02_変化

「やめろよ。お前ら、お兄ちゃんをいじめるな!」


 コナタは、勇気を振り絞って、兄カナタを取り囲むいじめっ子たちに向かって叫んだ。


 威勢よく叫んだものの、彼の身体は恐怖で小刻みに震えていた。自分の年齢より上の生徒たちが、見下すような鋭い目つきをして立っているのだ。無理もない。


「ああ、なんだ。こいつ。俺たちに歯向かおうてか!」


 いじめっ子の一人が、苛立しさを孕んだ汚らしい言葉を吐く。


 コナタは、一学年上の男子に睨みつけられて、心臓がぎゅっと強く締め付けられる思いだった。ほんとは、すぐさま逃げ出したい。でも、そんなことをすれば、兄のカナタを見捨てることになる。コナタは、兄を見捨てることなど到底できる訳がなかった。


「お兄ちゃんって言ったな。お前、カナタの弟か。いいぜ。遊んでやるぜ」


 いじめっ子の主犯が、ニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべ、コナタの方に少しずつ距離を詰めていく。


 このままでは、コナタが。


 カナタは、咄嗟に立ち上がり心の奥底に眠っていた闘志を激しく燃え上がらせる。


 俺は、知っている。コナタは、優しい弟なんだって。


 だから、自分を犠牲にしてでも、誰かを助けようとしてしまう。


 昔から、そういう弟なんだ。一番、側にいて、一番間近で、コナタを見てきたから分かる。


 この瞬間、カナタの中の不安や恐怖がぱっと消えた。コナタを助けたいという一心で、いじめっ子たちの前に立ちふさがり両手を左右に広げると、ものすごい形相で言い放った。


「俺の大切な家族を傷つけるな!」


 迷いのないカナタの叫び声が響き渡る。今までにない気迫のある叫び声に、いじめっ子たちは思わず圧倒されて後退りをする。


「調子にのるなよ……」


 いじめの主犯の子供は負けずと抵抗するが、彼の声はいつもの威勢の良さはなく、明らかに弱々しい声になっていた。


「ささっと弟の前から消えろ!はやくしろ!」


 カナタは、熱い闘志を宿した眼光を輝かせ、再びものすごい剣幕でいじめっ子たちに叫んだ。


「な、なっ!?覚えてろよ……」


 いつもと違う物怖じしない彼の態度に恐れ入ったのか、いじめっ子たちは脱兎のごとく慌てて教室へと戻っていった。


「大丈夫か。コナタ。ありがとな。お兄ちゃんのために、あいつらに立ち向かってくれて」


 カナタは、心配してコナタのもとにさっと駆け寄り、優しく抱きしめる。


「お兄ちゃん、いじめっ子たちを追い払ってかっこよかった」 


 コナタは、目を潤ませてカナタに羨望の眼差しを向ける。


「何言ってるんだ。俺からしたら、コナタのほうがかっこいいよ。身を呈して、俺を救い出そうとしてくれたじゃないか」


 カナタは、弟コナタにとても感謝していた。いじめっ子にいじめられずに済んだといだけでなく、いじめっ子に立ち向かう勇気もくれたように感じたからだ。


 この一件があってから、カナタは少しずつ変わり始める。


 今までより一層、勉学に励むようになった。兄の豹変っぷりに、コナタは少し驚いたが微笑みを浮かべ、自宅の部屋で一生懸命に勉強しているカナタに尋ねる。


「お兄ちゃん、最近、勉強頑張ってるね。どうしたの?」


 カナタは、勉強机でノートにペンを走らせながら答えた。


「俺は、勉強していい学校に入って、いい就職先を見つけて、俺を散々、いじめてきたあいつらを見返してやるんだ」


 カナタの決意は固かった。彼は特別、頭が良い方ではない。ただ、やると決めたら、最後までやり抜く意志の強さがあった。


「そうなんだ。僕もお兄ちゃんを見習わないとね」


 そう言って、コナタも、カナタの隣りに座って、一緒に勉強し始めた。二人はお互いがお互いの背中を追いかけながら、共に少しずつ成長していった。


 そうこうしているうちに、あっという間に時間は流れ、二人はついに小学校を卒業する。


 日頃、勉学に励んでいたことが実を結び、中学校は、二人とも地元ではそこそこ有名な学校に進学することができた。


 幸先のいい中学生活が幕を開ける。二人ともそう思っていた。だけど、人生はこのまま順風満帆には行かなかった。


 ある日、カナタとコナタの二人は、中学校から帰っていたところ、会社に行っているはずの父親セナが、公園のベンチに座っているのを目撃してしまったのだ。


「あっ!?お父さんだ」


 父親の姿をいち早く見つけたコナタがはっと驚いて、彼を指差して叫んだ。


