アピール
けたたましい警報が鳴り出す。ブレイドはポケットに手を入れ、何事もないかのように歩き出す。
「うるせえな」
「普通に門を飛び越えれば良かったのでは」
「どっちにしろうるさくなるさ。それによ、こういう豪邸みるとついブチ壊したくなるんだ」
笑みを浮かべる悪魔の笑みを。
「さあ、ショータイムだ」
庭に入ると、慌てて豪邸から外に出てきた警備員らしき黒服の男たちがいた。
石を敷き詰められた地面、目前には軽く二十人はいるであろう男たちと巨大な噴水。
「何者だ」
「俺は面接しに来たんだ」
唐突な言葉にリーダー格であろう男が顔をしかめる。
「ここのゴシュジンサマがたっぷり金を稼げるように俺がしてやる。それを証明するための試験と面接を受けに来たんだよ」
つまり、と。
ブレイドはすでにリーダー格らしき人物との距離をなくしていた。
「アンタら全員ぶちのめして、ゴシュジンサマを引き摺り出す」
サマーソルト。
姿勢を低くした状態からバク転でリーダーを蹴り上げる。蹴り飛ばされたリーダーは頭から噴水へ落ちていき、ハデな水しぶきをあげた。
「貴様っ」
近くにいた黒服の男が殴りかかってくるが、男の拳が届く前にブレイドが男の頭を掴み、石の敷き詰められた地面へ叩き付けた。
「くそっ」
ブレイドから離れた場所にいた黒服の男その二が懐から拳銃を取り出した。狙いはブレイドではなくリベリアだ。
弱い者から殺す。実に単純明快な判断だ。
見逃すはずがない。
ブレイドは飛びかかってきた黒服の男その三を完璧に無視し、拳銃を持っているその二との間合いを詰めた。
「狙いが甘い! そして」
銃を拳で叩き落し、鳩尾へ肘を打ち込む。
「引き金を引くのがスロー過ぎるぜ」
背後から襲ってきた銃弾を避ける。避けた銃弾はその二の額に当たり、絶命させた。
「バカな、ウェイブを使わずに銃弾を」
「
笑みを浮かべたままブレイドが言う。
銃が無駄らしいと判断した男たちはたじろぎ、動きを止める。
だが、終わりではなかった。
「調子に乗るなよ」
背後からやけに高い声が聞こえた。
それは「黄色い声」とブレイドの頭で印象付けられる。
振り返れば、手刀。
ブレイドは腕を内転させて手刀を弾く。
円いメガネをかけた、猿のような中年男性だった。
腕が痺れる。相手が波動を使っていたためだ。デリーのような青い波動を身につけているが、デリーほど強くなさそうだ。
「おい、キサマラ! 女は殺すな、上玉だろう? 遊びたいだろう? 捕まえて遊んでやれ。男はワシが殺す」
猿のような男に向けて、ブレイドが言う。
「あいつのほうが俺より強かったらどうすんだよ。黒服全滅だぜ?」
「そんときにゃ、そんときだ。じゃが、あの女は奴隷だろう? 見ればわかる、目を見ればな」
ほとんど白目のようなところにぼんやりと浮かんだ黒い点が、リベリアに向けられる。
針のような鋭さがあった。
「足かせをわざわざ連れてくるなぞ、バカのやることよ」
「美人は自慢したくなるだろ」
「ハッ、そりゃ売る側の考えだ」
のんびり話をしているようで、ブレイドも猿のような男もいつでも動けるようにしている。
黒服の男たちは猿のような男がブレイドを引きとめてくれていることを確認してから、標的をリベリアに変えた。
悪魔が駆ける。
「二ィ」
猿が回り込む。
「ヒャッ!」
黄色い声と共に貫手が放たれる。
だが、ブレイドは猿のような男の横をすでに通り過ぎていた。
黒いコートを囮に黒服の男ふたりの心臓目掛けて貫手を放っていた。
貫かれたのはコートの生地。
貫いたのは心臓二つ。
「げぼっ」
黒服が火を噴くように血を吐いた。
