第16話 別荘島、楽しいひととき


 タラップを軽やかに下りる西園寺さん。俺は肩をすくめて続いた。

 ほとんど手ぶらで飛行機から降りるのも、何だか妙な気分だ。


 ――空港に向かう道中、旅行の準備はほとんどしてないんだけど、と不安を口にすると、西園寺さんは頼もしく一言、


「大丈夫です」


 と答えてくれた。


 どうやら、俺の身の回りのものはすでに別荘にて揃える手配をしているらしい。アメニティはもちろん、服から下着まで全部。

 それはそれでどうなのさ。


 地面に降り立つ。やはり空気と陽光の強さが違う。四月上旬だというのに、半袖で問題ないほどの陽気だ。


「礼哉さん」


 西園寺さんに呼ばれ振り返ると、彼女はサングラスを俺に差し出してきた。


「日差しが気になるのであれば、こちらをお使いください」

「また洒落たデザインだね。俺みたいな田舎モンに似合うものかねえ」


 苦笑しながらも、厚意はありがたく受ける。

 サングラスなんて初めて身につける。へえ、こういう視界になるのか。


「どうかな、西園寺さん」

「……」

「西園寺さん?」

「……」

「ぅおーい?」


 完全に動きを止めてしまった彼女。サングラスを上にズラすと、西園寺さんは止めていた息を大きく吐いた。


「礼哉さん。刺激が強すぎます……」

「え? ああ、悪い。じゃあこれは返――」

「ぜひ定期的な装着をお願いします」

「どっちなのさ」


 俺がむつかしい顔をするのが面白かったのか、西園寺さんは軽やかに笑った。


 発着場から出て、別荘への道を進む。歩きやすく、綺麗な見た目の歩道だ。確かこれ、ブロック舗装って言うんだっけ。公園や遊園地だけのものだと思ってた。

 こんな離島での工事は大変だろうに――と思っていると、視界の端に作業用らしき車が数台停まっているのを見た。作業員の人が近くでくつろいでいる。

 西園寺さんが言った。


「月に一度、島の環境整備や建物保全にあたってくださる方々ですね」

「へぇ。……ってことは、この島には港もあるのかい?」


 さすがに車を飛行機で運ぶわけにはいかないだろう。西園寺さんは事もなげにうなずいた。


「そうだ。クルーズ船で島の周りを巡るのもいいですね。船の準備は――」

「いやいやいや、遠慮しとくよ。船酔いが怖い」

「そうですか……船酔いした礼哉さんの介抱、とても心惹かれるのに」

「体調不良前提のおもてなしってのはどうなの?」

「ふふ。冗談です」


 西園寺さんが再び歩き出す。

 俺はその後ろをついて歩きながら、作業員の人たちの視線を感じていた。ま、名家のお嬢様がどこのウマの骨ともしれない男を連れてきたのだから、気になるのは当然である。


 俺が会釈すると、作業員の人たちも笑顔で会釈を返してくれた。中には不機嫌そうな顔で睨む人もいたが、まあ仕方ないと思う。


 道すがら、「まずは昼食にしましょう」と西園寺さんが言う。

 この先の豪邸を見て、俺は緊張した。どうしよう。フランス料理のフルコースなんて出てきたら。マナーなんてさっぱりだぞ田舎モンだし! そうでなくても、建物に入った途端メイドさんや執事さんがズラリと並んでいたら――。


「こちらですよ」

「……ん?」


 西園寺さんの足先は豪邸へと向かわず、向かいの広場へ。

 その先には立派なコテージが建てられていた。


「昼食はこちらで、バーベキューにしようかと思っているんです。いかがですか?」

「あ、ああ。いいね。むしろ助かるよ、こういう方が」

「よかった。リラックスしてくださる方が私も嬉しい。ここの別荘は離島なので、常に料理人の方が常駐しているわけではありませんから――」


 西園寺さんが手を胸の前でこする。


「せっかくなら礼哉さんと一緒に料理をしたいと思って」

「わかった。一緒に頑張ろう」

「はい!」


 ――それから俺たちは、同行していた護衛さんたちと協力しながらバーベキューをした。せっかくなので作業員さんたちも誘う。

 いつ以来だろう。こうして大人数で火を囲んで、飲み食いするなんて。


「西園寺さん、それ良い感じに焼けたよ。……あ、こっちどうぞ。次焼きますから」

「礼哉さん、こちらをどうぞ!」

「むぐっ!? ……あ、ああ。ありがとう。さすが、焼き方も上手いね。西園寺さん」

「えへへ」


 こうやって、誰かを世話して、誰かに世話されて。いいもんだな、この空気。


 久しぶりの賑やかさを満喫していると、ふと、視線を感じた。

 俺たちから少し離れた場所に、例の作業員さんがひとり、紙皿を手にもそもそと野菜を食べていた。横目でこちらを見ている。

 俺は声をかけた。


「まだたくさんありますよ。どうぞ」


 トングで肉をつかみ、誘う。

 だが作業員さんは一瞥しただけで、踵を返してしまった。

 目を瞬かせる俺に、別の作業員さんがすまなそうに声をかけてくる。


「すみません旦那。あいつ新入りで、どうも愛想がないっていうか。後でキツく言っときますんで」

「はは。愛想がないのは俺も同じですって。気にしてないですよ」

「そんな、なにをおっしゃる。ですが、さすが未来の若旦那は度量が違いますなあ」

「ははは。若旦那じゃないっす。そこはわりと気にするところなんで、よろしく」

「え? そうなんですかい?」


 そんな、心から意外って顔をしないでくれ……。


 まあそんなこんなで、バーベキューには大満足だった。食材も道具も一級品だったためか、お店で食べるよりも美味かった。


 片付けが一通り終わると、再び西園寺さんが声をかけてきた。


「礼哉さん。食後の運動がてら、少し歩きませんか? ぜひ、礼哉さんに楽しんでいただきたいスポットがあるんです」

「へえ。どんなところ?」

「それはもちろん」


 人差し指を顎先にあて、名家のご令嬢はいたずらっぽく微笑んだ。


「泳げるところ、ですわ」

 

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