本音

 ベランダからはイルネスウォーのビル群が明かりをともし、暗い道を照らしたりしている。綺麗というほどの夜景ではないが、大きなビルが立ち並ぶ姿はなかなか見られるようなものではない。

 リベリアを連れてきておきながら、ブレイドはあまりこの景色が好きではなかった。そもそも、キングであったときのことがブレイドにとってあまり良いものではなかった。


「ここだと、星は見えないんですね」

「光はたくさんあるがな」

「綺麗ですけど、寂しい気もします」


 リベリアのグラスにリステルを注いでやり、自分のグラスにもいれる。リステルはシャンパンのように高級だが、アルコール度数も低い、飲みやすい酒だ。

 夜景を見るよりもパーティーを楽しみたい人が多いようで、ベランダには2人以外誰もいなかった。


「今更だが、乾杯でもするか」

「はい」


 控えめに、リベリアがグラスを差し出してくる。

 そのグラスに向けて、ブレイドもグラスを差し出す。


「じゃ、君の瞳に乾杯」

「……それを言いたかったんですか」


 グラスを当て、音を鳴らす。

 そして、互いにリステル飲んだ。


「ご主人様のスーツ姿、見慣れていないので少し新鮮です」

「普段着ねえからな。お前もドレスなんざしょっちゅう着る機会ねえだろ」

「機会があるのでしたら、ここのドレスを借りません」

「違いねえ」


 先ほどまでは一気に酒を飲み干していたブレイドだが、今回は味わうようにゆっくり少しずつ飲んでいく。

 リベリアは酒にあまり強くないのでいつも通り、ちびちび飲んでいく。


 ふたりきり。


 ただ酒を口にしつつ、夜風に当たる。

 大して話そうという気はブレイドにはなく、黙ったままでいた。リベリアも話しかけずにいる。

 パーティーの騒ぎようがどこか遠くにあるかのように感じられる沈黙。

 しかし、この沈黙は決して気まずいものではない。

 ただ、リベリアは気まずそうにしていた。恐らく、この沈黙をどうにかしようというのではない。

 何か、話したいことがあるのだろう。そして話すのが怖いのだ。

 俯いて、ただ酒を飲み続ける。


「酒、もう飲み終わってるぜ」


 空のグラスに口をつけたところで、ブレイドが教えた。


「あ」

「ニ杯目、いるか」

「いえ、後が怖いので遠慮しておきます」

「一杯だけかよ」

「炭酸の入ったお酒、結構酔いやすいのですよ」

「酒弱いお前じゃなおさらか」

「えぇ」

「もう一杯ぐらい大丈夫だろ、2杯目いっちまえよ」

「本当に一杯で十分ですから」

「酒飲めば口が滑ってつい話しちまうかもしれないぜ」


 リベリアは驚いたらしく口を開いてブレイドを見つめた。

 そして、わずかな間の後。


「……じゃあ、一杯だけ」


 小さく決心したように呟いた。


「へいよ」


 リステルを注ぐ。空のグラスが、満たされる。

 リベリアはそれを一気に飲み干した。


「ぷはっ」

「おっ、いい飲みっぷりだな。どれ、もう一杯」

「もういいです、もう、いりません」


 慌てて手を振り、三杯目を拒否する。頬がほんのり赤くなっていた。


「ならよ、俺に一杯注いでくれ」

「喜んで」


 二杯目を注いでもらう。


「サンキュー」


 グラスを目の前に持ってくる。

 リステルの中に夜景が沈んでいた。


「全く、世の中拳じゃ解決できねえことばっかりだな」


 誰に向けられているわけでもない、ブレイドのただの独白だった。


「……ご主人様?」

「気に入らなかったら拳でねじ伏せれば良い。けどそいつは潰しただけで解決じゃねえ。解決には話し合う必要がある、互いの気持ちを吐き出しあって、理解して、それでも衝突するなら戦えば良い。戦って、戦って、戦っているうちにまた話し合いをしたくなる。そんで話し合いをして、互いの気持ちを改めて吐き出しあう。また衝突すれば戦いだ。けどな……」


 リステルを、飲み干す。そしてリベリアにグラスを向けた。


「わかり合えれば解決だ」


 リベリアが三杯目を注ぐ。


「あのときに、もっと戦ってたら、もしかしたら違う俺になってたのかもしれないな」


 あのとき。

 ブレイドから見える夜景は、今のものではなかった。


「ま、もしもの話だ。現実は、過去は変えられない」


 リベリアに振り向き、瞳をのぞく。

 黒い瞳には、ブレイドの姿が映し出されていた。

 今の、自分だ。


「変えられねえから悪いってもんでもねえ。実際俺は今を楽しんでる。そんでもって、今を楽しむためには未来が必要だ。今この場でも未来はどっと押し寄せてくる」


 独白からリベリアへ。


「もし、もしもだ。変えるとするなら未来だ。戦ってもどうしようもねえことはある。戦わないほうが良いときもある。けど戦わなけりゃ、掴めないものだってある」


 話はそこでやめた。

 三杯目のシャンパンを少しずつ飲んでいく。

 沈黙がまた訪れた。

 心地の悪い沈黙ではない。ただの待ち時間だ。

 リベリアは気まずそうにしていなった。俯いてはいるが、迷ってはいるが、恐怖は霧散している。

 三杯目を飲み干す。

 ビンはもう空だった。ビンを返してもらい、ブレイドはそれでジャグリングのように遊び始める。


「……シスル様と闘うのですよね」

「おう」

「負けて、いただけませんか」

「なんでだ」

「シスル様には家族がいらっしゃるんです。お母様と弟様、ふたりとも奴隷として同じ主人に飼われています」

「へぇ」

「シスル様が負けてしまうと、ふたりとも、殺されてしまうんです。だから、シスル様は勝たなければいけないんです」


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