手を抜く。手を払って血を飛ばす。
右脚を折りたたんで上げる。
「旋風脚ッ」
左足だけで跳躍、空中で身を思い切り捻る。それで後方へ蹴りを飛ばした。
「ヌゥッ!」
下で黄色い声がする。
脚を畳んでブレイドの下に潜りこんだ、猿のような男だ。
猿のような男に放った旋風脚は見事にはずれ、別の黒服の男の頭を壊すことになった。
ブレイドの金的に向けて、猿のような男が容赦なく拳を突き出してくる。
それを畳んでいた脚で受け、もんどりを打ったブレイドは着地した。着地ついでに、また別の黒服の男を踏んで首の骨を折った。
六人、殺した。
残りは何人か。
数える前に背筋にぞくりとするものが走る。
笑う。久しい感覚だ。
殺気だ。いや、殺意だ。
狂気というほど熱くはなく、冷酷というには興奮が抑え切れていない。しかし、冷静さを欠くわけもなく、ただ殺すことのみに関して鋭く尖った殺意。
これは闘う人間の発するモノじゃない。
以前出会った、
子どものように殺しを楽しむだけでもなければ、殺しを強要されているわけでもない。
機械的に物事を行っているようで、血の臭いと温かさを感じて静かに嗤う人間の殺意……
「それが本性か、猿」
噴水をバックに立つ、猿に言う。青きウェイブは禍々しいと思えるほど、濃厚に見えた。
猿は、にぃ、と口の端を吊り上げた。
「殺し専門、珍しくはないだろう」
「珍しかねえな。仕事だけは、な」
「『ホンモノ』は初めてか」
「二度目だ、猿野郎」
これは思わぬ幸運だ、と。ブレイドは興奮せざるをえなかった。
久々に血が滾る。
息を吐き、自分のナカに在るモノを引き摺り出す。
途端に、力が爆発したかのように漲った。
レッドウェイブを発動させたのだ。
「そっちも本気か」
「『ちょいと』な」
黒服の男たちが叫び声を上げて我先にと逃げ出す。ブレイドの後ろにいるリベリアも震えだすのがわかった。リベリアの呼吸音が震えている。
本能的に知ったからだ。
これは闘いではなく、殺し合いだと。
殺しというものは自分の近ければ近いほど不快に感じる。武器で殴れば手に残った感触がイヤになるだろうし、銃で撃てば血しぶきと臭いがイヤになる。
そうして戦争という場所では相手すら見なくて済む「兵器」で敵を殺すようになった。単純な破壊力の問題でもあるのだが、より実感がない殺しであるのには違いない。
だが、ふたりは違う。
肉を抉る感覚も、血の臭いも、血の色も、快感だ。
猿にとっては快感そのものであり、ブレイドにとってはスパイスだ。
殺しを快感にしているものでサイファーがいたが、あれは女の悲鳴や表情を楽しみたかっただけだ。子どもがアリを殺して遊ぶのと同じ。
目前の猿は違う。相手がなんであろうと殺しを楽しめる。同じように、自分が殺される感覚も、おそらく快楽にしてしまうだろう。
猿は死が好きなのだ。骨をしゃぶって死を味わっていたいのだ。
ブレイドもそうだ。だが、猿ほど直線的に死を好きでいるわけではない。ブレイドは闘いが、スリルが好きなのだ。
ただの殺し屋ならブレイドは興奮しない。
目前の猿は、己を楽しませてくれる相手だ。本能でわかる。
ゆえにこの場でわらっていられるのは二人だけ。
「黒服どもは逃げちまったが、いいのかよアンタ?」
「障害物がなくなってスッキリしただろう」
「フッフッフッ」
「クックックッ」
悪魔が笑う、猿が嗤う。
ブレイドは両足を気楽に動かせる程度に広げ、軽く握った拳は腰の前まで引く。
構えを終える前に、猿が襲い掛かってきた。
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