第15話 ことり、斜め上のおもてなし
週末がやってきた。
西園寺さんはあの後、『こちらからお迎えにあがります。礼哉さんはご自宅でお待ちになっていてください』と言っていた。
それだけ。
どこで何をするかは教えてくれなかった。
とりあえず、お出かけでも問題ない格好でリビングの椅子に座る。天井を見上げながら、ため息をつく。
「西園寺さんの自宅で食事会……とか、そんなところかな?」
それはそれで緊張するが……。
実のところ、ひとつの懸念が拭えない。
まさかあの子、この機会に押しかけるつもりじゃあるまいな?
高台でお誘いを受けたとき。西園寺さんの気合いの入りようは尋常じゃなかった。
もはや覚悟と言ってもいい。
難攻不落の敵拠点を、あらゆる手段で命を賭けて落とす。そんな気迫。
「……いや、まさかな。あの子に限ってそんなことは」
ウダウダ考えるのが女性経験皆無丸出しで、実に情けない。ルリも呆れているだろう。
とりあえず、なるようになれだ。
あまり肩肘張らず、大らかに構えよう。
もし『とんでもない方の予想』が当たった場合は――うん、死ぬ気で抵抗しよう。ある意味、生命がかかっている。
まったく、超格好悪い。
――ドアホンが鳴った。
深呼吸をひとつ。気持ちを切り替え、玄関へ向かう。
「おはようございます、礼哉さん!」
扉を開けると、元気
よく見ると、微妙に刺繍が異なっていることに気づいた。
「礼哉さん?」
「ああ、いや。おはよう、西園寺さん。今日はまた別のワンピースなんだね。似合ってるよ。白が好きなのかな」
「……! 気づいてくださったのですか!?」
「え? うん、まあね。裾の刺繍が少し違ってたから。凝ってるなあって」
「ふふふ」
西園寺さんがとても嬉しそうに笑う。俺は目を瞬かせた。
彼女が俺の手を取り、「さ、参りましょう」と促す。道路にはいつもの高級車が停めてあって、馴染みの運転手さんたちが深々と頭を下げていた。
俺は少しほっとする。よかった。一日押しかけ妻なんて真似をするつもりはなさそうだ。
軽く尋ねる。
「それで、今日はどこに連れていってくれるのかな?」
「はい。まずは空港に向かいますね」
「…………ほ?」
「西園寺家所有のジェットがあるので、そちらで太平洋の別荘までご案内します」
「…………んん?」
「ご安心ください。西園寺家所有の無人島ですので、観光客はいません。あ、もちろん日本領内なのでパスポートも不要です」
「…………ま?」
「礼哉さん。今日と明日の短い時間ですが、この西園寺ことり、全身全霊であなたをおもてなしする所存です。どうかよろしくお願いいたしますね!」
とんでもない方の予想がさらにとんでもなく斜め上に発展していたと悟り、俺は気が遠くなった。しかも一泊二日とか。
西園寺さん。ここ数日で一番のまぶしい笑顔を浮かべています。
運転手さんと護衛さんの期待と興奮に満ちた視線が刺さります。
天を仰ぐ。
「……お手柔らかに、ね……」
「はい! お任せ下さい!」
こうして、俺は西園寺さんによる過剰なお礼の旅へと出ることになった。
◇◆◇
よくよく思い返せば、俺は生まれ育った街を出た記憶がない。
毎日ルリへのお祈りをしていたから、上京する余裕がなかったのだ。
それがまさか、いきなり自家用飛行機に乗って大海原へ出るとは。
先に無理言って、ルリに一言挨拶しておいて良かった。
「……飛行機って結構怖いんだな」
「申し訳ありません。これからは安定感のある機体の開発に努めます」
「うん、さっき言ったことは忘れてくれ。うん」
西園寺さん、慰めの方向性がズレている。
それだけ浮かれている証拠なのだろうか。
いつもの護衛さんたちも飛行機に搭乗していた。彼らは口を揃えて、「こんな楽しそうなお嬢様は初めて見ました」と言っていた。また泣いている。
快晴の空を優雅に飛び、昼前には目的地の島が見えてきた。
発着場に近づく。上空から見下ろしても、島とその周辺の美しさ、そして建物の豪華さがわかった。
飛行機が柔らかにランディングする。
「到着しました。お疲れ様です、礼哉さん」
「おお……それにしても、すごいね。俺、個人所有の島と別荘なんて、初めて見たよ」
「全身全霊をかけておもてなしするには最適の場所と思いましたので」
にっこり。
俺は表面上、にこやかに笑い返したが、内心では滝汗をかいていた。
個人所有の別荘島といえば聞こえは良いが、言葉を変えれば脱出不可能な孤島である。
……大丈夫か、俺。
先導して飛行機のタラップへ向かう西園寺さん。その足がぴたりと止まった。
「ごめんなさい、礼哉さん」
「ん?」
「本当ならお買い物に出かけたり、自宅へお招きしたり……礼哉さんの負担にならないようなプランにすべきだと思います。ただ、礼哉さんは翠峰高等学校の職員さん、そして私はそこの生徒……不本意ながら、学校でこれだけ注目を浴びてしまっている状況で、街の中ではむしろ礼哉さんのご迷惑になると考えました」
まあ、なるほどね。
俺も同じ不安を感じたから、里山登山なんて地味な気晴らししか提案できなかった。
特に、あの四故槍少年。彼に見つかったらどんな騒動になるかわからない。
「でも」
西園寺さんが振り返る。
「ここなら、周りの目を気にせず礼哉さんに尽くすことができます」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに言ってくれる。
俺は肩の力を抜いた。
西園寺さんも考えてくれているのだ。俺が不安に思うようなことはないだろう。
あらためて、伝えた。
「お招きありがとう。今日はよろしくね。西園寺さん」
「はい! 西園寺ことりからの恩返し、存分にお楽しみくださいね!」
「……ちなみに、節度は守ってね」
笑顔のまま、そこだけ沈黙する西園寺さん。
おーい。
「さあ、参りましょう!」
ぅおーい!
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