第18話 プールサイド、まばゆく輝く白


 プライベートビーチならぬ、プライベートプール。

 真っ白に整備されたプールサイドが、陽光を受けてさらに輝いている。


 きっとプールの広さ自体は、学校のそれと大して変わらないのだろう。

 だが、独特の作りが遠近感というか、見た目の大きさを錯覚させていた。

 プールの端っこが透明なガラスで仕切られている。水面の高さが水平線とほぼ重なって、まるでそのまま海の向こうまで泳げてしまいそうな感覚になるのだ。


「すげぇ。さすが西園寺家」


 思わずつぶやく。

 すると、小さな声で「ありがとうございます」と返事があった。


 裸足でプールサイドを歩く音。

 この場所にいるのは俺ともうひとりしかいないはず。


「お気に召して頂けましたか。礼哉さん」

「ああ、想像以上で驚いたよ。西園寺さ――」


 振り返った俺は、見事に固まってしまった。

 思考も一瞬、処理不能となる。


 数秒か。あるいはもっとか。

 ようやく頭が回ってきて、改めて、『彼女』の姿を意識する。


 まず、白いつば広帽子。プール用なのか、編み込みが多用された別バージョンだ。

 とても似合っている。似合っているし、直視できる。これはいい。


 だが、それ以外がいかん。というか水着がヤバい。

 まあそうだろうなと思っていたが、予想よりも数倍ヤバかった。


 上下白のセパレートビキニ。たぶんだけど、本人の意志を反映してか生地は多めだと思う。

 女性のカップ数なんて無知もいいところだが、「制服姿すら着痩せ状態だったのか」と驚愕するほどの迫力だった。花嫁のヴェールのように、トップスの端から薄く透き通った布が爽やかに踊っている。


 ボトムス、というのだろうか。下の水着には装飾用の紐や小さなリボンがあしらわれていた。

 ……なんでわざわざ、西園寺ことりの肌に触れる部分に紐を使ったのか。この水着をデザインした人、絶対に西園寺さんの肌艶の良さと柔らかさに絶対の自信と確信を持っている。


 総じてシンプルなのに、細かな細かなところに無数の趣向が凝らされていて、西園寺ことり専用装備の趣があった。


 ヤバいほど可愛く、目が惹き付けられる。

 そしてそれを事細かく見入る俺もたいがいでヤバい。

 自覚はあるが、視線を逸らせない。


 これで西園寺さんが、俺の視線から逃れるような仕草をすれば、俺も彼女の魔力から逃れられたかもしれない。

 だけど、何秒経っても彼女は自分の身体を隠そうとしない。

 ずっと、堂々と俺みたいな男に対して姿をさらしている。


 ――というか。

 西園寺さん、さっきからずっと目を丸くしたまま固まっている。


 彼女の視線は、ずっと俺の方へ――あれ? 視線が合わない。

 もしかして西園寺さんは西園寺さんで、俺の身体を凝視している……? いや、そんなまさか。


「西園寺さん?」

「……んはっ!?」


 西園寺家のご令嬢らしからぬ声を聞いてしまった。呼吸まで止めていたのか、危ない。


 彼女は深呼吸して、それからキョロキョロと左右を見た。もちろん誰もいない。趣のある建物と綺麗なプール、雄大な自然があるだけ。

 西園寺さんは帽子のつばを握りしめた。なにやら決意の表情で、俺を見る。


「礼哉さんっ!」

「は、はい?」

「とても良いカラダですねっ!!」

「ありがとう!!」


 全力で返事をした。じゃないと雰囲気と羞恥でお互い憤死しそう。


 あとでメイドさんたちに伝えておいた方がいいかもしれない。おたくのお嬢様、もう少し言葉のチョイスに慎重になった方がよろしいですよと。


 目を輝かせ、ちょっと鼻息も荒い西園寺さんを見て、俺は肩の力を抜いた。自然と頬が緩んできた。

 声に出して笑い始めた俺に、西園寺さんはきょとんしてから、俺に続いて笑い始めた。

 ようやく、俺は口にする。


「西園寺さんも似合ってるよ。すごく可愛いと思う」

「……」

「また機能停止は勘弁してね」


 苦笑しながら言うと、彼女は真っ赤になって帽子をいじり始めた。

 かわいい。


「中里様」


 心臓が飛び出るかと思った。


 いつの間にか俺の背後に、案内役のメイドさんが立っていた。完全に気配を消していた。マジで声をかけられるまで背後に立たれたのに気づかなかったよ。

 メイドさんは、飲み物が乗ったトレイを持っていた。サービスのつもりなのだろう。

 見れば、もう一人のメイドさんもやってきて、西園寺さんに同じように飲み物を差し出している。


 西園寺さん、すごい勢いでオレンジジュースを飲んでる。ちゃんとストローを使うあたりはさすがである。かわいい。


 内心でホッと息を吐いた俺に、メイドさんは小さく声をかけた。俺にだけ聞こえるような小声。


「卓越した壮挙でございました」

「……はい?」

「有り体に言えば、グッジョブです」


 空いた手でサムズアップされた。


 皆、西園寺さんのことが大好きなんだねと思った。親しみがあるのは大変よろしいことです。

 西園寺家のイメージが大幅に変わりそう……。


 いつの間にリサーチしたのか、運ばれた飲み物はどれも俺の好きな物ばかりだった。麦茶にレモネードにジンジャエール。わかってないと揃えられないラインナップである。


 ――喉を潤して落ち着いた俺たちは、プールサイドに腰掛けて他愛のない雑談をした。

 プールに足を浸していると、日差しに火照った身体に心地よい。


 何度か西園寺さんが俺の腹筋を触ろうとしてきたので、好きにさせた。平常心を保つのにすごく苦労した。「お返しに私のことも――」とか言い出したので全力で止める。


 ちらりとメイドさんを振り返ると、「うんうん」と感慨深そうにうなずいていたので、彼女らも運転手さんたちと同類かと思った。


 天空のプールは、本当に気持ちよかった。

 そんな小学生みたいな感想しか浮かばないほど、西園寺さんとのひとときは俺にとって心地よいものだったのだ。

 

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