令和5年関東&沼津聖地巡礼旅

沼津へ行く構想は2019年に始まったが、武漢肺炎の感染拡大により、一時お流れとなった。大怨ある父上H氏がその兄である大恩あるH0氏に令和4年以降の出発を取り付け、3月13日にH兄弟でゴルフの試合をするので抱き合わせで翌日に沼津へ行かないか、とH氏経由でH0氏から誘われたのは2月17日。会津から帰るバスの車内だった。


H氏から『ここで断ったら次は無いぞ』と、突き刺されたのが癪に障ったが、『これからで一番マシな時期』ということで、列車や旅館を取る等、出発する方向で事を進める。


3月12日当日は4時50分に目覚めた。アイプラ、モバマス、ガルフレ仮、シャニマス、サイスタに手を付け、起きてデレステ、ミリシタに手を付ける。ミリシタのデイリーミッションは『ドキドキシーソー』だった。この日はモバマスが配信を止めるまで20日を切っている。

9時過ぎにPixAI.artで園田海未嬢のイラストを生成する。この日の昼食は胃の都合でおにぎり1つになってしまった。うちの庭にはヒヨドリが来る。

11時38分にH氏の運転で出発。亀貝インターから新潟西の料金所を介して北陸道に乗る。長岡ジャンクションで関越道に乗り換え、浦佐へ向かう中で残雪を見る。

ほくほく線の高架を潜り、WILLERバスを抜いて塩沢石打インターを通過し、ガーラ湯沢を掠める。途中複数台のバスを見たわけだが、赤城高原のサービスエリアで渋滞に泣かされながら休んだときに学生の一団であることが判った。学習合宿でもしたのだろうか。

駐車している車が多く、急いで出ねばと出たが、高崎より南で渋滞に捕まる。運のないことに日曜日で行楽需要が高く、おまけにゆずり車線が追越車線になっている有様である。運転もがらが悪くなって非常に運転しにくい。鶴ヶ島のインターで降りたのは15時29分で、高崎以南で時間を食わされた。助手席から見た新幹線が恨めしい。笠幡にあるH0氏の旧宅に着いたのは15時54分で、1時間ほど待つことになる。H0氏が来ないとアパートの鍵を開けさせてもらえないのである。H0氏が上がれというので少しだけ上がり、カレーパンは胃の都合で断った。なんとご飯を炊いてくれているという。

H0氏の車を見て思うことだが、『俺のみりあがベンツ以下だというのか!』という重課金者の迷言がデレマスの世界で話題になった。しかし哀しいかな、赤城みりあ嬢でもベンツには抗えない。みりあ嬢に限らず、仮担当であるアイドルのうち、女性である4人の誰であってもベンツを買うほどの額を10連ガシャに注ぎ込む気にはならない。ベンツだって運転次第で踊り、持ち物次第では歌声や調べを聴ける。自腹で新車のベンツを買って維持費を払い続ければドヤ顔もできる。


昼に出で 関越道を 駆けにける 渋滞長く スクショ動画流す


H氏がH0氏から鍵を受け取った後、ふじみ野市上福岡のアパートへ向かう。その手前で東武東上線の踏切に捕まり、カーナビの都合で裏手まで迂回させられてバス停を探し、漸く入ることができた。入室後、この日の夕食と翌日の朝食を買う。ここでも迷い、大分時間を使った。実際のビルを見れば東武ストアとドラッグショップが同じ建物内にあり、フロア違いだった。この日の夕食は自宅で仕立てた手弁当のおにぎりと母上H女史から仕込まれたネギ入り卵焼きである。この日のお風呂は登別の入浴剤、WBCはオーストラリア戦だった。21時を過ぎて寝る。


翌13日。デレマスの堀裕子嬢が誕生日を迎えた日。この日からマスクの着用が義務ではなくなる。4時50分に目覚め、6時を過ぎて朝食を摂る。この日の品は鮭の焼き漬けと手弁当の残りである。昨日のWBCは日本がオーストラリアを破り、本選トーナメント進出を決めたという。

