猿と悪魔
「死ねえィ!」
黄色い声が響く。
鳥の嘴のような形にした手でこめかみを穿ちに来る。
掌打で顎を砕きに来る。
指で針のごとく、喉を刺しに来る。
鳩尾を叩きに来る。
内臓に直結できる体の箇所を全て正確に貫手で穿ちに来る。
容赦なく金的も、狙われる。
基本的な打撃は当然、鳥嘴拳、貫手、諸手。
あらゆる技で、あらゆる急所を狙い、殺すために技が放たれる。
拳で嘴を弾き上げ、掌打を肘で受け、喉への一撃を上腕で叩き落し、鳩尾への攻撃を半身になって避け、金的は両手で止める。
距離を取って、息吹。
「アンタ、構えないのか」
「構えなぞ動きを制限する枷よ。いちいちしておれるか」
休む暇なく、激しい急所への攻撃が繰り出されていく。
ブレイドは正確に、急所の攻撃を受け、避け、弾く。
全て一撃必殺。完璧に攻撃をいなさねばならない。
「構えが枷? わかってねえなぁ。枷になるんなら構えなんざ最初から存在してねえんだよ」
守主攻従。攻撃はまだだ。まだ、反撃するようなときじゃない。
じっくり、暴れたくなる体を抑えながら、スリルを味わう。
攻撃をひとつも食らっていないのに、死線が見えてくる。
――いいぞ。
興奮が抑え切れない。味わっていたいのに早く食らってしまいたい。
ゾクリ、と。
欲望の塊がブレイドの中を駆け巡る。
これは殺し合いだ。闘いのように「勝敗」などはなく、殺すか殺されるかだけの関係だけがある。
互いに闘いを楽しむわけではなく、いつ殺せるか、いつ殺されるかを楽しむ。
愉快だ。
もっとだ。もっと味わせてくれ。
「アンタが直接ハンズ出るか、シスルにその技教えてやりゃ、もっとゴシュジンサマは稼げただろうにな」
「ワシがあんな小娘のことなぞ気にするわけがなかろう? 雇われの身だ、金さえ貰えればいい」
「違げえだろ。殺せりゃいいんだろうがっ」
「然り!」
貫手が頬をかすめる。
途端、血が飛んだ。
猿の爪が、ブレイドの頬を切ったのだ。ウェイブで硬化した爪は、そこらの刃物より断然硬く、尖らせておけば切れ味も貫通力も増す。完全な武器になる。
「二ィ」
「得意になるのはまだ早いぜクソ猿」
スピード、正確さ、どちらもあちらが上。
怠けすぎで鈍ったか、それとも、猿が強いのか。
些細なことだ。
面白ければそれで良い……いや鈍っているのは良くないのだが。
薄い痛みが少しだけ、ブレイドの意識を現実に近づける。
リベリアに視線を向けると、胸に手を当て、震えながら目を背けていた。
「リベリア! 目ぇ背けんじゃねえ!」
「そっくりそのまま、同じ言葉をキサマに送ろう」
ブレイドの右胸に貫手が刺さる。体をずらしたおかげで急所ははずしている。
「ご主人様っ」
リベリアが叫ぶ。
猿はブレイドが腕を掴もうとするのを見切って、素早く手を引き抜きバックステップを踏む。
血に濡れた左の人差し指を、猿がくわえる。
「……美味だ。これほど美味な血は初めてかもしれんの」
ニタァ、と嗤う。
猿は指を離す。だらりと涎が糸を引き、ブレイドは気分を悪くした。
「キサマ、奴隷に慕われているな? 取って食って捨てるような奴隷を」
猿はリベリアに視線を移す。
リベリアは怯えきった表情でブレイドを見ていた。
「ご主人、様……」
まるで自分が傷ついたかのように、リベリアは悲しげな瞳をしていた。
「良いぞ、もっとだ! 遠慮なく泣け、喚け。この美味い血には最高のつまみになる」
猿にとってここは食卓か。
実に美味そうな顔をするものである。
と。
ブレイドは気付いた。近くにふたり、人がいる。
そしてひとりはこっちに向かってきている。
「殺し屋さん。もう、やめてもらえる?」
シスルだった。
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