「ほんとだ。会社にいるはずなのに、どうして公園なんかに……」 


 コナタの指差す先にいる父親セナの姿を見て不審感を抱く。


「お父さんのところに行ってみる?」


 コナタが公園のベンチに座る父親のもとに向かおうか迷っていると、カナタは首を横に振り答えた。


「やめたほうがいいと思う。あの顔、なんか思い悩んでいるみたいだ。ここで様子を見よう」


 二人は、公園の外側の草むらから、顔を上げて父親に気づかれないようにそっと観察することにした。


 これから、どうすればいい。カナに、子どもたちに俺はなんと言えばいいんだ……。

 

 セナは、ベンチに座りながら地面でチュンチュンと鳴く雀を見つめながら、思い詰めていた。実は、先日、彼は会社を首にされていた。


「君に大きな仕事を任せたのが間違いだった。ほんとさ。君が失敗してくれちゃったお陰で、会社は大赤字よ。責任は全て君にあるからね。ほんとしっかりしてよ」


 以前から会社の社長とそりが合わず思い悩んでいた。社長は、セナのことが気に食わなかったのか、厄介な仕事だけを押し付けて、成功すれば自分の手柄にし、失敗すれば、その責任を彼に負わせた。


 それでも、家族の家計を支えるため、簡単には会社をやめれなかった。なんとか、困難を乗り越えて仕事を継続していたが、社長のある言葉で事態は急変する。


「君ってさ、息子さん二人いるんだって。君の息子さんも、君みたいにバカでのろまと聞いたよ。私の息子も、君の息子さんと同じ小学校にいてね。君の息子さんのことを聞いたんだよ。親も、親なら子も子だな」


 この社長の言葉を聞いた瞬間、セナは日頃、抑えていた苛立ちや怒りがいっきに爆発してしまう。


「その言葉は聞き捨てならない!私のことは、何を言われようが、構わない。だけど、私の子どもたちをバカにするのは許さない!」


 感情が爆発したセナは、社長と激しく火花を散らした。社長は、自分に歯向かい反抗的な態度をとったとして、彼を即刻首にした。


 セナは、首にされた現実をまだ受け止めることができなかった。気持ちの整理がついてから、家族にその事実を打ち明けようと思っていたが、そうこうしているうちに話をするタイミングを見失ってしまっていた。


 カナタとコナタは、公園のベンチで落ち込む父親のセナを見て、なんとか元気にさせられないかと考える。


「そうだ。お父さんが元気になるように、サプライズパーティーしようよ!」


 コナタは、父親のためにサプライズをすることをふと思いついた。


「いいな、それ!帰ったら、そのことお母さんに話してみよう」


 カナタは、喜んでコナタの考えに同意した。


 二人は、父親にバレないようにそっと公園から抜け出して、家に帰った。家に帰ると、母親のカナに父親が公園で落ち込んでいる様子だったことと父親のためにサプライズパーティーをすることを早速、話した。


 子どもたちから、その話を聞いた直後、カナは何かを察したようだったが、微笑みを浮かべ、快く父親のためにサプライズをすることを受け入れた。


 サプライズパーティをするため、リビングに飾りをつけて、父親のためのケーキを用意した。これで、サプライズパーティーの準備は整い、後は父親の帰りを待つだけだ。


 きっと、お父さん帰ってきたら、喜ぶだろうな。


 カナタとコナタの二人は、そんなことを想像して期待に胸を膨らませる。


 しかし、その時だった。


 自宅の電話が突如、静寂を破るように鳴り響く。カナは何事かと急いで電話の受話器をとって応対する。


「はい。はい。はい……そんなことって……」


 カナは電話で誰かと話をするに連れて、次第に元気のない話し声になり、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。


 震えるような母親の声色からも、彼女が動揺しとてつもない悲しみに襲われていることがすぐに分かった。


 カナはガタッと受話器を置くと、溢れ出る悲しみを押し殺しながら、カナタとコナタに告げた。


「お父さん、車に轢かれて、かなり命が危ないみたい。今、病院に運ばれて手術を受けているから、今すぐその病院に向かいましょう」


 カナタとコナタは、突然、母親からそんなことを告げられて茫然とする。


「お父さん、死んじゃうの……」


 最悪のケースが二人の脳裏をさっと駆け抜ける。




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