コミュニケーション
ブレイドが入浴を済ませて戻ってくると、リベリアはソファに横になり、寝ていた。ワインは飲みきっていないのか、どこかに仕舞ったらしい。テーブルの上にはなかった。
身を丸めて猫のように眠っている。
「ここで寝んなよ……」
ブレイドは眠っているリベリアに歩み寄り、抱え上げる。いつもよりリベリアの体が温かかった。
足で扉を開け、リベリアの部屋に入る。
「ご、主人様……」
「おう、起きたか」
眠たげに瞳を開いてブレイドを見上げてくる。小さく開いた唇が可愛らしかった。
ベッドの上にリベリアを下ろす。リベリアの頭を優しくなでてやる。リベリアは体をベッドに埋め、目を細めた。
「私、重くなかったですか」
「お前程度の体重で重いとか感じるヤワな体はしちゃいねえさ」
拳を握り締め、顔の前に持ってくる。
「まぁ、前に比べちゃ体重は増えてるな」
「っ!」
ブレイドの言葉を聞いて、リベリアは自分の体を庇うようにして抱きしめる。
「な、なぜわかるのですか」
「そりゃ、お前のご主人様だから」
自分の体に伝わってくる感触で、リベリアの体がどれくらいの重さなのか、この前と比べてどうなのかぐらいブレイドにはわかる。
「安心しろ。痩せすぎな体に肉ついて、成長して背が伸びたから体重が増えたんだよ。太ったわけじゃない」
「細かくおっしゃらないでください」
リベリアが赤くなった顔を隠すので、ブレイドはリベリアの耳元で囁いてやった。
「色っぽくなったな、お前」
「やめてください」
「恥ずかしいか」
「恥ずかしいです」
「昔はこんなにいじり甲斐なかったんだがな」
リベリアを買ったころは、リベリアに感情というものはほとんどなかった。ただ、主人から言いつけられたものをこなし、言われた通りに動く。
体だけ動いて、精神は死んでいる。人形のような少女だった。
ブレイドとしては、今のほうがいい。からかい甲斐があるし、可愛げがある。
「そういえば、腕をマッサージするんでしたよね」
「話反らしやがったな……まぁ、いいさ。頼むぜ」
「はい」
リベリアは上体を起こして、ベッドに座る。隣を手でぽん、ぽん、とニ度叩いた。
「ご主人様、ここに」
「へいよ」
リベリアの右隣にブレイドは座る。ブレイドの服装は清潔なものに着替えてあり、室内でコートなんて着ていられないのでシャツとハーフパンツだ。
「失礼します」
繊細そうな手が、ブレイドの肩に触れる。
「加減しなくていい」
「わかってます」
リベリアはゆっくり、ブレイドの肩を揉み始めた。両手で肩を挟み込むようにして、手の平で圧迫し、指でほぐす。これから、指先までやっていくのだ。
特にマッサージなどなくてもブレイドは問題ない。ただ幼いころはよくやられた。骨の位置がずれたりしたために、整体を目的としたマッサージを師に受けた。
「気持ち良いですか」
「まあまあだな」
こうしてマッサージを受けるのは、一種のコミュニケーションでもある。ただ単に気持ちが良いからというのでもあるのだが。
ふたりで一緒にいる時間を、こうして取るのだ。別に話をする必要などない。ただ自分の体に触れさせるだけ、マッサージを受けているだけで良い。
リベリアは会話をすることに慣れていない。ふたりでいるときに沈黙が続くと、何か話そうとするのだが、思いつかずに結局黙ってしまう。別に無理に話す必要はないというのに。使わなくともいい気を使うのだ。リベリアをそうさせるのは、ブレイド自身に原因があるのかもしれない。
リベリアには話をしておかないと、引きとめておかないと、ブレイドがどこかに行ってしまうような錯覚があるのだろう。
だから、ブレイドは黙っていても問題ない時間を作ることにした。例えば映画を一緒にみるだとか、こうしてマッサージを受ける、といったものである。
不器用なりの気遣いだ。
毎日は無理だ。同じことを何度も繰り返していくと、コミュニケーションも機械的になる。
娯楽もそうだ。毎日映画を見ようと思って見るのでは面白みにかけてしまう。見たいと思うからこそ娯楽の面白みが増すのだ。だから、見たくもない気分で見る娯楽など暇つぶしにもならない。
欲望に身を任せて楽しむのが、ブレイドの娯楽である。
閑話休題。
ようはリベリアと適度に距離を近づけて、適度に遠ざけなければ良い関係を保つことは出来ない。それはブレイドがリベリアを「奴隷」として買ったからであり、リベリアの意思でここにいさせているわけではないからである。
ブレイドは闘いがなければ生きていけない。リベリアとは違う人種だ。
違う人種だから、埋められない溝がある。それが良い悪いという話ではない。
ただ、ずっと一緒にいられる関係ではないというのは確か、というだけ。
「反対側しますね」
「おう、頼む」
左手を下げ、右手を差し出す。
「この体勢だと、肩がしっかりできませんよ。私が反対に行きますので」
リベリアがブレイドの左隣から右隣に移動する。そうして、右腕を掴んだ。
「では、やっていきます」
「任せた」
右腕全体の力を抜き、リベリアに任せる。リベリアは左腕と同じように肩からほぐしていく。
「あの、ご主人様」
「なんだ」
「筋肉って、その……人によって違うんですね」
「当たり前だ。デリーと俺なんか明らかに違うだろ」
「えぇ、ローレル様も」
「男と女じゃ体の構造から違うだろうが」
「そうですけど。なぜ、筋肉の付き方が違うのですか」
「格闘技に限っていうが、何をやるかによって必要な筋肉、不必要な筋肉がある。ただつけりゃいいってもんじゃねえ。デリーのやつは、あの体格でパワーを敵を叩き潰そうとするからこそ筋肉の塊みてえな体してるんだ。ローレルは右拳だけしか攻撃手段がねえからもちろん右腕を鍛えてある。女らしくしなやかさのあるもんだ。脚力も必要だが、普通のじゃダメだな……バネみてえな伸び縮みするやつじゃねえと」
「ご主人様は」
「ローレルに近いのかもしれねえな……っておい、いきなりこんなこと聞いてきてどうすんだ」
「い、いえ……この前ローレル様にマッサージをさせていただいたことを思い出して、なんとなくです」
おそらく、マッサージをしているときに筋肉の付き方や硬さの違いか何かに気付いたのであろう。だからいきなり、こんなことを聞いてきたのだ。
「変な趣味に目覚めたとかじゃねえよな」
「ないです。終わりましたよ」
リベリアが右腕のマッサージを終えて手を離す。ブレイドは両の拳を握ったり開いたりして感触を確かめた。腕がいつもより温かく、動きもスムーズだ。
「オーケー、上等だ」
立ち上がり肩を回し、首を左右に傾ける。
「サンキュー、リベリア」
「いえ、私の役目ですから」
「今日の俺は気分がいいから褒美をやろう、何でも言え。あぁ、そういや大会の賞金はお前が好きに使っていいぞ。服でも何でも好きなもん買えるぜ」
ブレイドが振り返ってみれば、リベリアは胸に手を当てて聞いてきた。
「ご褒美……本当に何でも、ですか」
「俺のできる範囲でな」
「ご主人様にできないことあるのですか」
「あるぜ、神に祈りを捧げることとかな」
ブレイドが小ばかにしたような笑みを浮かべてみせるとリベリアは小首を傾げた。
どうにも、通じなかったらしい。
「んなことより、何がいいんだよ」
「え」
リベリアは両手の人差し指をつけたり離したりしなあら、目を泳がせる。
「ご一緒に、どこかに出かけられたら、いいです」
「欲がねえやつだな。まぁいいぜ、今度どっか行くか」
「はい、お願いします」
ブレイドがリベリアの頭に優しく手を置くと、リベリアはぎこちなく笑みを浮かべた。
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