降参
次の瞬間、右脚が暴れだした。いつ飛んでもおかしくはないスピードで、暴走する。
連続、高速のフェイントだ。
「ジャカジャカジャカジャカ…………」
脚の動きに合わせて、シスルのグリーンの瞳が走る。ステップを忘れ、意識がフェイントに向けられていた。
「ジャカジャカ、ジャンッ!」
蹴りを放つ。顔面への前蹴りだ。
シスルは脚の下を潜るようにして蹴りをかわし、足を払いに来る。
左膝を曲げて、伸ばす。片足だけでジャンプしてみせた。
足払いを避けられたシスルは、足をそのまま振り回し、両手を床に付け、逆立ちをして蹴りを出す。
その蹴りを、ブレイドは膝蹴りで弾き、着地する。
着地した途端、その場でステップ。足を交差させたり、片足を孤を描くように動かしたり、多彩な動きをさせる。
そして、今度は左脚を上げてフェイントの嵐。
体勢を元に戻したシスルの表情には、焦りが感じられた。
「ジャカジャカジャカ、ジャンッ!」
曲げていた膝を伸ばし、蹴りを出すと見せかけて素早く戻し、フェイント。
「ジャンッ!」
フェイント。
「ジャンッ!」
3度目の正直。
蹴りを放つ。
シスルは上体をそらしつつ避け、同時に前蹴りを放ってくる。ブレイドも上体反らしで蹴りを避ける。
ブレイドの足をシスルが掴もうとするが、素早く脚を引き戻して回避。左足を着くと同時に、右の回し蹴り。
のフェイント。
本物はローキックだ。騙されたシスルはローキックをまともに受ける。
「しまっ」
怯んだら、止まらない。
膝を支点に右の蹴りが何度も放たれる。シスルの体を容赦なく攻撃していく。シスルは腕を立てて防御するしかなかった。
ちらりと余所見をする。
リベリアは胸に手をあてて、目をそらしていた。
「何をやってる! さっさと倒せ!」
小太りした中年男性がシスルに向かって叫ぶ。
特等席にいるということは……
「あの豚ちゃん、アンタのご主人?」
蹴りをやめて問いかけると、返答は後ろ回し蹴りだった。腹部を狙った一撃だ。上体反らしではどうにもならない。
「おっと」
肘と膝をあわせて一本の棒のようにし、防御。腕と脚に衝撃が分かれていく。
シスルが素早く体を捻転させ、顎目掛けて一撃を飛ばす。下から打ち上げるような後ろ蹴りだった。
「げふっ」
さっきの余所見がまずかった。
ブレイドは派手に吹っ飛び、頭を打ち付けて倒れる。
「アウチ」
倒れたブレイドの顔面へ、遠心力をつけた鋭い踵落とし。
――ブレイドは倒れた状態から脚を上げ、大腿部で踵落としを受け止め、脚を蛇のようにからませる。
しっかり極め、相手の脚を固定する。やろうと思えば、そのまま脚を折れる状態に――
そこまで想像して、しかし実行に移すのをやめた。
そして両手を挙げる。
「こうさ…ぶふっ!」
降参。
言い切る前に、シスルの踵がブレイドの顔に叩きつけられた。
「……え?」
踵をどかして、シスルが聞き返す。まんまるとした緑の瞳が、ブレイドを見下ろしていた。
「降参。生かすか殺すか決めてくれ」
両手を挙げたまま、ブレイドは降参を告げる。後は返事を待つのみだった。
降参した理由は簡単だ。飽きたからだ。
動きは良いのだが、攻撃する気がないシスルと闘ってもまるでスリルがない。やろうと思えばいつでも倒せてしまうが……
「情けをかけるつもり」
眉を吊り上げて、不満顔のシスルが言う。
「あーそうかもな。リベリアと知り合いなんだろ……ま、このままじゃつまらないだけだなと思ったのが第一だが」
「わたしが弱いと……いや、そうでしょうね。一生かけてもあなたに勝てる気がしないわ」
「んなことはいいんだよ。降参を認めるか否か」
「認めるわ。わたし、勝てれば良いし。認めないとわたし負けるもの」
勝つことに誇りなどない。家族のために勝ち進めれば良い、といったところだろうか。
「ボブ」
闘いの進行は、司会のボブに任せる。
「俺は降参。終わらせてくれ」
「いいのか?」
「おう」
ボブは頷いてマイクに向かって宣言した。
『パーガトリ・ブレイドの降参を認め、勝者はマーフィー・シスル』
互いにウェイブを消す。
途端にブーイングが起こった。
「やっぱり腰抜けじゃねえかっ」
「ふざけんな! 中途半端な闘いしやがって」
缶やらペットボトルが投げ込まれるが、ブレイドもシスルも蹴り飛ばして弾き、気にも留めずにリングを去っていった。
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