第22話 通告、放課後の悪夢【ことり視点】
終業のチャイムが鳴った。
私はクラスメイトの皆さんに挨拶をしながら、教室を出た。
四月も半ばに差し掛かると、多くの一年生が部活を決め、それぞれの活動に勤しんでいる。何かに没頭できるのは素敵なことだ。
他の子たちと同じように、私も部から勧誘を受けてきた。
けど、礼哉さんとの時間を大事にしたいという思いがあって、なかなかこれと決められないでいる。
礼哉さんに相談したときは、「せっかくの高校生活なんだから、部活には参加した方がいい」とアドバイスされた。私のことを考えてのものだろう。
そういうところも、礼哉さんらしくて素敵だ。
ちなみに、担任の岸島先生からも、どういうわけか真剣な口調で「部活を決めろ」と言われている。
よくわからないのだが、仲良くなったクラスメイトの方の話だと、どうも私に対する勧誘は学校の歴史上稀なレベルらしい。
いつぞや、休み時間ごとに廊下に長い列ができていた。皆さん、それぞれの部を代表して私を勧誘にいらしたのだ。
その熱意は素敵だ。だからおひとりおひとりに声をかけ、お話を聞きながら、「ご苦労様です。頑張ってくださいね」と敬意を持ってお伝えしていたら、クラスメイトから「違うそうじゃない」と言われた。
いまだにその意味がよくわからない。
生徒会からの鶴の一声がかかったようで、今では勧誘も落ち着いている。当番制になったと聞いた。スケジュールを組む生徒会の方々にはご迷惑をかけたと思う。
後でお礼の菓子折を持っていこう、何がいいでしょうか、とクラスメイトに相談したところ、「生徒会長が失神するからやめろ」と言われた。
やっぱりよくわからない。
礼哉さんに話したら、「そのクラスメイトをずっと大事にしてね」――と。よい仲間に恵まれたのだと、私は納得することにした。
今日は、件のクラスメイトと一緒にお買い物をする約束をしていた。
たまには高校生らしく、友人と過ごす時間も大事――家の方々は、最近そのようにおっしゃってくれる。護衛の皆さんも、今日は遠くから見守るだけのようだ。
クラスメイトは今日、部活が早上がりらしい。それまで時間を潰そうと、私は用務員室へ向かう。
階段の踊り場で、私は足を止めた。
下の階から、四故槍君が歩いてきたのだ。
最近のアプローチは苛烈だ。また何か言われるのではないかと、私は構えた。表情が自然と『外向き』のものになる。
「西園寺ことり」
きた。
いつもは『ことり』と呼び捨てなのに、今日はフルネーム。まるで入学式のときのよう。
彼の顔を見たとき、私の背筋にゾクリと悪寒が走った。
なぜか彼は、勝ち誇ったような、威圧するような笑みを浮かべていたのだ。
その顔に、私は見覚えがある。
思い出したくない、できれば記憶から消したいほどの、顔。
十年前、ルリを喪ったときに見た――お義母様の表情。
私が踊り場で立ちすくんでいると、四故槍君はすれ違いざまに私の手を取った。
折りたたんだ紙を、無理矢理握らせる。
彼は周りの人間から違和感を持たれない程度に近づいて、私にささやいた。
「逃げるなよ」
たった一言。
四故槍君はそのまま階段を上がっていった。歩調は変わらず、態度も変わらず。何事もなかったかのように。
廊下には今も生徒の姿がある。だが誰一人、つい一瞬前の出来事を
私は辺りを見回した。それから平静を保って階段を降り、足早にトイレへ向かう。
手汗でじんわりと湿った紙を、慎重に開いた。
「……!!」
私は心臓が止まりそうになった。
口元を押さえ、声が漏れそうになるのを我慢する。
その紙には――指定された場所へ来いとの短い文言と、一枚の写真が印刷されていた。
望遠で、しかもコピー用紙にモノクロ印刷されたものだから、画質は荒い。それでもはっきりと
これは……礼哉さんと別荘に行った夜の光景だ。特徴的なベランダ、私と礼哉さんの格好。間違いない。
「でも、どうして」
我慢しようとしていた声が、漏れてしまう。
紙を持つ手が震える。
私は唇を噛みしめた。
空いた手で、紙を持つ手を握る。震えを抑え込む。
落ち着け。西園寺ことり。
これは、間違いなく私と礼哉さんを陥れようとする企みだ。
このまま従ってしまえば、彼の思うつぼになる。
わざわざ手紙を握らせるなんて迂遠な手段を取ったのは、おそらく四故槍君にとってもあまり表沙汰にしたくない案件なのだろう。
私が言うのもはばかられるが、ここ一週間の振る舞いで、私と四故槍君の評判には差ができている。
騒ぎを起こしても、効果は薄いと判断したのかもしれない。
外から私を潰すのではなく、私に直接翻意を迫るつもりなのだ。
「……すー、ふぅ―……」
そこまで考えて、私は呼吸を整える余裕を取り戻した。
……ひとりで抱え込むのは悪手だ。
礼哉さんに迷惑がかからないよう、信頼できる人たちに相談をすべきだ。
携帯電話を取りだし、家の方に連絡しようとした、まさにそのとき――。
マナーモードの端末に着信のバイブがあった。
画面に表示された登録名に、再び思考が凍り付く。
「お義母様……」
出ないわけにはいかない。
私は勇気を振り絞って、通話ボタンを押した。
「……はい。ことりです」
『彼からの通告は見たかしら』
開口一番、冷たい声がした。
息が止まる。
十年前の記憶がフラッシュバックする。
『あなたのことだから、小賢しい考えを持とうとしているのはわかる。だから私からも伝えておくわ。諦めて私たちの言うとおりになさい。今、このタイミングで私が連絡した意味、わからないあなたではないでしょう』
わざとだ。
私が必死に気持ちを立て直そうとしたこのタイミングで、わざと追い打ちをかけたのだ。
お義母様、自ら。
私を完膚なきまでに
『さもなくば、あなたの愛しい愛しい人の未来は保証しません』
やる。
あの方はやると決めたら、やる。
お義母様は駄目を押した。
『理解したのなら言うとおりにしなさい。あなたひとりで』
そして通話は、無情に切れた。
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