第17話 散策、その先にあった建物
西園寺さんに連れられて、小道を歩く。
「礼哉さん。はい、どうぞ」
「なに?」
「手、繋ぎましょう」
振り返った西園寺さんが笑顔で差し出す手を、俺は苦笑して見つめる。
「山道でのお返しかい?」
「そのとおりです!」
「ま、そういうことなら」
俺は彼女の手を握った。西園寺さんの笑みが深まる。まるで父親の手つなぎをせがんだ子どものようだ。……そう思った方が精神衛生に良さそうである。
俺が案内した山道と比べ、個人所有の島はとてもよく整備されていた。舗装はお洒落で、道の脇には小さな水の流れがあり、芝生は美しく、木々はよく
のんびり散歩するにはうってつけのコースだろう。
彼女はこの島に、よく父親や親しい身内の人たちと遊びに来ていたようだ。
頼もしい味方がいる一方、名家の常か、気の抜けない相手も多い実家での暮らし。その最たる存在が義母であったという。
政略結婚、というものが現代にも存在したのが驚きだった。正確にはもっと複雑な事情が絡まっているのだろうが、庶民かつ一般人の俺には想像も理解もできない。
とにかく、諸々の事情により義母はいまだ義母のまま。西園寺家の一員であることに変わりはなく、ただ、住んでいる場所は別々なのだと彼女は話してくれた。
「ごめんなさい、礼哉さん。せっかくのおうちデートなのに、こんな話をして」
「コレを『おうちデート』と言っちゃう方が衝撃だよ、俺にとっては」
「ですが……いずれは礼哉さんのモノになるところですし」
「余計に沼です」
「お父様もご了承済みですよ?」
「君たちに
圧倒的突破力で蹂躙するのみだもんね。ほったて小屋砦の俺が防げるわけねぇです。
まあ、それはともかく。
義母の話を始めた西園寺さんに、俺は一瞬不安を覚えたが、どうやら杞憂だったようだ。こんな風に第三者的に語れるってことは、ある程度気持ちに整理が付いた証拠だろう。
その、なんだ……『おうちデート』が功を奏したのなら、良かった。
西園寺さんのお義母さん、油断ならない人なんだな。そんな人物が四故槍少年のバックについているとなると、これからの学校生活、大変になると簡単に予想できる。
担任じゃないけど、西園寺さんのお父さんと一度、ちゃんと話し合った方がいいかもしれない。一対一じゃなに言われるかわからないから、岸島も連れて。
――ゆっくり二〇分ほど歩いただろうか。
南の島特有の日差しと気温に、少し汗ばんできた頃、視界が開けた。
遮るもののないパノラマに、青い空と大小の雲、雄大な水平線が浮かび上がる。風が吹き抜ける。
どうやら島の端っこに到達したようだ。他より標高が高いせいか、視線もだいぶ高い。
そういえば西園寺さん、『泳げるところ』と言っていた。
だが見たところ、海岸らしきものは見当たらない。崖の上という感じだ。
まさか、ここから下におりていくつもりだろうか。崖下のプライベートビーチ……西園寺家なら十分あり得そうだが……。
「礼哉さん。あまりそちらに行かれると危ないですよ。崖ですから」
「え?」
「ご案内したいのは別の場所です。あちらですよ」
そう言って彼女が示した先には、周囲の風景の溶け込むように建てられた平屋の建物。ここからだとどんな施設かわからない。
再び彼女に手を引かれながら、その謎の施設へ向かう。
木造の建物の入り口に、メイドさんがふたり立っていた。いや、マジでいるんですねメイドさん。
西園寺さんの姿を見つけると、彼女らはゆっくりと腰を折って礼をした。
「お待ちしておりました、ことりお嬢様」
「お世話になります、皆さん」
西園寺さんも親しげに応じる。
彼女は俺を振り返った。
「それでは礼哉さん、また後でお会いしましょう」
「ん? 後で? 西園寺さん、ここはいったい」
「ふふ」
軽く微笑むお嬢様。楽しそうに、けどどこか恥ずかしそうな笑みがすごく気になった。
メイドさんのひとりに促され、西園寺さんが建物の奥へ消えていく。
残ったひとりが俺に声をかけた。
「中里様。どうぞこちらへ」
「はあ……すみません。ここはいったい、どういう施設なのですか」
「ことりお嬢様がおっしゃっていたとおりでございます」
深々と礼をしたまま、如才なく答えるメイドさん。
あくまで西園寺さんを持ち上げるつもりだ。このあたりはさすがというべきか。
メイドさんの先導に従い、俺も建物の中へ。入ってすぐ、西園寺さんとは反対側の通路を進んだ。
この時点で、想像がついた。
「こちらへ。お着替えは準備しております。お済みになりましたら、奥のガラス扉からご入場ください」
「はあ、はい」
南国風の
やはりというべきか、銭湯のような脱衣所が広がっていた。市井のソレと違うのは、ロッカーの少なさと圧倒的な設備量からくる高級感。
中央の籐椅子に、丁寧に畳まれ袋詰めにされた着替えが安置されていた。
水着である。
「やっぱりプール、か。確かに西園寺さん、泳げるところって言ってたもんな」
辺りを気にしながら、服を脱ぐ。
でかい鏡に自分の裸体が映った。
……いちおう、情けない筋肉量ではない、はず。
用務員として日頃から重たい荷物を運ぶことも多い。そりゃあアスリートと比べたら腹筋割れとかムキムキとかまでいかないけれど、それなりに鍛えた身体には見えるはずだ。
……うん。女子高生相手になにを気取っているんだ。俺は。
そそくさと水着に着替える。当たり前のようにぴったりだった。いつサイズ計った。
しかも、身体にぴっちりフィットするハーフスパッツタイプ。慣れないから着替えに時間がかかってしまった。
黒地に青ラインが鋭く入った、やたら格好良いデザインの水着に少々居心地の悪さを感じながら、奥の入場口に向かう。
ガラスの扉を開けた俺は、景色に圧倒された。
「すげぇ……」
開口一番、つぶやく。
「空と繋がってる!」
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