願い
ハンズは負ければ終わりだ。ローレルのように相手を殺さずにいるなんていうのが珍しいぐらい。
殺し合いの場なのだ。殺されるかもしれないという恐怖が、相手を殺すという結果に繋がる。結果なだけで殺意を持って殺したわけじゃない人間もいる。そんな中途半端な人間が、殺し合いの場でふとした心の揺らぎが起きて敗北することも考えられる。
結果的に殺してしまう人間と、殺せる人間は違う。
シスルの主人は、それを理解している。
殺されたくないために相手を結果的に殺してしまうのではなく、負けられないために相手を殺せる人間に仕立て上げたかったのだ。
引き金はもちろん家族だ。
「だからなんだよ」
「シスル様のために」
「問題の先延ばしをしろってか? 次はデリーかローレルと闘うぜ。どっちも負けてやる気なんてないだろ」
リベリアの表情に影がさす。
「知り合いでもねえのに俺の楽しみを潰すつもりもねぇな」
「ご主人様は」
唐突に、突然に。
「私を、守ってくれますか」
リベリアは自分に関する質問をしてきた。
守る。
言葉にするのは簡単で、実行することは困難。
ブレイドは破壊する側であり、守る側ではないからだ。
「絶対に守るなんてことはできねえ。だから守れるのは俺の手が届くときだ……四六時中守ってやれないから、逃げる術は教えてやっただろう」
「奴隷なんて、いくらでも代わりは買えます。なのに、ご主人様はどうして私にそこまでしてくれるのですか」
「簡単だろ、代わりがいねえからだよ」
「いますよ、お金を払えば奴隷なんて」
「次買う奴隷もリベリアになんのか」
「……なりません」
「俺はお前に家の管理を任せたんだ。お前以外にやらせる気はねえ」
「そう、ですか」
リベリアの声はどこか嬉しそうだった。
表情は変わらない。ゆえに微々たる感情だろう。
変なやつだ。
家の管理をリベリア以外にやらせる気がないということは、逆に言えばリベリアを自由にする気はないということである。
なのに、それを喜ぶなど。いや、自分も同じだ。
――お前は、今のままで満足か?
過去に言われた言葉を思い出す。
違いがあるとすれば、きっかけがあったぐらいなものだろう。
「デリー様の代わりはいますか? ジェーン様の代わりは」
「いねえ」
「ローレル様の代わりは?」
「いねえよ」
「シスル様に家族の代わりはいません」
「だろうな」
「私はシスル様を知りました」
「たかが一回の会話だろうが」
「一回、確かにありました」
「…………」
「私は彼女の力になりたいんです、ブレイド様。ですが私に、力はありません」
リベリアが真っ直ぐ、ブレイドを見る。
「ブレイド様、助けてください。シスル様を、私を」
まぎれもないリベリア個人の意思で、リベリアは言葉を紡いだ。
「ですけど他力本願、ですよね。こんなの」
ブレイドはシスルとリベリアの間に何があったのかを知らない。シスルとの会話でリベリアが何を感じたのか、シスルがリベリアと話して何を思ったのか。
何も、知らない。
わからない。
知りたくもなければ、わかる必要もない。
ブレイドにとって重要なのはひとつ。
「……全く、最初からドストレートに言っちまえばいいんだよ」
「え」
自嘲気味な声を、驚きに変えてやる。
「他力本願で何が悪い。リベリア、お前にあって俺にないものがある。俺にあってお前にあるものもある。誰だって、手を伸ばしたくても伸ばせねえ領域ってもんがある」
リベリアの料理は美味い。自分じゃそれほどのものは作れない。
リベリアは自分の帰りを待ってくれる。自分で自分の帰りは待てない。
「お前じゃ届かねえ」
グラスを差し出して、リベリアのグラスに当てる。
チン、と。
空のグラスが音を立てた。
「俺も正直上手くやれねえ。だから、こういうときは慣れてるヤツに任せちまうのさ」
「慣れてる、ですか」
頷く。
本音を言えば、リベリアの願いくらい自分で解決してやりたいものだが、どうにも自分だけでは解決できそうにない問題らしかった。
「目には目を、歯には歯をってやつさ」
富豪は強盗などの標的にされやすく、自分の下に自分より強い獣を飼っていることもある。だからこそ、下の者に反逆されないように様々な対策を練っている。その下の者を救い出すのだ。完璧にやりきるのは個人では無理だ。
ハンムラビの理論は過剰も過不足も禁じる、同等に留めて平等に、報復拡大を潰す。
それと同じような方法を取ればいい。法律が正確に定められていない時代の考え方は、クライムに通用するだろう。
同等の奴らに「平等」にやってもらえばいい。
「ちょいと昔の俺じゃできなかったが、今の俺なら方法を知ってる」
だから、任されてやる。
今の己にできるのは、闘いだけではないのだから。
なんてことはないはずのパーティーで様々なものが少しずつ変わっていく。いや、影響が出てくるというのが正しいのかもしれない。
まるで歯車がゆっくり力を伝達するように、今まで得てきたものがゆっくりと人を変えていく。
ブレイドは笑みを浮かべる。
いつもの通り、楽しげな悪魔のような笑みを、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます