エピソード9
ブレイド対シスル
カローリホール。塔のような形をした巨大な建造物は、基本的にキングがハンズをするときやキングに関わるイベントがあるさいに使われる場所だ。
そして、今回、トーナメントバトルが行われる場所でもある。
キングの控え室で、ブレイドは闘いの準備をしていた。部屋にはリベリアもいる。
「俺がキングやってたころより綺麗だな」
薄手の黒コートにズボン、ついでに皮製の指抜きグローブをはめて、ブレイドは控え室出口に立つ。控え室から直接リングに上がるのだ。
「本当にあいつを助けたいのか?」
背後にいるリベリアに再度問いかける。あいつ、はシスルのことだ。
「はい」
リベリアの答えに、迷いはなかった。
「私はあの人を知りました。私と同じ奴隷です。でも、違うんです」
『入場の時間です』
女が出すような声に似た機械音声が部屋に響き渡る。ブレイドがキングのとき、この声が耳障りでたまらなかったことを思い出し、懐かしく思う。
「へいへい」
意味も無い返事をして、一度リベリアに振り向く。
「なら目を背けるなよ」
リベリアは、しっかり頷いた。
視線を戻す。
ブレイドの後ろにいたリベリアが遠ざかり、控え室を出て行くのが気配でわかった。控え室はリングに上がるための出口と通常の出入り口の2つがある。
首を回し、肩を上げ下げし、体の調子を確認する。悪くは無かった。
出口の扉がひとりでに開き、リングへの道が現れる。ゲートをくぐり、観客の叫ぶ声をうざったく思いながら、ブレイドは道を歩く。
階段を下りた先にはリングが、右側の壁には巨大スクリーンがある。スクリーンにはブレイドの名とシスルの名が表示されている。観客席は階層ごとにあり、上に行けば行くほど見えにくい、安い席になっている。
トーナメントに参加する人間と、キングであるロイヤー・ハーメルン、そしてリベリアは一番見やすい席があらかじめ用意してある。いわゆる特等席だ。
リングに上がり、シスルと向かい合った。強化ガラスが地面からせり上がり、リングを囲う。ガラスならば、闘う人間がリングを出ることがないうえに、観客にも闘いの様子がしっかりわかる。
「あなたが、リベリアのご主人様ね」
「アンタは奴隷だってな」
「悪いけど、死んでもらうから」
「俺より弱いやつには殺されねえよ」
『レディ』
リングの近くにいる司会のボブが、マイクを使って合図をする。ブレイドもシスルもほぼ同時にウェイブを発動した。シスルのものはパープルウェイブだった。
ブレイドは変わらず自然体のまま、シスルは腰を落として構える。
『ファイトっ!』
先に動いたのはシスルだった。
体を振り、間合いを詰めつつ、回し蹴り。
リズムのある、見栄えの良い蹴りだ。見栄えが良いから威力がないわけではない。体全体を使って遠心力で攻撃力を増幅させた蹴りだ。通常の回し蹴りより鋭さがある。
頭を側面から叩くようなものではない。振り下ろして脳天を割りに来る回し蹴りだ。
「ふっ!」
息を吹き、後ろへ回避(ドッジ)。
攻撃を避けられたシスルは着地し、後ろ足の踵落としにシフト。こちらも遠心力をつけての踵落としだ。
「ほっ、はっ」
半身になって踵落としを避け、さらに不意のローキックも足を上げてかわす。
ローキックから素早く、回し蹴りに切り替え。
「おっと」
ブレイドは腕を立て、もう片方の手で腕を支える形を取り、回し蹴りを防ぐ。
そしてすぐにシスルの軸足目掛けて蹴りを放つ。
シスルはブレイドの蹴りが届くよりも早く、片足で跳躍し、後ろに下がった。
両足を、着ける。
「なんと華麗な脚さばき、ってか」
「話す余裕が、いつまであるかしらね」
「お互い様じゃね」
ブレイドはポケットに手を入れる。
「なに?」
「ちょいと休憩」
水蒸気タバコを取り出し、ライターで火をつける。
タバコを咥えて、煙をくゆらせる。
「ふいぃー」
「……ふざけないで」
ブレイドは闘いの場でくつろぎ始める。
観客席から困惑の声や笑い声が聞こえた。
「まぁまぁ、気楽にやろうぜ」
