殺し合いの終わり

 噴水の向こう側から現れたシスルは、ブレイドと猿の間に割って入る。


「下がれ小娘。邪魔をするな」

「そうも行かないわ。この男はわたしが説得するから、戻ってちょうだい。それにそこの奴隷、ちょっとした知り合いなの」

「これは『仕事』じゃないんだ。ワシの意思で始めてワシの意思で終わる『趣味』だ。キサマにとやかく言われる筋合いはない。払われた料金外のことじゃ」


 シスルはブレイドやリベリアにも目を向ける。いまいち状況が飲み込めない様子だが、とりあえず止めにきたらしい。

 しかし声音が明らかに焦っているのと、苛立ちからか片足の踵で何度も地面を叩いているところを見ると、どうやらシスルの手にあまる猿らしい。

 当たり前だ。明らかに猿のほうが強い。


「どうすれば満足する?」

「そこの男を殺して、デザートは奴隷だ」

「……他は?」

「くどいッ!」


 猿が跳躍した。シスルに向かってだ。

 貫手を作り、シスルの心臓を穿ちに行く。

 あまりに前触れもなく動き出した猿に、シスルは反応できない。

 だが、ブレイドは反応した。

 シスルの盾になるように前に踏み出し、猿の貫手を弾く。

 弾いてから、脚を暴れさせる。シスルに見せたフェイントの嵐だ。

 フェイントをかけつつ、本命の蹴りを三発。

 全て避けられ、猿は後ろに飛んで距離を離す。


「リベリア、目をそらすなよ。黙って、見ろ。お前の望んだもんだ」


 構える。

 右腕をだらりと下げて、左腕は立てる。

 やっと体が温まってきたのだ、止められては困る。


「シスル、アンタはどけ。邪魔だ」

「でも」

「邪魔をすんじゃねえ。二度目はねえぞ」

「……そこまで大口叩くなら負けるってことは」

「無い。ついでだからアンタも観戦しとけ、技を教えてやる」


 気配で後ろにいたシスルがリベリアの方に歩いていったのがわかった。

 シスルならリベリアをどうこうしようなどという気はないだろう。


「さて、邪魔するヤツはいなくなったぜ」

「興がそがれたがな」

「ちょいと萎えたぐらいでやめようとすんなよ。どうせすぐに気持ちよくなるさ」


 唇がめくれ、歯が剥き出しになる。

 ブレイドは笑うのを抑え切れない。

 猿も同じらしい。


「行くぞッ!」


 猿もブレイドも、同時に動いた。

 ブレイドは後ろに飛び、猿はそれも想定して間合いを詰めてくる。


「ふんっ!」


 猿が腰を落とし、掌打を放とうとする。

 ブレイドは猿の前足の膝を踏み台にして跳んだ。そして、そのままの勢いで顎を狙い、膝蹴りを出す。

 猿は首をそらせて膝蹴りを避けた。

 掌打はブレイドの下で空振りする。

 膝を踏み台にされ、出そうとした掌打はブレイドに軽く避けられ、膝蹴りで首をそらした猿は動けなくなった。

 一弾指ほどの隙だ。

 そこへ、ブレイドはもう一度、猿の膝を蹴る。今度は後方に飛ぶように、だ。

 空中で蹴りを放つ。

 鳩尾に蹴りを突き刺し、さらに後方に飛ぶ。

 そして着地。


「グ、ギギッ!」


 猿は感じているであろう痛みなど構わずに、接近してくる。

 ブレイドも肉薄しにいく。

 鳥の嘴のような形にした手が、まるで鎌のように首を刈りに来る。

 が、それを右腕を立てて防ぐ。半身になりつつ、左拳を猿の鳩尾に添える。

 短い呼気、収縮されていた背中の筋肉を、体に溜め込んでいた力を、一気に解放する。

 そして、ブレイドの左拳が爆発した。

 零勁。

 力の塊が、猿の内臓を直接殴った。


「うごっ……?」


 猿は上半身を丸め、後ろに逃げて衝撃を殺そうとする。

 逃がさない。

 再び零勁。

 ダメ押しにもう一撃。

 内臓を直接、3度も殴られたようなものだ。

 そして、零勁自体は傍から見れば、相手に拳を添えてるようにしか見えない。

 つまり猿からすれば、「拳を当てられているだけなのに打撃を受けた」というわけのわからない状況に困惑していることだろう。

 しかし、さすがというべきか。

 猿は三撃受けているうちに、一撃、嘴を右肩に刺した。

 攻撃を受けているせいで上手く刺せなかったらしく、急所には微妙にはずれていた。当たっていれば、右腕が使えなくなっていた。

 右腕を外転させ、嘴を抜く。

 猿は3度に渡る零勁で、千鳥足になり、下がっていく。

 完璧な隙だ。

 ブレイドは跳躍する。

 そして、体にスピンをかけた。


 三六〇度、遠心力をつけたトルネードキック。

 猿の脳天に竜巻を叩きつける。

 猿は石の敷き詰めてある地面にキスをした。

 地面に叩きつけられた猿は動かなくなった。

 しかし、数秒の後に、


「カァッ!」


 黄色い声を上げて突進しだした。

 ブレイドの胸を狙って、手を一気に突き出す。

 血が、舞った。


「どうだクソ猿、お味のほうは?」


 右胸の傷に再度貫手を刺され、血が噴き出た。

 全く同じ場所を攻撃してきていた。ただ、正確さに感心するばかり。


「あぁ」


 黄色い声が耳に残る。

 猿の貫手を放った腕は伸びきってはいない。

 肘は曲がっている。つまり、まだ押し込める。

 猿は肘に右手を添えると、右手で肘を押した。それで、貫手を押し込んだ。

 深く、抉られる。


「最高に、美味だの」


 ニタァ、と嗤う。

 しかし、すぐに我に返ったように嗤うのをやめる。


「だが、体どころか、内臓を穿つまでいかぬか」


 不思議そうに猿が呟いた。あきらめの呟きにも、聞こえた。

 ブレイドでなくとも、猿の脚が震え、もうまともに動かないことがわかっただろう。

 もしも猿がローレルだったのなら、あきらめずに闘ったかもしれない……なんてふと思った。

 そして、右手で猿の腕を掴む。


「お返しだ、たっぷり堪能しろ」


 左手の貫手。

 正確に、猿の心臓を穿ち、体を貫通する。


「ごぼっ」

「硬い木の実を割れるからって満足してるからこうなるんだ、クソ猿」

「なる、ほど……」


 手を抜く。手を離す。

 猿は血煙を上げて倒れて、今度こそ動かなくなった。

 一息つく。

 なかなか楽しい殺し合いだった。

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