目覚めのジュース

 目が覚め、ローレルは上体を起こした。

 久しぶりに深く眠ったためか、頭痛がする。


「ここ、は」


 額に手を当てながら、ローレルは目を動かす。目蓋がひどく重たかった。

 ローレルがいるのは広く見える部屋だった。木目調の床、白い壁と天井、部屋の形は正方形に近いが、奥行きを感じやすい部屋だった。ローレルが体をあずけているソファは、部屋の中央付近にあり、ソファのすぐ前にはガラステーブルが置かれている。その更に奥のほうにはテレビがあった。やや大きめな棚の上にテレビが置かれていて、テレビの隣にはスピーカー、スピーカの隣にはディスクプレイヤーなどが置かれていた。


 ローレルから見て右側の壁には本棚とガラスケースが並んでいる。ガラスケースにはCDが入っているようだった。


 どうやら広々とした空間でくつろぐ部屋らしい。テレビとは反対側の壁は一部が切り取られたように空いており、階段になっているらしかった。

 部屋にはジェーンも男もいない。ローレル一人だ。

 ローレルの体にはタオルケットがかけられている。ブレイドの知り合いでもあるためか、決して悪い人たちではなさそうだ。

 視線を巡らせると、ガラステーブルの上に缶ジュースがあった。Dホッパーと書かれている。炭酸飲料らしい。

 缶の下には紙がしいてあり、ポニーテールの女の子がジュースを飲んでいるイラストが描かれていた。ジェーンが描いたのだろうか。


「飲んで、いいのか」


 ちょうど喉がカラカラで水分を欲している。

 缶ジュースを取り、片手で器用にフタをあける。

 プシュッという小気味良い音がして缶が開く。口元に持っていき、炭酸飲料を飲む。


「……まずっ!」


 喉を鳴らし、渇きを癒しているところで、不意打ちを食らう。

 まずかった。


 飲めないほどではないが、まずかった。フルーツを適当に混ぜた味がする。混ぜ方がよければおいしいのだろうが、味の良さを考えずにかき混ぜた感じだ。

 とはいえ、せっかく親切で炭酸飲料をおいてくれたのだ。全部飲みきらなければ失礼だろう。

 ローレルは意を決して炭酸飲料を飲み干す。


「ぷはぁ」


 味は最悪だが、眠っていて乾いた喉が潤った。

 ゴミ箱がどこにあるかわからなければ、空になった缶を捨てることはできない。仕方がなく、ガラステーブルの上に戻す。


「やぁ、起きたかいお嬢ちゃん」


 後ろから声をかけられ振り返る。壁の一部分が切り取られたようになったところから、ジェーンが部屋に入ってきた。どうやらそこは階段らしい。

 ジェーンはさすがに着替えていた。黒を基調とした赤いラインのあるライダースーツではなく、きちっとしたスーツ姿だ。


「今、仕事中なんでね。あまり長く話はできないけれど……Dホッパーは飲んだ?」

「え、えぇ」

「まずかっただろう、あれデリーの趣味」


 やーねとジェーンは、はにかんでみせる。デリーは、ローレルをソファまで運んでくれた男の名前らしい。どこか聞き覚えのある名前だった。


「イイ男なんだけどね、変なもんが好きなんだよ。わりと器用で、見た目とのギャップが凄くって……そこのイラストあるだろう? それはデリーが描いたのさ」

「え?」


 てっきりジェーンが描いたものだと思っていたイラストが、デリーの描いたものだと知り、ローレルは面を食らう。


「ははっ! 意外だろう。いかついおっさんだからって、話すときに緊張しなくていいからね」

「はぁ」


 ニコニコしているジェーンは、同性のローレルからしても眩しかった。ジェーンは色っぽく下唇に人差し指を当てる。


「そうだ。あたしはジェーン。ガード・ジェーン。普段は酒場の店長やってるんだ。あんたは?」

「ローレル。カレジ・ローレルだ」

「ふふん、ローレルちゃんね。可愛い名前じゃないか……いつまでここにいるかは知らないけどこれからよろしくねー」

「こちらこそ」

「じゃ、あたし仕事に戻るから」


 ジェーンはさっと唇から指を放し、ウインクをする。それから、身を翻して階段を下りていった。

 どうやら、軽く挨拶をしたかっただけらしい。

 タオルケットをどかし、立ち上がる。眠気が完全に取れず、気だるさがあるが、じきになくなるだろう。ローレルは腕を上げ、背伸びをする。思い切り空気を吸いこみ、吐き出すと共に腕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る