依頼

 パーティーから数日後、ブレイドはひとりである場所に来ていた。

 いかにも高級そうな赤い絨毯の敷かれた、執務室とでも言うのだろうか、そんなような場所である。

 豪邸の一室だ。自分の別荘ではなく、他人の豪邸である。

 この部屋、だけでなく豪邸の主とブレイドは知り合いだ。高級そうな木製の机に肘を立て、いかにもなポーズで男がイスに腰掛けている。

 客人用のイスなどはない。

 男の風貌はガタイの良いワイルドな雰囲気のするものだった。肩幅が広く、体格には恵まれ、オールバックの赤い髪がワイルドさを引き立てている。掘りの深い顔で、瞳は青い。

 名をシャンゴ・アグニ、という。

 過去にハンズをしていたが、今は現役を引退しており、こうして富豪で贅沢な毎日を……というわけでもないらしく、商売やネゴシエーションで金を稼いでいるそうだ。


「珍しいですね、貴方からわたくしのところに来るとは」

「できれば来たくはなかったがな」


 アグニは見た目のワイルドさにしては獣臭さのない男だ。むしろ理性的かもしれない。

 ただ彼の纏う雰囲気というのは賭け事に命をかける、ギャンブラーのようなものだ。理性的に見えて、心の器が欲望にどっぷり満たされている。

 赤ずきんをかぶった少女は、飢えた彼に喰らわれてしまうかもしれない。


「今回はどのようなご用件で」

「奪いたい奴隷がいる」


 アグニは興味深げに目を細めた。水のような瞳だった。もし、瞳孔を棒か何かでかき混ぜられるのなら、澄んだ瞳をたちまち濁らせられるだろう。


「女だ。リベリアの知り合いだ、俺は知らん」

「貴方の奴隷でしたね、リベリア様は」

「そうだ」

「ふむ。で、奪うのは何人で」

「四人らしい。親、娘、娘の弟」

「では、四人を買い取れるように交渉をすればよろしいのですか」

「違うな。交渉をしてアンタに直接買い取ってほしい」

「交渉、買い取り、対象の保護、ですか」

「イェス」


 一時的にシスルとその家族を助けても富豪の報復などがあるかもしれない。それを考慮して富豪が手出しできないような状況をしばらくの間、アグニにつくってもらう。

 奴隷から解放されれば解決、というほど上手くいくとは思っていない。


「難しい要求ですね」

「簡単だろうが」

「なら貴方だけでやっていただけますか」

「やってもいいが、アンタを頼った方が確実だと踏んだ。報酬はいくらでも出してやる」


 アグニはこめかみに人差し指をあて、唸り始めた。

 こいつは金よりも面白さを求める男である。ただ依頼を受けるのではつまらないのだろう。


「ちなみに娘はハンズをやらされてる。このまま行けば死ぬまでタダ働きだ」

「それはそれは、面倒くさそうですね。金稼ぎ目的の奴隷を奪うのは、実に面倒だ」

「知るか、やれ」

「これはお金だけで請け負うわけには行きませんねぇ」


 口角をわずかに上げて、首を振るアグニ。

 やがてパチン、と指を鳴らした。


「アンタだってハンズやってた身なんだ、強い女は興味の対象だろ」

「えぇ、本当に強ければですが。どうです? 強いんですか」

「正直、微妙なところだ」


 あくまで、シスルは家族のためにハンズをしているに過ぎないだろう。闘いが目的ではなく、主人に利益をもたらし、家族を守るのが目的。

 強いかどうか問われれば、そんなやつの強さは中途半端な領域だろう。


「なら、貴方がどうにかしてください。わたくしが思わず買い取りたくなるほどに」

「ちっ、面倒だな」

「簡単でしょう、何せわたくしを再起不能にしたのは貴方ですから」


 確かにそうだ。アグニを闘えなくしたのはブレイドだ。ブレイドとのハンズが元でアグニは引退した。

 アグニにとって闘いは楽しみの一つ、つまり趣味であり、さほど執着は無い。こうしてブレイドとアグニが対面しているのはアグニの執着の無さゆえだろう。

 あらゆるものに執着は無く、しかし執着が無いからこそ、あっさりといろいろなものに興味を持ち、己のモノにする。


 そういう男だ。


「毛色は違えどわたくしも娯楽を貪り食うものです、楽しみがなければ仕事を請ける気はありません」

「どういうことだ」

「貴方の依頼料をそのまま奴隷の買い取り額にします。そして、奴隷がハンズで買い取った額を稼ぐまで、つまり助けた金を返済するまでの期間=保護期間にします」

「まぁ、返済しきるまでにはあちらさんもあきらめてるかもしれんしな」

「いつまでも保護できるわけでもありませんし」


 嘘だ。やりようによっては一生保護下にシスルたちを置いておける。

 この男の戯れの一種だ。

 それに対しての文句は無い。シスルたちもいつまでもこの男に保護されていようとは思わないだろう。


「じゃ、頼んだぜ」

「何をおっしゃってるんですか、貴方にも動いてもらいますよ」

「わってる。指示書でも作ってくれよ」

「はい。では、貴方がトーナメントで闘う日にお渡ししましょう」

「あいよ」


 ブレイドは取引が終わったとみるやいなや部屋から出ようとする。

 その背中にアグニが言葉を投げた。


「丸くなったモノですね、貴方も」

「違うね、大人になったのさ」


 アグニの言葉を完全に否定して、ブレイドは名残惜しさのかけらもなく乱暴に扉をあけて部屋を出た。

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