ゴルフ場でチャリティ試合をするH氏兄弟の都合で急かされ気味に出発し、貴重品入れを忘れる。これは後に不幸中の幸いとなった。

上福岡の駅へ出て1万円をSuicaにチャージ。これがこの日における全財産となる。7時47分発の川越市行き準急に乗り、2駅先の川越で168円を引かれて乗り換え、JR駅へ至る。川越の西と東では走る車両が異なり、西側はオレンジ色と若草色の帯を引いた4両編成だが、東側は埼京線を走る車両で、青系統の帯はりんかい線の電車である。先に来た通勤快速がそれで、混雑するのでやり過ごして8時28分発の通勤快速新宿行きに乗る。その列車はJR側の車両で緑帯を引いている。


車庫のある南古谷、指扇、日進と停車して大宮駅20番線に着いたのは8時43分、ホームは地下の20番線である。このまま乗っていれば乗り換えることなく虹ヶ咲学園の13人を訪ねられるが、感染リスクと心身の都合で地上の5番線に出て大崎までのグリーン券780円をSuicaで買う。この手続きを怠ると高い車内料金を払わされるし、週末なら若干安い。乗った列車は8時57分発の湘南新宿ライン快速国府津行きである。この列車は後方の5両を平塚で切り離すばかりか通勤時間帯の端を走り、この日は恵比寿で救護人が出て遅れ気味である。浦和、赤羽、池袋、と停車し、池袋で埼京線列車を先に行かせる。発音が面倒なので関西寄りに呼称を『湘南快速』としてもらいたいものである。

新宿を出た後、原宿を通過したときに『ウマ娘』ラッピングの山手線電車と並走し、お隣さんは恵比寿で降りた。大崎に着いたのは9時46分で5分延着している。

乗り換えたりんかい線電車はJR側の車両で5分延着している。9時51分に出た後、大井町で間隔調整により1分遅れを増し、品川シーサイド、天王洲アイルと停車し、国際展示場駅に着いたのは6分延着した10時6分。ここで『虹ヶ咲学園前』の駅名標を探す。大崎行きが来る1番線の中ほどにそれがあり、地上へ出ればレジェンド漫画家、手塚治虫先生の描かれたキャラのレリーフと『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の13人から迎えられる。1千325円を払って下車し、東京ビッグサイトを撮ったが歩いている間に雨が降ってくる。


グリーン車に Suicaで乗りて 有明へ 『手塚先生』 レリーフ嬉し


国際展示場を撮った後、コラボイベントをしている有明ガーデンへ向かい、苦戦の末に『ホテルヴィラフォンテーヌ有明』へ至る。ここで目を丸くしたのはビュッフェに3千5百円掛かることと、コラボ商品はビュッフェと抱き合わせでないと売ってくれないことである。ソシャゲをプレイして11時半まで待ったわけだが、団体さんが来たことと、所持金が少ないことで引き揚げ、スパすらも断念した。


虹ヶ咲 ダイヤは乱れ 混む列車 『侑よ』『かすみよ』 哀しく辞せり


有明駅12時丁度のゆりかもめに乗り、蛇行気味に台場駅まで揺られる。『ゆりかもめ』は自動運転をしているAGTで、『スクスタ』ではこの車両がよく描写されている。251円を引かれて下車し、傘を買うべくローソンへ立ち寄ったが、Pontaカードを取ろうとして貴重品入れが無いことを知る。ここからは残りのお金でふじみ野市まで戻る退却戦だった。雨とフジテレビが恨めしい。ダイバーシティに入るとイオンに居るような感覚になるが、今回はユニコーンガンダムを撮った。等身大モデル側の玄関ではデストロイモードで消毒液を持って訪問者を待っている。帰着後、写真を見てみるとアニガサキ1話で優木せつ菜嬢が泣きながら公演したステージもガンダムの向こうに写されている。ダイバーシティ自体も『ミリシタ』のロケ地だった。


ユニコーン 台場に立ちし ガンダムと 虹ヶ咲追ふ ゆりかもめの旅


385円を払って次に下車したのは竹芝である。駅を出て直ぐのところにある階段を下りれば客船ターミナルだった。ここは『ラブライブ!スーパースター!!』で澁谷かのん嬢と唐可可嬢、平安名すみれ嬢が神津島行きの3代目『さるびあ丸』に乗った所である。見た感じは万代島や両津の佐渡汽船ターミナルより広々と床面積を取っており、店舗も比較的充実している。次に出るのは13時半発の伊豆大島行きジェットフォイルで、『虹ヶ咲学園』における朝香果林嬢の故郷、八丈島へ行く貨客船は御蔵島寄港が未定だという。しかも、サニーパッションと『天気の子』の森嶋帆高君の故郷、神津島行きの貨客船も就航見込みだった。


Liella!追ひ ゆりかもめ降り 竹芝へ さるびあ丸は 洋上に在り


189円を払って新橋で山手線に乗り換える。防音壁の鉄道車両が心憎い演出であるものの、京浜東北線の快速が通過するので世代の変わった山手線電車で秋葉原まで出向く。157円を払って改札を出るとすぐにアトレ秋葉原で『リコリス・リコイル』の2人、則ち錦木千束嬢と井ノ上たきな嬢から出迎えを受ける。このタイアップも翌日14日で終焉で、次のタイアップは『ソードアート・オンライン』だった。時間も、金銭面も、精神的にも余裕がなく、UDXビルを撮り、『アイドルマスター』公式ショップを訪ねた後、『肉の万世』を恨めし気に見上げて万世橋を渡り、ドーミーインの所で右折したが、そこは行き過ぎで中央線に近付いて『竹むら』を目指す。子供の頃に訪ねた交通博物館はとうの昔に引っ越しており、今は名残すら無い。


μ’s追ひ リコリコ訪ね アイマスと 竹むら見るは 年月の差なり


ビルの間を縫って着いた物件は東京大空襲で焼失を免れただけに年季を感じる。向かいの『いせ源』も池波正太郎先生が見逃さなかったと思うので、SID高坂穂乃果編を参考にされたし。『竹むら』は『穂むら』のモデルなのである。同じことを考えている方が他にもおり、『写真を撮ってくれ』と、いうことで先方のスマホを使わせてもらったが、そのスマホにおける画面の言語はハングルで書かれていた。時間がないので急ぎ秋葉原駅へ戻る。今回はただ秋葉原を訪ねるのではなく、歴代『ラブライブ!』のロケ地を訪ねることを狙いとしている。これは感染症対策や裏社会対策として幸いする。

総武線ホーム5番線の『NewDays』でおにぎりを買い、それを昼食にする。帰着後に驚いたが、これも幸いしたという。1駅先の御茶ノ水で降り、Googleマップを頼りに神田明神まで歩く。記憶がだいぶ薄れているのである。

神田明神は『ラブライブ!』ブランドの繋がりが濃く、他のコンテンツともタイアップしていたが、心無い者による幟等の盗難も後を絶たない。この日も去る日に『ごちうさ』のチノ嬢がプリントされた幟が盗難に遭い、他の幟も撤去された後である。

神田明神自体は奈良時代に創建され、μ’sの9人が走り込んだ男坂も江戸時代以前からあった。しかし、『男坂』の名称は明治になって付けられた。歩いて上がるだけでも脚に堪えるので走って登る坂ではない。返す刀で湯島聖堂へ出向く。


音ノ木の 走り込みたる 男坂 登りて辛く 明神遠し


湯島聖堂は孔子様が祀られているだけあって、儒家の学校だったこともあり、中国大陸風の造りである。この日、本堂が閉鎖されており、孔子様を見ることは叶わなかった。

中央線快速で東京駅まで戻り、一旦改札を出てから7番線で大宮までのSuicaグリーン券780円を買って上野東京ライン高崎行きを待つ。この列車は東京駅を出ると上野と尾久に停車し、さいたま新都心にも停車する。上野東京ラインの上野東京ラインたる所以の区間は記録を取っている間に通過してしまった。新幹線に気を使った分、傾斜が急なのである。

Suicaでグリーン券を買った際はカードのアイコンにSuicaを翳すとランプが赤から緑に変わり、『使用中』の表示になる。これを怠ると大変なことになり、紙の切符の場合はアテンダントさんに作業をしてもらう。大宮には15時53分、地上の8番線に着いた。


2等車で アキバを過ぎて 手を振りぬ 『千束よ』『たきな』 列車は北へ


2等車とは運賃が等級制だった頃のグリーン車を指す。降りた後、地下の21番線へ行き、埼京線からの直通列車を待つ。列車は16時8分に着き、3分停車で発車。西大宮と南古谷で行き違い、川越駅に戻ってきたのは16時34分だった。東京駅からの運賃は858円。

東武側の駅では対向のホームにいるTJライナー編成を恨めし気に見送る。次に来るのは急行列車のため、ふじみ野駅まで停まらないことからやり過ごし、次発の準急に乗る。準急なら関西臭いことに成増までの各駅に停車する。ただ、この列車は後発の川越特急に抜かれるので池袋には先着しない。そして川越特急を待つ時間もお金もない。これから通勤ラッシュなのである。上福岡には16時49分に着き、下車して歩くとH氏から声を掛けられる。どうやら例の踏切に捕まり、急行や準急の通過でH0氏から逸れてしまったようである。H兄弟と3人でアパートに戻る。この日は2万698歩を歩き、夕食はサンドイッチと鮭の焼き漬けだった。この夜は翌14日の打ち合わせをし、荷物を整えて寝る。7時には出なければならないという。


3月14日。ホワイトデーの日。4時22分に目が覚めた。この日のニュースはシリコンバレー銀行が経営破綻したことと、左翼作家の大江健三郎先生が永眠したことである。

手弁当を持って6時半に部屋を出て39分にH0氏の車でアパートを出て上福岡の踏切を通過する。どこへ行くかとH氏が訊いていたが、入間のインターから圏央道に乗り、中央道を介して河口湖に出るという。八王子のジャンクションで乗り換え、8時過ぎに談合坂のサービスエリアで休み、ここで朝食を摂る。水曜日なのに通勤時間帯のせいか混んでいた。

大月ジャンクションで富士吉田線に乗り換え、河口湖方向へ走る。この日は曇りで富士山を見ることは叶わなかった。ミリマス7thの舞台が近い富士急ハイランドを横目に御殿場へ向かう。新東名から東名へ乗り換えて駒門サービスエリアで小休止。ここまで来れば沼津市も近い。

沼津インターで一般道に降りてから道に迷い、沼津駅南口を指す。東海道新幹線と東海道線を潜り、沼津駅南口に着いたのは10時22分。ここは『ラブライブ!サンシャイン!!』と『スクスタ』のロケ地である。ここでH氏がAqoursのパンフレットを貰いに行くという冒険をした。車に戻る際、似たようなフォルムと塗装の車に間違って乗りかけて全力で『間違えました!』と謝る事態になってしまった。H0氏の車は進んでいなかったのである。

パンフレットを手にして『沼津リバーサイドホテル』に車を停めてもらう。

ここは何の変哲もないシティホテルだが、お隣さんが堕天使ヨハネこと津島善子嬢の自宅アパートである。ヨハネ嬢は狩野川を見て少女期を過ごしたのか、と思うと感慨深いものがある。沼津の花火は狩野川が舞台で、新潟市や長岡市だと信濃川が花火の舞台である。

次に寄ったのは洋食店『欧蘭陀館』である。ここは渡辺曜嬢のお宅となった物件だが、玄関を開けると大勢の曜嬢から出迎えを受け、店内には映画のカットや斉藤朱夏女史の写真も展示されている。ここでは欧蘭陀珈琲450円を頼む。


曜嬢と ヨハネを訪ね コーヒーを 狩野川に立ちて 急ぎて辞せり


ここでのMVPはH0氏であろう。既に耄碌した小林よしのり先生に突き刺すように曜嬢の懐に飛び込んで来たのである。弟のH氏が悍ましさを感じていたが、そこがH0氏から見る『今太閤の風格』である。そこに舌を巻いたが、寿司店の絡みで長居できるわけでもなく、11時過ぎに沼津港へ出発した。

沼津港は関東圏のフィッシャーマンズウォーフである。そのため、寿司店や海鮮ものの店舗が非常に多い。『鮨庵さいとう』のみなと旬彩店は長期休業中。本店は11時半から開くので、付近を散策する。胃を悪くしてから幾らか痩せたが、H0氏からは『もっと痩せろ』と、突き刺された。珍しいことに『沼津バーガー』の店舗もあった。

開店したのは良いが、予約しなかったので小田原から来た方々の方が優先だった。ここで『さくら8貫』2,860円を頼む。胃の都合があるのでギリギリの条件である。この店舗は『ラブライブ!サンシャイン!!』の聖地巡礼者からも人気だというが、寿司のネタが活きている意味では同意するが、顧客層を見ると肯ぜない。その1人に列せられる側であっても、である。H氏兄弟は地魚入りの10貫セットと鉄砲巻きを頼んだ。味噌汁の出汁もよく取れており、寿司店の指標となる玉子寿司のだし巻きとて抜かりはなかった。


寿司店で Aqoursと聞きて 驚きぬ 親は地魚 我は8貫


苦戦の末に店舗を出て、次の地へ向かうが、入れ替わりで車が来ているので抜け出すのに苦労する。

淡島ホテルは小原鞠莉嬢の家が経営している『ホテルオハラ』のモデルであるが、宿泊に4万円から5万円掛かり、湯脈に於ける権利の問題で温泉も汲めなくなったという。前の法人が債務不履行を起こしているので非常に笑えない。そこと時間配分の不透明さが淡島ホテルを選べなかったポイントである。

対岸から撮ると、バブル期の意匠であることがよく判る。昔は会員制だったのでバブルで儲けた成金衆の秘密基地だったのである。一番近くで撮れるのはあわしまマリンパーク行きの船着場だった。また、沼津には御用邸があるという。


マリー宅 対岸望み 撮りにけり 『果南は何処』 車にて辞す


ピックアップ制を採っているので船着場を通過し、内浦漁協に至る。車を降りて驚いたのは和風喫茶『松月』と三津浜海水浴場、安田屋旅館、セブンイレブンが目と鼻の先だったことである。奥を見れば三津シーパラダイスがある。


『千歌よ』『梨子』 三津浜寄りて 松月と 十千万と せつ菜の痛車


『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の優木せつ菜嬢をラッピングした痛車の若者がセブンイレブンに来た。この日の『こびり』はH氏の買ったハーゲンダッツだったが、ここでもH0氏に舌を巻く。後で訊けば『まず誉めろ』ということだった。この日から半月ほど後、優木せつ菜役は闘病中の楠木ともり女史から元ランガの林鼓子女史に交代する。

長浜城や長井崎中学等、他にも寄る所はあるものの、これ以上遅いとH氏兄弟が上福岡に戻る時間も遅くなるので伊豆長岡へ飛ぶ。時間の方が上位だが、高所恐怖症を理由にロープウェイも断っている。

この日のお宿は『ニュー八景園』で伊豆長岡の高台に位置する。露天風呂から富士山を望めるそうだが、この日はお預けだとアナウンスを受ける。15日なら富士山を望めるという。

ここで武漢肺炎ワクチンの接種証明と障碍者手帳を見せる。お陰様で入湯税込みで1万820円のところ8千656円に実払いを減らせた。Qアノン、秘密のたからばこ他、陰謀論の諸氏はここで詰む。チェックインは15時からだが、前作業をさせてくれて、大きな荷物も預かってくれるという。朝食は8時半の枠で頼み、夕食はカット。H氏兄弟を出発させた後はやり残しのソシャゲをしてその間に入室可能となった。

入室早々、入って風呂とばかりに入浴する。しかし丸暴な仕事の兄弟分が入浴しており、慌てて上がる。

宿のバスタオルは貸出制であるのはほぼ常識と思ってもらいたい。宿によってはフェイスタオルも貸出制にしている物件が増えてきた。今後、むき出しのタオルは借り物だと思うようにしたい。

この日、仮担当の佐竹美奈子嬢に鍋を贈り、本命ガールの椎名心実嬢にアロマキャンドルを贈る。デレマスの仮担当に返礼をしたのは19日になってからである。

ここのクーポンは電子なので、東山温泉の失敗に懲りて早いうちにクーポンを読み込み、夕食の空白時間帯に入浴する。自前のジェルを忘れたが、髭剃りクリームがあったので、3日ぶりに髭を剃れた。富士山ビューを優先した柵は空間が多く、転落のリスクが高い。クーポンで『湯のたまご』1千80円を買ったのは湯上り後である。H氏のご配慮により、土産物のお菓子を入れる空間を作れたので背負い鞄1つで帰着できる。


自室に戻った後は歌詠みラッシュだった。2月の記述とは順番が前後したが、今回の記述もアメブロで書いている。H氏兄弟は18時35分に上福岡へ戻ったという。しかも、笠幡で布団を取り込んだというので、なおさら舌を巻いた。寝たのは21時45分を過ぎてからだった。


3月15日。園田海未嬢の誕生日。5時過ぎに目が覚めて急ぎ入浴する。夜明け前でも富士山が浮かび、明けるに連れて稜線が見えてくる。


Aqours追ひ 急ぎて泊まる 長岡の 富士山見遣り 柵は危うし


上がった後はソシャゲをした。ベッドの布団は敷き直し、荷物も整えて帰り支度をする。この日のミリシタにおけるデイリー曲は『アフタースクールパーリータイム』だった。丁度1箇月後の所恵美嬢誕生日公演では『フローズン・ワード』だったわけなのだが。


ここの朝食はビュッフェ形式で、好きなものをよそえる。メークインの『みしまコロッケ』と胃の都合で『まご茶漬け』こと鯵のお茶漬けを食べてみる。ここは伊豆であるだけあって顧客ばかりかスタッフにも外国人が目立つ。よく言えば国際化しているわけだが、日本語の微妙な意味合いを理解してもらうのが難しい。

ロビーで飲み物が支度されていると知ったのはチェックアウトの前後で、麦茶とコーヒー、レモネードが出る。

送りの旅館バスは10時で、伊豆箱根鉄道社の伊豆長岡駅まで送ってくれるという。H0氏に連れて行ってもらおうとも思った14日だが、その必要は無かった。車は満員で2分早発し、13分で伊豆長岡駅へ着く。見ると別館も高台だったが本館との落差がキツい。『弘法の湯』は麓だった。


伊豆長岡駅は『HAPPY PARTY TRAIN』PVのロケ地である。これからPVの逆路で三島へ出るわけだが、ICカードが使えないので慌てて乗車券330円を買って3番線に出る。ホームには『デレマス』の9代目シンデレラガールに英傑的な響きをくれた北条義時公を売り込む幟が立っていた。乗った列車は大場と三島田町で交換し、三島広小路から急カーブを走る。


果南追ひ 逆路を行きし 駿豆線 列車は古く ハピトレ恋し


三島駅8番線に降りると東京からの特急『踊り子3号』が1番線から転線して乗ってきた列車と入れ替わりで駿豆線を走る。そのための『仕掛け』を見たのは改札で苦戦してJR側のホームに出てからである。その『仕掛け』とは東海道線から駿豆線へ至る短絡線とそこを通過するために作られた1番線の凹みである。連絡改札の駅員氏からは『切符を持っているか』と、問われて『持っています』と応えた。10時47分発の熱海行きを逃したので11時9分まで待たされる。乗った列車は余命宣告を受けた車両が5両編成で走っている。ベンチ風のシートなので元の『セントラルライナー』編成が恨めしい。


函南を出て難工事だった丹那トンネルを通過。このトンネルで東海道線を熱海廻りにしたので旧来の東海道線を御殿場線に改称したのである。下田行きの特急『踊り子7号』と入れ替わりで熱海駅3番線に着いたのは11時23分だった。ここで観光特急『サフィール踊り子』号と『リゾート21』金目鯛編成を含む伊豆急行やJRの電車を駅撮りする。

鉄道用語としての下車をした後、熱海の急な坂を下り、『熱海シーサイド・スパ&リゾート』へ向かう。ここ熱海は奈良時代に魚が焼死しているところから始まったという。徳川家康公が熱海の温泉を汲んで江戸城に運ばせたことが温泉地としての始まりで今に至るとも聞いた。


細い路地にある階段を下りたときに『階段がキツい。ロープウェイが欲しい』と言っていたが、若いうちは筋肉を育ててもらいたい。件のホテルには12時半を過ぎてから着いた。

入ったホテルは薄暗く、ランチの営業も無い。14時からチェックイン、15時から入室可能だという。『温泉むすめ』の熱海初夏嬢は仄かに照らされた売店にポップで居た。

ここのポップは仁藤夢乃女史の騒動が尾を引いて『バルバルATAMI』に置けなくなり、このホテルが後任の引き受け手となった。笑えない話だが私は仁藤先生に対しヘマをやらかし、敵視されている。もっとも、仁藤先生も『バルバルATAMI』の店主も共産党側だったわけではあるが。

磐梯熱海萩嬢の地元で、自身らを『山の熱海』と呼び、伊豆の熱海を指して『海の熱海』と呼ぶ磐梯熱海の視察団が来たか訊いても『知らない』と言われ、熱海で格のある旅館を訊いても『知らない』と応えられる。この方は月岡温泉の『華鳳』を引き合いに出したのが拙かったのだろうか。怒るより先に寂しさを感じた。


初夏嬢 訪ねて見遣る 初島の 『DS恋し』 寧々は彼方に


13年も前のことだが、ここ熱海は『ラブプラス+』の聖地でもある。ホテルの先は砂浜で何人かの人がいる。海を見遣れば初島があり、この頃は『温泉むすめ』とタイアップしていた。『熱海シーサイド・スパ&リゾート』では初夏嬢印のクッキー850円とアクリルキーホルダー8百円、温泉まんじゅう1千3百円を買って辞す。

急坂を登って古屋旅館付近を掠め、熱海駅へ戻る途中に『熱海プリン』なる洋菓子の店舗があり、水曜だというのに長蛇の列ができている。帰着後に調べると牛乳瓶規格の瓶にプリン液を入れ、温泉か何かの湯で蒸してプラスチックのケースに入れたカラメルソースを付けたという。耐熱の瓶と蒸し器があれば真似できる品である。比較的人気の薄いディズニーリゾートの乗り物並みに長い列には閉口した。


駅ビル『Lusca』も人でごった返しており、思うように休めない。この日の昼食は『NewDays』のおにぎりだったが、それが幸いし、記録に専念できた。

消化試合で熱海駅付近を歩くと昭和生まれのビルがあり、建て替えまで時間の問題なせいか空きテナントが目立つ。改札を潜ったのは15時前で新幹線の発車案内は『こだま』ばかりが並ぶ。速力を落としているとはいえ通過する『のぞみ』や『ひかり』は非情である。


4番線ホームに出た後、年の離れた男女が来た。どうやら15時31分の『サフィール踊り子2号』、それも1号車のプレミアムグリーン車に乗るようで、男性側は白髪が目立ち、女性側は仮担当他、受け持ちのアイドルや贔屓の女学生、それどころか身近な人間では見たことのない目つきなのでパパ活カップルと推測した。同じP活なら『アイドルマスター』の方に来てもらいものである。

下り列車の2番線と上り列車の4番線で『サフィール』を含めた『踊り子』号は編成両数で色分けされている。一般の『踊り子』号は9両編成と14両編成で分けられており、片方の乗り場は桜色だった。置き換え前は7両と12両、10両と15両で4通りもあったのである。

上野東京ライン宇都宮行きを見送った後の15時29分。観光特急『サフィール踊り子2号』が熱海駅に顔を出す。この列車はオーシャングリーンの車体で、先頭8号車から5号車が一般グリーン車。4号車がカフェテリア、3号車と2号車がグリーン個室。最後尾の1号車がプレミアムグリーン車で自由席どころか普通席自体が無く、一般の『踊り子』号ですら自由席を廃止している。この特急は昼時に見送った『サフィール踊り子1号』の折返しで、この日は2番編成の担当。置き換え前の『スーパービュー踊り子8号』のダイヤで走る。車体のロゴは列車愛称の由来であるサファイアを意識している。


熱海を出ると小田原の手前まで相模湾を望む。プレミアムグリーン席のシートはバックシェル式でシートは灰色、個別に配置されているので解放席の割にプライベート性は高い。熱海を出てからアテンダント女史に『ぬまっちゃ』150円を頼んだ。しかし、Aqoursデザインではなかったので若干寂しい。μ’sとAqoursが下車した根府川を通過したのは15時44分。

小田原を通過した後、御殿場線との乗換駅で2代に亘る『ラブライブ!』の聖地がある国府津を通過し、『アイマス』の天海春香嬢が事務所への出勤で乗る二宮駅を15時57分に通過して、平塚や茅ヶ崎、辻堂も通過して『青春ブタ野郎』シリーズの駅で小田急江ノ島線や江ノ島電鉄との乗り換え駅でもある藤沢も通過。湘南モノレールや横須賀線との乗り換え駅である大船を通過して横浜に停車する。


はるるんの 町を過ぎたる サフィールの 特ロより見る 藤沢の街


特ロとは特別2等車を意味し、現在でいうプレミアムグリーン車やグランクラスの旧式表現である。

歩いた後の列車内でブレンドコーヒー400円を頼む。4号車のカフェテリアは手仕舞いでグリーン個室も4人用個室が埋まっている。もっとも開いていてもクレジット会社の審査無くして買い物は成り立たないが。

横浜を出た後、品川に停車し、先述のパパ活カップルは下車した。どうやらいわゆる『港区小父さん』と『港区女子』のカップルだったようである。東海道線の品川駅は港区にある。

『あこう泉岳寺』もとい高輪ゲートウェイ駅を通過し、新橋と有楽町を通過すれば東京であり、着いたのは16時49分。8番線だった。この車両は大宮まで回送される。そして『サフィール』は子連れの被写体としても人気である。

次に乗る『とき335号』は23番線から出る。乗換改札を通過してホームに上がるときに入線した。向かいのホームには17時発の『やまびこ&つばさ149号』がいる。

10両編成の『とき』はホーム中ほどに居り、慌てて先頭車の側へ至る。『新幹線E7系弁当』1千350円を買ったが、これが今回の致命傷となる。

乗った席は9号車の8D席で、淡島ホテルに泊まる構想が尾を引いてグリーン料金まで払ってしまった。淡島ホテルに泊まる費用で、伊豆長岡からの帰着費用が丸々出たのである。


『とき』が東京駅を出たのは17時8分。秋葉原付近で地下へ潜り、上野を出て日暮里付近で地上に戻る。グリーン車のシートは若干緑系統だろうか縞柄で重厚な4列シートが並ぶ。


しくじると 選定歎き 君想ふ 暗に転べど 今も忘れじ


今回は唐揚げやエビフライが災いした。大宮と高崎に停車し、高崎の後は長岡まで停まらない。高崎の時点で大まか暗くなってきている。

長岡まで来ると既に暗い。『最低最悪の事態』を避けるために苦戦を続けている。長岡を出た後、燕三条を通過し、新潟駅に着いたのは19時1分。12番線だった。

三島からの乗車券は越後線内までは通しでないので一旦改札を出るようにアナウンスされる。

越後線に乗り換え、自宅に戻ったのは20時5分だった。先に帰っていたH氏が風呂の支度をしてくれたので助かり、翌日4時過ぎになって攻防が落ちついた。

この日1万5千620歩を記録し、この度使った費用は実払いで4万6千5百円。自力換算では10万円を超える。

今回の教訓として、着替え用の袋を持つこと、伊豆の道路は混み、熱海はその最たること、貴重品を手元から離さないこと、予算を多めに支度すること、頭を打っても腹を立てないこと、見栄に拘らないこと、である。

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