第24話 脅迫、最低男の魔の手
――西園寺ことりを乗せた車が、人気の無い山道を走っている。
運転しているのは、ことりの知らない男。サングラスをかけて、表情はうかがい知れない。
彼女は後部座席に座らされていた。車内だというのに、安物のキャップを被らされている。
ことりの両側には、こちらもサングラスをかけた屈強な男たちが固めていた。彼らの身体に阻まれ、車の外からはことりの姿が埋もれてしまっている。
ことりは、震えそうになる手を必死に抑えていた。
――義母から連絡があった直後、四故槍少年から再び指示を受けたことりは、自分の携帯電話を教室に残した。あたかも、うっかり忘れてしまったようにして。
指定された場所は、学校からやや離れた小さな駐車場。そこにひとりで向かうと、どこからともなく男たちが現れ、停めていた車に乗り込むよう促された。
市販車。目立たない色。
少なくとも、田舎道を走る分には誰にも顧みられない。
ことりはこの手際を見て、下手に抵抗しない方が良いと判断した。
四故槍少年の指示なのか、幸い、男たちがことりに乱暴を働くことはなかった。荷物も、学校に残した携帯電話以外はそのまま手元に置いておくことを許されている。
ことりは彼らを刺激しないよう、できるだけ影を潜めた。
だが心の中では、何度も叫んでいたのだ。
それは、中里礼哉への謝罪。
自分のせいで、彼に迷惑をかけてしまった。義母の目に留まったのなら、礼哉にも危害がおよびかねない。浮かれてしまっていた自分を、ことりは後悔していた。
――車のスピードが落ちる。
ことりが外を見ると、見覚えも目印もない山のただ中だった。
雑草が生え、区切り線もない、ただ開けているだけの駐車スペース。車はゆっくりと、その一画に停まった。
男たちに促され、ことりが車を降りる。
鳥たちのざわめきが聞こえた。あちこちの梢から、いっせいに鳥が羽ばたいていく。
「ようこそ、ことり。こんな場所に呼び出してすまないね」
聞き覚えのある声に、振り返る。
先に停まっていた別の車から、四故槍少年が降りてきた。
ことりは彼を見つめる。刺激しないように。けれどじゅうぶんな軽蔑と敵意を込めて。
「どういうおつもりですか。四故槍君」
「おや。君のお義母様から聞いていると思ったが」
四故槍少年は笑っている。いつぞや用務員室に殴り込んできたときとは違う、余裕のある態度。口調も、教室での傍若無人な振る舞いとは異なって、紳士な風を装っている。
ことりは自分の鞄を片手で胸に抱えた。もう片方の手は、そっとスカートのポケットに添える。
西園寺家の完璧令嬢が、警戒しつつも言いなりになっている様子に、四故槍少年はひどく気を良くしていた。
男たちが懐からライトを取り出し、点灯する。
「ここで立ち話もアレだ。もっと寛げる場所を用意したから、そこまで移動しよう。足下に気をつけるといい」
そう言いつつ、四故槍少年は護衛と共に山道に入った。前後を屈強な男たちに挟まれながら、ことりも後に続く。
日が暮れ、山の中は暗い。にもかかわらずひっきりなしに鳥が飛び立ち、あるいは鳴いている。
「気味が悪い場所だ、まったく」
四故槍少年が地を出した。
「おい! まだ着かないのか!?」
「もうしばらくかかります」
「ちっ。いくら誰にも見つからない場所だとしても、車も通れないボロ家を用意しやがって。あのババア」
ことりは後ろで、四故槍少年の愚痴をしっかりと聞いていた。
つまり今回の出来事は、ことりの義母が裏で手を引き、お膳立てしたものだとあらためて悟る。
「あーもう、クソだりぃ。休憩だ休憩!」
「しかし」
「どうせ時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりやるぞゆっくり」
四故槍少年の息が上がっていることがわかる。ことりはわずかに額に汗をかいた程度だった。彼女は無言を貫き、余計な体力を使わないように呼吸を整えている。
ライトに照らされ、にやついた四故槍少年の顔が浮かび上がった。
「なあ、ことり。お前、どうしてあの写真を俺が持ってたのか、興味はないか?」
「……」
「週末に南の島の別荘とは、さすが西園寺家は違うねえ。入島ルートが限られているから、すっかり安心してただろ。甘い甘い」
護衛が小さな声で四故槍少年を制止する。だが彼は耳を傾けない。
「実は、お前んところに出入りする業者にスパイを紛れ込ませていたんだよ。まあナイスなタイミングで現れてくれたもんだ、お前らは。人目も
四故槍少年が近づく。彼の笑みに、陰湿な圧が加わっていた。
「その中でも最高の一枚が、お前に見せたアレさ。で、ここで問題だ。あの写真、もし学校にチクればどうなると思う? ことりはいいだろうさ。なんたって人気者だ。きっと周りは『騙されたんだ、可哀想』になってくれるぜ。俺も
「やめてください」
初めてことりが反抗した。
四故槍少年は心底愉しそうな顔をしている。
「当然、大人の方。しかも学校の職員と来た。まあ、タダじゃあ済まねえだろうなあ」
「礼哉さんを巻き込まないでください」
「礼哉さん……ねえ」
ふい、と視線を外す四故槍少年。
次の瞬間、彼の右手がことりの胸ぐらをつかんだ。
互いの額が強くぶつかる。
「二度とその名前を口に出せないようにしてやる。そのための『楽園』がこの先にあるんだぜ」
「あなたは最低です……!」
「その最低男のモノになるんだよ、西園寺ことり! 覚悟しろ、お前は俺のモンだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます