再びの戦い
数日後のトリーホール競技場。
リングの上にブレイドはいた。もちろん、決勝戦を行うためだ。そして眼前にはあのサイファーがいる。
「まさかテメエが元キングだったとはな。腰抜けブレイド」
サイファーがからかうような笑みを浮かべる。
確かにブレイドは数年前、キングをやっていたことがある。退屈すぎてやめたが。
腰抜けブレイド、というのは闘わずしてキングをやめたブレイドにつけられたあだ名だ。
「その腰抜けに仕事仲間殺されて、あげく逃げた間抜けは誰だ」
挑発には挑発で返す。
ブレイドの返しに、サイファーは笑みを消し、怒りを表情に刻み付けた。
『レディ……』
合図の声が響く。
ブレイドはおとなしく始まりが告げられるのを待つつもりでいた。
だが。
「この間の借りを返してやるぜぇ!」
サイファーは合図を待たずに、ブレイドに突っ込んできた。ブレイドはコートのポケットに手を入れたまま、あくびをする。
「どうでもいいけどよ、合図くらい待て」
「知るかアホが」
黒いウェイブを発動したサイファーは右拳を握り締め、放つ。ブレイドはコートのポケットから左手を出し、レッドウェイブを発した。
左手でサイファーの拳を受け止め、弾くべく力を入れる。しかし、拳を弾くどころか、逆に拳をねじこまれ、ブレイドは左腕を殴り飛ばされた。
「……は?」
ブレイドが小さな驚きに思考と動きを止めた刹那、サイファーは脚を振り上げ、蹴りを放った。お手本にしても良いぐらいの前蹴りは、ブレイドの鳩尾に突き刺さる。
痛かった。
「へへっ! 死にやがれテメェ!」
サイファーは前蹴りをした足をすぐさま床に付け、懐に潜り込んでくる。屈めた体、右拳は腹の前。サイファーは下から上へ、思い切り腕を振り上げ伸ばす。
これは、アッパーだ。
アッパーはブレイドの顎に直撃し、体を宙に浮かせる。サイファーはさらにブレイドを追撃すべく動こうとしたが、ブレイドが体を宙に浮かされた状態で、サイファーの胸を蹴った。
反転して、ブレイドは着地する。パンチの衝撃は体を微妙にそらすことで受け流したため、ダメージはほぼなかった。
サイファーは胸の前に両腕を立て、顔の前辺りに拳を構え、ブレイドに再度突っ込んでくる。
ブレイドは左脚を畳み、力をこめる。そして一気に力を解放した。矢のごとく飛んだ蹴りは、サイファーの両腕を弾き飛ばす。サイファーは体を左にそらし、衝撃を受け流しながら後退した。いや、させられたのだろう。踏みとどまろうとしたサイファーが、あまりの蹴りの威力に踏みとどまれなかったのだ。
「危ねぇ、ガード越しじゃなけりゃ冷や汗もんだぜ」
わざとらしく手で顔を仰ぎながら、サイファーが呟く。余裕を見せたいのだろうが、その隙をつかないブレイドではない。
ブレイドは両手を床につけ、側転をした。
「ロンダート……」
体を曲げ、地に足が着く前に腕をバネにして跳ぶ。
「キィック!」
そしてその状態から蹴りを放った。威力などさほどない、完全に遊びの蹴りだった。体の伸びきった蹴りが、どれほどの威力を持つのであろうか。いや、持っていたとしても隙だらけの技だ。実用性はない。
サイファーは左脚を軸に、右の横蹴りをブレイドの腹に叩き付ける。
「ぐへぇっ!」
情けない声を上げて、ブレイドは転がった。観客たちが爆笑する。ブレイドは転がる勢いが弱くなると即座に立ち上がってみせた。
そこへ、先程と同じように胸の前で両腕を立てたサイファーが、前傾の姿勢で迫ってきていた。サイファーは脇を締め、左拳を真っ直ぐ突き出す。
これは、ジャブだ。
ブレイドは腕を交差させてジャブを受ける。三発受けきった後、ブレイドの鳩尾にサイファーの右拳が突き刺さってきた。
そこへ攻撃が来ることは予想できた。だからこそ、腹部全体に力を入れて、衝撃は抑えてある。だが、それでも拳の威力はいくらか貫通して、ブレイドにダメージを与えた。
「ちぃ!」
「オラオラァ! どうだ、テメエが助けたやつの技を食らう気分はよぉ」
サイファーは左のジャブを連打し、ブレイドの防御を崩しにかかる。ジャブの合間に右のボディーブローをはさみ、ブレイドの頭から防御がはずれるのを待っていた。完全にローレルのボクシングをコピーしきっていた。
「こいつはいいや。今までで一番使いやすくて威力の出るパンチだぜ、キャハハハッ。感謝しねえとな、あの女に」
ベラベラしゃべりながらもサイファーは殴る手を休めない。ブレイドをサンドバッグのように叩いている。
「オラァ!」
左アッパーが、交差した腕を下から弾き、防御を破壊する。そこへサイファーの右ストレートが放たれた。ブレイドは顔面にまともに受け、よろめく。追撃から免れるため、バックステップを踏んで、距離をとった。
「……使いやすい?」
サイファーから離れたブレイドが、ふと疑問を口にする。
「ローレルの使ってる技が、使いやすいってか」
「そうさ。お礼に今度、あの女とたっぷり遊んでやらねえとなぁ」
狂喜のあまり舌を出しながら、サイファーは笑う。恐らく、ローレルを拷問するときのシーンでも妄想しているのだろう。
――ローレルの使っているボクシングの技が使いやすい?
「はっ、冗談だろ」
ブレイドはサイファーをバカにするように吐き捨てた。
ローレルの拳は響いた。重く、芯のある、響く拳だった。
何度も何度も気の遠くなるほど振るい続けて振るい続けて、そうして手に入れたであろう拳だ。
あいつの技は便利な道具じゃない。
使いやすいだなんてふざけた言葉は、ぶち壊してやる。
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