道筋

「よぉ、良く眠れたか」


 声がした方を向く。

 ジェーンが降りていった階段のところから、デリーが来ていた。

 スキンヘッドに顎鬚が特徴的な男だった。二メートルほどはあろう身長と、丸太のように太い手足、その様は巨人である。

 デリーはどこか見覚えがある男だったが、ローレルはどこでデリーと会ったのかまでは思い出せなかった。


「あぁ、おかげでスッキリした。ありがとう、助かった」


「気にするな、オレは大したことはしていないしな。お、Dホッパー飲み干したのか? まずかっただろう」

「ま、まずかった」


 正直に答えると、デリーは高笑いした。


「まずいがな、味がクセになってたまに飲みたくなるんだ。ちょいと、それでからかいたかったのよ。悪いな」

「飲めないほどではなかったから、別に構わないが」

「そうか。そりゃよかった」


 デリーはソファまで歩いてきて、座る。


「少し話をしようか、まぁ横に座れ」


 特に従わない理由もないので、距離をあけてソファに座った。真剣な顔つきで、デリーはローレルを見る。


「改めて自己紹介させてもらうぜ。俺はガード・デリーだ、ハンズで金を稼いでる。俺のウェイブは青だ」

「私はカレジ・ローレルだ、よろしく」

「あぁ、よろしく。ブレイドから話は聞いてるぜ。オマエと一度闘ったことがあるから、強いのはわかってるつもりだ」

「闘ったこと?」

「オマエが初めてウェイブを使えるようになったときだ。相手をしてやっただろう?」


 ブレイドが仕掛けや演技までして、ローレルにウェイブという力を扱えるようにした日。ローレルの敵役としていた男がいた。思い出してみれば、デリーと体の特徴も声も同じだ。ブレイドがあの男を紹介したときに、デリーの名前を口にしていた気がしなくもない。

 しかし、精神的に余裕がなかったローレルはあのときのことをあまり覚えていない。


「ま、覚えてないのも無理ないか」

「すまん」

「オレもウェイブが使えるようになったときの記憶はぼんやりとしか覚えてねえ。相手の顔さえまともに思い出せない……オマエも同じようなもんだろう。気にするな」


 それより、とデリーは話題を切り替える。


「廃墟に住んでたんだってな。次からはやめとけ。宿も宿で信用ならないが、廃墟よりはマシだ」

「あぁ。でも、早く金がほしいんだ」


 デリーは意外そうな顔をした。


「金? オマエが金をほしがるような女には見えないんだが。何か買いたいのか?」

「会いたい人がいる」


 デリーは片方の目尻をあげ、少し考えこむ。やがて、何かを思い出したらしく指を鳴らす。


「ロイヤー・ハーメルンか」

「なぜわかった」


 驚くローレルに、デリーは得意げに笑った。


「一度闘ったことがあるのさ、ハーメルンにな。拳の使い方が、そういやオマエとよく似てる……なんてバトルスタイルだったか……ブレイドが言っていた気もするが忘れた」

「闘った? 勝ったのは」

「ハーメルンさ」


 にべもなくデリーが答えた。


「いや、気持ちの良い敗北だった。そこそこ満足できたさ」


 デリーの強さはわからない。だが、鍛え上げられた筋肉を見る限りは、弱くないことはわかった。服の上からでも、どれだけ鍛えられているかわかるほどだ。筋肉が鎧のような、そんなデリーを打ち負かしたハーメルン。どうやら、父レパードを倒したときよりも強くなっているらしい。

 年齢だけを考えれば、もうボクシング選手としては引退してしまっているであろうが、ハンズでは関係ないだろう。


 拳を握る。


 自分は闘えるのだろうか。


「普通にやってもハーメルンに挑戦できないぞ、どうするつもりだ」

「わからない。ただ、ハーメルンのいる都市……イルネスウォーで名を上げればいいんだろう」

「急がば回れ、というがハーメルンがハンズから手を引くまでにオマエができるかどうかだな。アイツもそろそろ歳だろう、金もたんまりあるからいつやめても生きていける」

「できるかどうかじゃなく、やるしかないんだ。やらないと」


 真っ直ぐにローレルはデリーを見る。

 デリーは楽しげに口を開いた。


「博打をやってみないか」

「……博打?」

「あぁ、そうだ。博打だ」


 デリーは頷きながら続けた。


「だが確実にハーメルンにたどり着ける。もちろん勝てばだがな」

「本当かっ!」

「本当だ」


 デリーはニヤリと口の端を吊り上げる。ローレルはその博打とやらの期待に胸を躍らせた。

「近々、三つ大会が開かれる。そのうちのどれか一つに参加し、その大会で優勝すればハーメルンとの闘いをかけたトーナメントに参加できるんだ」

「トーナメント、か」

「あぁ、そうだ。それにはもちろん、オレもブレイドも参加する」

「ブレイドも?」

「あぁ。ただし、三つの大会には参加しない。俺とブレイドはもうトーナメントの席を埋めてる」


 ということは、デリーもブレイドもハーメルンに実力を認められている人物ということだろうか。ブレイドのあの強さならば、納得だ。デリーはよくわからないが、しかし強いのだろう。


「……だが、きっとブレイドはわざわざ大会に参加するだろうな。あいつは、場を引っ掻き回すのが大好きだからよ」


 三つの大会。そして、ブレイドとデリーが敵になるトーナメント。

 確かに博打だ。大会だけでも強敵がいるであろうし、トーナメントなんてあからさますぎるくらいだ。しかも、デリーの予想だとブレイドが大会を引っ掻き回す。

 勝てれば今までにないハーメルンと闘えるチャンスだ。しかし、一度でも負ければ、おそらくハーメルンとニ度と闘えなくなるだろう。


「……大会は、今回だけなのか」

「あぁ、今回だけだ。次もあるかもしれないが、今回でハーメルンが負けちまうかもしれねえぜ?」


 拳をあわせ、デリーが挑発する。獲物がほしければ奪い取ってみせろ、とでもいいたげだった。


「どうする?」

「少し、考えることにする」

「そうか」


 デリーはそれ以上追及しなかった。立ち上がって、階段に向かって歩き出す。


「ここにいるのも、出て行くのも自由だ。旅は気の向くまま、だったな」


 振り返りもせず、デリーは髪のない頭をかきながら、階段を下りていった。


「ありがとう」


 デリーの背中に、ローレルは届くか届かないかわからない礼を述べた。

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