第1話:くノ一JKと敵対忍者の襲撃
「はぁ~、修行だるいなぁ。どうして私、忍者の末裔なんかに生まれちゃったんだろ……いったぁ!」
「ばっかもーん! のえる! 貴様は忍びのことをぬわぁんにも分かっとらん! それでも誇り高き龍渡家の人間かぁ!」
いつものように深草徒歩の練習をしていたら、もとい、させられていたら思いっきり頭を叩かれた。
後ろを振り返ると、ハリセンを携えた爺さんが立っている。
「ゲッ! じーちゃん!」
「忍びは毎日の鍛錬が大事だと何回言えばわかるのだ! それと、ワシのことはお師匠様と呼べと言っとるだろうがぁ!」
「うわぁっ! ちょっとやめてよ、じーちゃん! 危ないから!」
四方八方から手裏剣が飛んでくる。
悲しいことに、これが私の日常だった。
私は龍渡のえる。
花の高校二年生。
本来なら恋愛に勉強に部活に……青春の真っ只中にいるはずだ。
それなのに、生まれが全ての計画をおじゃんにした。
名門忍者、龍渡家の末裔として生まれてしまったのだ。
パパとママは忍びの仕事でずっと家を空けている。
本来なら、憧れていた一人暮らしの大チャンスだ。
なのに、放課後は毎日じーちゃんに修行させられていた。
「のえる! 貴様は誇り高き龍渡一族の末裔なんじゃぞ! どうして、それが自覚できないのじゃ! ワシは……ワシは悲しい!」
「じーちゃん! それなら私も言わせてもらうけどね、私はもう十六歳なの! 高校生! 青春はあっという間に終わっちゃうんだから! こんなことしている暇はないの!」
同年代の男女は青春真っ盛り。
右を向けば先輩と後輩がイチャイチャ、左を向けばキャプテンとマネージャーがイチャイチャ、後ろを向けば生徒会長とヤンキーがイチャイチャ、そして、私の前には忍びの修行。
with老人。
「黙らんかぁ、愚か者ぉ! 今こうしている間にも、虎渡忍者の末裔どもは修行しているのだ! 一日サボれば三日の差が開くのだぞ!」
「21世紀に忍者なんかいるわけないでしょ! 戦国時代かっての!」
「いるに決まっておるだろ! このたわけ! 我ら忍びは何百年もしのぎを削っておるんだぞ!」
さっきからじーちゃんは、忍びが忍びが……と叫んでいるけど、忍者なんて一度も見たことがなかった。
というより、目撃情報すらない。
そもそも、 このSNS全盛期に忍者なんていたらバズりまくっているはずだ。
「のえる! 貴様は胆力がないからそんな腑抜けたことが言えるのだ! 忍術には胆力の訓練が大事だと、ぬわぁんども言っとるだろうがぁ!」
「ちゃんとやってるよ!」
火遁の術や水遁の術などの忍術は胆力を使って発動する。
だから、日頃からの地道な鍛錬が重要なのだ。
と、言い聞かされて育ってきた。
でも、諸々限界だった。
同級生は毎日楽しそうに遊んでいるし、恋に進路に頭を悩ませている。
私もそんな普通の生活を送りたいのだ。
現役バリバリ忍者の両親にも反発してばかりだった。
「もういい! 今日の修行は終わり! さよなら!」
けむり玉を地面に叩きつけ、すぐさま深草徒歩で戦線離脱する。
「コラ、のえる! どこに行く!? 虎渡忍者がうろついているという情報が入っておる! 戻ってこーい!」
まったく、いるわけないだろーっての。
イヤイヤながらも、修行はちゃんとこなしていたからね。
現役を引退して久しいじーちゃんを撒くくらいなら造作もない。
住宅街を歩いて家へ向かう。
ちょうど、この時間帯は人気がない。
がらんとして開放感にあふれていた。
グーッと背伸びする。
「さーって、帰ったら『アリストール魔法学院は恋の庭』をプレイするかぁ」
今ハマっている乙女ゲームだ。
タイトル名は少々色ボケしている気もするけど、まぁ正統派の乙女ゲームだった。
舞台はみんな大好き中世ヨーロッパ風の世界。
プレイヤーは平民出身にも拘らず、聖女の再来と言われるほどに強い聖属性の魔力を持っている。