シスルの眉間に皺が刻まれる。
来る。
両手を足に、足を拳に。
シスルは体を逆さにさせて、腰を捻って足を振るう。
「ウッ!」
声を出しながら、ブレイドは上体をそらせて蹴りを避ける。
シスルの足が煙をまとって振るわれた。
「ハーッ!」
つま先を立てて、足が振り下ろされるが、右肩を前に出し、身をひねって避ける。
つま先が通り過ぎた後は、踵で戻ってくる。
蹴り上げだ。
「ウッ!」
捻っていた体を戻し、体を思い切りそらせてブリッジをする。
足が蹴るのは煙ばかり。
「ハーッ!」
床を蹴って宙返り。
シスルとの距離を取りつつ、空中でさらに体を回転させて着地。構えを完了。
後ろ足を軸に、前足は少し浮かせて、拳は頭部側面を守るように。
「ウッハー! ……やっぱタバコ邪魔だな」
吸殻入れを取り出し、水蒸気タバコを押し込む。
構え直し。
そこへ足が飛んでくる。
ブレイドは腕を交差させ、その交差点で、振り下ろされた足を止めた。
シスルは足を逆向きに振るい、地面すれすれまで下げ足払いに切り替える。逆さになった体が元に戻ったが、手が足で、足が拳なのは変わらない。
軸足を払われたブレイドの体は宙を舞うが、その場で側転をしてみせ、前足を少し浮かせた構えに戻した。
シスルは足を振るい、ブレイドの胸部目掛けて後ろ蹴りを放ってきた。
遠心力をつけた蹴りだった。
「イエェ!」
タン、タタン、と。
ブレイドは靴の踵でリズムを刻みながらたたらを踏む。蹴りは避けきれず、腕で防ぎ、力を受け流す。
コートをばたつかせながらターン。両手を広げて余裕のアピール。
シスルは足をやっと地につけて立ち上がった。
「ダンスは楽しいか」
ブレイドの言葉にシスルは動きを止めた。
「……ダンス?」
「違うのか」
シスルは黙ったまま、ブレイドから離れる。
シスルの蹴りは確かに当てれば脅威となりえるものばかりだ。しかし、シスルの蹴りには闘いに必要なものがかけていた。
気だ。殺気といえばわかりやすいだろうか。
相手に当てる気のない蹴りなのだ。だから、動きに合わせてダンスを踊れば簡単に防いだり避けたりできる。
「わたしは、この技で実際に人を殺したわ」
「アンタのダンスについていけなかっただけさ」
ブレイドは右足を天に向かって突き上げる。
「じゃ、俺もダンスっちまおうかな……」
悪魔のような笑みを浮かべ、両手をコートのポケットへ。
「ただし、俺は当てに行くぜ?」
シスルは腰を低く落として構える。リズムを刻みながらその場でステップを踏んでいた。
ブレイドは上げていた右足を床に叩きつける。重苦しい打撃音が響き渡った。
そしてブレイドもステップを踏み始める。シスルのようなその場でのではなく、移動しながらの。
踵を上げた状態でのステップで前進し、シスルに近付く。
床につま先がついたとき、床を蹴る。重心移動をしつつ、自然でリズミカルな移動を。
フラップは、ハンズのリングで行われていると滑稽だ。
ブレイドは気にせず口笛を吹きつつ、シスルに脚を伸ばせば蹴りが届く距離まで近付く。
「ポゥッ」
口笛とフラップをやめて、シスルの視線と自身の足の向きが垂直になるようにする。
そこで行進を始めた。
タン、タン、タン、タン。
腕を振りながら、しっかり脚を上げて。
軍歌を鼻で歌いながら、シスルを軸に、周りを行進する。一周したところで足を強く床に打ちつけ、行進と鼻歌をやめた。
「ちょいと待てよー」
今度は後ろ向きで歩き始める。片足のつま先をあげて、もう片方はベタ足でスライドさせるようにする。
さながら床を滑っているように見えるだろう。
「ムーン、ウォークっとー」
行進した時とは逆向きに一周し、シスルの前でまた止まる。両脚を交差させ、シスルと向き合った。
「ただいま」
「ダンスにしては滑稽ね」
「お気に召さない? じゃあ」
ブレイドは右脚を上げる。
「そろそろ当てに行くぞ」
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