第23話 用務員室、困惑と怒りの予兆
「おぅ。邪魔するぜ中里先生」
――放課後。
用務員室の整理をしていた俺の元へ、岸島がやってきた。昭和のオヤジみたいな登場の仕方でキリッとした麗人が顔を出すと、映画かドラマのワンシーンのような印象がある。
こう言っては何だが、妙に板に付いている。
苦笑して「なんだよその挨拶は」と軽く応じようとした俺は、岸島の表情を見て口をつぐんだ。
朝の挨拶運動時にも大概な機嫌だったが、今は輪をかけて不機嫌だ。
赴任してからずっと、それなりに親しくしている俺から見ると――マジで切れているようだ。
とりあえず無言で茶を用意する。
彼女はどっかと椅子に座り、テーブルに片肘を突いた。指先が落ち着き無くテーブル表面を叩いている。
「かなり苛ついているな。なにがあったんだ、岸島」
「……やっぱ見て分かるか」
「すげぇ不機嫌なのは隠せてない。朝と大違いだ」
すると岸島は大きな大きなため息をついた。出された茶を一気にあおる。
「さっき、ウチの旦那から電話があったんだよ」
「それは珍しいね。いつもは岸島から旦那さんへ連絡するのに。仲いいなあと」
片手で顔面を捕まれた。ギリギリと締め付けられる。
「今その話はいいんだよぉ」
「別にからかったわけじゃないって……あだだ」
「ふんっ」
解放される。相変わらず力が強い。
恥ずかしさのためか赤くなっていた岸島は、すぐに表情を改めた。
「旦那はさ、あたしを心配するんだよ。大丈夫かって。どうやら、旦那のところに脅迫めいた連絡があったらしい」
「なんだって?」
「笑えるだろ? ふつーは自分の身の安全を考えるのに、いの一番にあたしの心配だぜ? あたしはそれほどヤワじゃねーっての」
言葉ほど不快に思っているわけではないことは、岸島の表情を見ればすぐにわかる。
さすが旦那さん。菩薩の心を持ったお人だ。
しかし、そうなると……。
「まあ、アレだ。
旦那のことを溺愛している岸島桐花にとって、愛する夫に危害を加えようとする行為は決して許されるものではない。
文字通り、命知らずな暴挙だ。
しかし、どうして旦那さんが。岸島と違って、周りに敵を作ったり危険に飛び込むような人ではないと思っていたのに。
「実はな、だいたい犯人の目星は付いてるんだ。あたしがお前んところに来たのも、それが理由」
「……まさか。四故槍少年か?」
「いよいよ本格的に動き出したようだぜ、あちらさんは。これはあたしのカンだが、四故槍家は一気にこの辺りのシマの主導権を握ろうとしている。なにか、でっかい宝を掘り当てた感じがするぜ」
「宝……」
「ま、あたしにとっちゃ誰が主導権を握ろうが興味ねぇんだ。ただ――」
握った湯飲みがきしみを上げる。
「あたしの大事なモンに手を出したオトシマエはキッチリ付けさせてもらう。絶対に」
「岸島」
「中里。朝も言ったが、何かあればあたしに言え。あたしら、今は暴れたくてウズウズしてる」
「気持ちはわかる。だが、抑えろよ。他ならぬ旦那さんのために」
「場合による」
岸島が身を乗り出してきた。
「ところで中里、西園寺はどうした。あいつのことだから、お前のところへ真っ先に来るモンだと思って、あたしもここに来たんだが」
「まだ見てない。……そういえば、昼ご飯を一緒にしたとき、今日は買い物に行くと言ってたな。クラスメイトと」
「ああ、あいつか。それならまずは安心、か。どうせ護衛も付くんだろ?」
「そこまでは聞いてない。でも、西園寺さんのことだから――」
言いかけたとき、携帯が鳴った。
俺個人のものではなく、西園寺家から支給された端末である。
岸島と顔を見合わせてから、俺は電話を取った。
「はい、中里です」
『お忙しいところ失礼いたします。お嬢様はそちらにおいででしょうか?』
「いえ、まだ来ていないですが。今日はクラスメイトと出かける予定と聞いています。そちら、ご一緒ではないのですか?」
『はい……。ことりお嬢様からはご学友のご負担になっては申し訳ないと、事前にご相談を受けておりました。本日は少し離れた場所で待機をしているのです』
やっぱりそうかと思った。せっかくできた気の置けない友人。あまりプレッシャーをかけたくないと彼女なら考えるだろう。
『そろそろお伺いしていた外出の時間なのですが、どうもお嬢様が教室に残られたままのようで』
「え? そうなんですか」
『お嬢様がお持ちの携帯電話には、専用のGPS機能が搭載されております』
あ、なるほど。確かに西園寺家のお嬢様ならそれくらい当然か。
『一度は教室を出られたようなのですが、何かお忘れ物があったのか、引き返されています。それ以来、ずっと同じ場所に。申し訳ありませんが、中里様。ことりお嬢様のご様子を確認していただくことは可能ですか?』
「わかりました。様子を見てきましょう」
通話を切る。
眉根を寄せてこちらを見る岸島に、話の内容を伝えた。女教師は腕を組む。
「まあ……学内にいるなら、まだ。入学以来、四故槍は悪い意味で目立ってるからな。教室で何かトラブってるなら真っ先にあたしの耳に入るはずさ。部活する生徒の目も、まだまだたくさんある。よし、あたしも行こう」
「助かる」
ふたりで席を立った。
ほぼ同じタイミングで、用務員室の扉が開く。制服姿の女子生徒がひとり、たずねてきた。
「失礼します。中里先生……と岸島先生もいらっしゃったのですね」
「おう。どした」
「いえ、西園寺さんを見かけなかったかなと。一緒に買い物へ行く約束をしていたのですが」
平静を保ちながら俺は答える。
「まだ来てないね。教室にいるんじゃないかな」
「はあ……それが、さっき迎えに行ったら誰もいなくて。携帯に連絡したら、西園寺さん、机の中に携帯置きっぱなしになってたんですよね」
俺も岸島も、表情がサッと強ばった。
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