魔法の勉強をする学院で、貴族に混じって学校生活を送るのだ。
全年齢向けなので、別に刺激の強い展開は特にない。
恋愛シーンもバトルシーンもそれなりだ。
いわゆる普っ通ーの乙女ゲームではあるけれど、日常的に手裏剣の練習だとか、吹き矢の修行だとかをさせられている私には刺激が強すぎた。
リアルで青春を送れないから、二次元の世界で青春を送る。
なんとも暗い高校生活を送っているのが、私こと龍渡のえるだった。
いかん、妄想してたらやりたくなってきたぞ。
家まで待ちきれない。
「ちょっとプレイしちゃお」
公園のベンチに座ってアプリを起動。
打ち込みオーケストラのBGMが鳴り、画面の端からイケメンたちが顔を出す。
金髪サラサラヘアーの正統派王子様タイプ、ブレッド・アリストール。
王国の第一王子。
赤髪で目つきが鋭い強面タイプ、アンガー・レシピエント。
代々騎士団長を務める三大公爵、レシピエント家の跡取り息子。
青髪で中性的な庇護欲をそそうタイプ、カルム・トランクイル。
主人公以外で唯一の平民出身で、天才的な魔法の素質持ち。
まぁ、正直なところこいつらはおまけだった。
ゲームの目玉なんだろうけど、それよりもファンタジーな学校生活が楽しかった。
魔法試験があったり、魔石の採取があったり、お昼休みに攻略対象とお喋りしたり……本当に他愛もない日々だ。
でも、忍びの“し”の字すら出てこない。
忍者とは無縁な完全なる青春の日々……。
「あ~あ~、私もこんな学校生活送りたいなぁ」
とは言ったものの、一応お気に入りのキャラはいる。
それは、三大公爵ヴィラニール家の跡取り娘かつ悪役令嬢のノエル・ヴィラニール。
その名の通り、主人公の恋路を邪魔してくる悪役だ。
暗黒のように黒い髪と深淵のように黒い瞳。
そして、笑うだけで赤ちゃんを泣かしそうな凶悪面。
プロフィールには“生粋の悪役令嬢”と銘打っていた。
元々、自分の名前と一緒だし妙な親近感を抱いていた。
でも、何より自分の欲求に忠実なところが良かった。
主人公に想い人を取られまいと必死に妨害、想い人に振り向いてもらおうと懸命にアピール……。
傍から見るとただの迷惑行為なんだけど、私もこれくらい自分に素直になれたらなぁ……と思っていたのだ。
まぁ、ノエルは悪事のせいで、全エンドで家族もろともギロチン処刑されるんだけどね。
さて、そろそろ帰るかな。
「龍渡のえるだな」
「え?」
よっこいしょと立ち上がったら、周りを黒づくめの男に囲まれていた。
黒づくめでどうして性別がわかるのか謎だけど、不思議とわかったのだ。
そして、みんな見たことある衣装を着ている。
「我らは虎渡家。龍渡家の末裔である貴様を殺しに来た」
「え? と、虎渡?」
全員が全員、忍び装束を着ていた。
顔はほとんど布で隠され、目しか見えていない。
彼らの瞳は不気味なほど冷たかった。
え? え? コスプレじゃないの? というか、忍者って本当にいたの?
とっさの出来事にひどく混乱する。
「死ね」
「うっ……!」
こんなときこそ忍術を使えばいいものを、実戦経験がまるでない私には何もできなかった。
笑っちゃうくらいあっさりとお腹にクナイを刺された。
感じちゃいけないところまで痛みを感じる。
音もなく地面に倒れた。
辛うじて辺りを見回すと、すでに虎渡忍者たちは姿を消している。
なるほど、さすがはプロの忍者だ。
これではバズるはずもない。
視界の隅っこで悪役令嬢がなんか言っている。
そうだ、アプリつけたままだった。
通信料が……。
この公園に無料Wifiはない。
死の手前だというのに、最後に考えたのはどうでもいいことだった。
体が冷たくなりどんどん目の前が暗くなる。
「死んじゃうんだ、私……」
じーちゃん、ごめん……忍者いたわ。
そして、私は死んだ。
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