだい! もし今さら入学をやめたら私たちは……いや、ヴィラニール家そのものが破滅してしまうわ!」

「お、お父様、お母様、いったい……」


 そこまで言いかけたところで思い出した。

 そうだった、忘れてた。

 アリストール魔法学院は魔法を勉強する学校。

 だから、魔法が使えないとそもそも入学できない。

 なのに、ノエルは魔法が大して使えないくせにお金の力で無理矢理入学したんだった。

 それも一番難易度の高い王子を狙うため。

 必死に土下座する父母を見て、ものすごく申し訳なくなってきた。

 きっと、ノエルの悪逆非道に振り回される毎日だったんだろう。

 できることなら学院には行きたくない。

 いや、死ぬほど行きたいんだけど行きたくない。

 だけど、この父母の前でそんなことはとても言えなかった。


「……お父様、お母様、先ほどは失礼いたしましたわ。私……アリストール魔法学院へ通わせていただきます」

「ノ、ノエル……謝れるようになったんだね。まさか、ノエルの口から謝罪の言葉が聞ける日が来るなんて……」

「お母さん……心の底から嬉しいわ。謝れるようになっただけでも、国王陛下にご無理を言った甲斐があるわ……」


 父母は涙を流して喜んでいる。

 謝っただけで泣かれるって……ど、どこまで傍若無人な悪役令嬢だったのよ、アンタは。

 思い返せば、私は実の両親(忍者の方)とはあまり関わらなかった。

 いや、両親と関わらないというのも変だけど、いつもじーちゃんといた気がする。

 そういえば、大した親孝行もできなかったんだよなぁ。

 顔を合わせれば反発して喧嘩の毎日だったし。

 そう思うと、せめて目の前の父母たちのことは大事にしたいと思った。

 何より、ここまで来たら仕方がない。

 どうせなら、この世界で青春を謳歌したい。

 忍び要素ゼロで楽しむぞ。

 ピシリ……と正座でお辞儀をする。


「お父様、お母様。これからもどうぞよろしくお願いいたします」

「ノ、ノエルが頭を下げた!? ゆ、夢じゃないよな……いてっ! 夢じゃない……夢じゃないぞおお!」

「成長したわね、ノエル! お母さん……こんなに嬉しいことはないわ!」


 父母はまたもや泣きながら喜んでいる。

 私にノエルとして生きた記憶はないけど、ただただ申し訳なかった。


「それで、学院はいつから始まるのでしょうか?」

「明日さ。ノエルが元気になってくれて本当に良かったな」

「初日から遅れてしまうとお友達ができませんものね」


 父母はさらりと言っていたけど、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


「え、明日!?」

「「うん、明日(だ)よ」」


 ……マジか。

 ものすごい急展開だな。

 少しは落ち着く時間をくれ……と、思ったとき、部屋の扉がコンコンと叩かれた。


「公爵様、奥様。大きな音が聞こえましたが、どうされましたか? まさか、ノエル様が……!」

「ロイア! ノエルが目覚めたんだ!」

「誠でございますか!?」


 叫ぶような声が聞こえ、キレイなメイドさんが大慌てで入ってきた。

 長めの茶髪を一本三つ編みにしている。

 その姿を見ていると、すぐにゲームの知識が思い出された。

 彼女はノエルの専属メイドだ。 

 ゲームではノエルの言う事なすことに賛成するキャラだったな。

 そして、最後は悪役令嬢共々処刑されるのだった。

 ロイアは私を見ると固まった。

 絵画のように美しい。

 いや、本当に絵画みたいに表情が動かないんですが。


「ああ、ノエル様! お目覚めになられたのですね! もう死んでしまうのかと思っておりました!」

「あっ、ちょっ」


 無表情が崩れ、涙ながらに抱き着かれた。

 私が目覚めて本当に嬉しいようだ。


「聞いてくれ、ロイア! ノエルは目覚めただけじゃない! なんと、謝れるようになったんだ!」

「それに頭を下げられるようになったの! 今日は記念すべき日よ! さっそくお祝いの準備をしてちょうだい!」

「ノエル様……苦難を乗り越え……成長されたのですね」


 彼女の陶器みたいな頬にポロリと涙が伝う。 


「え、いや、泣くほどのことではないかと……」

「あの極悪非道の化身と言われるほどのノエル様が謝れるようになれるなんて……ついてきて良かったでございます……うっうっ……」


 ロイアは今までの苦労を出すかのように、人目も憚らず泣き出してしまった。

 父母が笑顔で立ち上がった。

 その顔は喜びであふれている。


「ノエルはまったく魔法が使えないけどなんとかなりそうだな! 何と言っても謝れるんだから!」

「それだけじゃないわ、あなた! 人に頭を下げらえるのよ! 心配なんてする必要ないわね!」


 親バカも過ぎるだろ……。

 そして、いきなりお祝いの席が設けられた。

 ドン! ドン! ドン! っと、ドでかいチキンやロブスターが置かれていく。

 クリスマスと正月と誕生日が同時に来たようなお料理だった。

 病み上がりの娘になんちゅーものを食べさせるのだ。


「さあ、ノエル。好きなだけ食べていいんだよ。全てノエルのために用意したんだからね」

「食べたい物があったら何でもいいなさい。遠慮なんかいらないのよ」


 父母は私が目覚めて(+頭を下げられるようになって+謝れるようになって)本当に嬉しいようだ。

 何はともあれ、少しは親孝行できたのかな。

 まずはご飯を食べるか。

 むしぃっ……とチキンを食そうとしたら、ロイアに取り上げられた。


「あっ、私のチキン……」

「ノエル様、そのような食べ方ではいけません。ご学友に笑われてしまいますよ。それにチキンなどと言ってはいけません。鳥のお肉とお呼びくださいませ」

「呼び方なんてどうでもいいじゃないの……」

「どうでもよくございません。さて、食事マナーも復習した方が良さそうでございますね。いいですか? ナイフは右手でフォークは左手で……」


 なんだかんだロイアも楽しそうだ。

 というか……と、心の中でノエルに話しかける。

 こんな良い人たちに囲まれながら悪役令嬢の道を突き進むなんて、アンタにいったい何があったのよ。

 まぁ、私が知ることはないでしょうけど。

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