マスター
それはマグナムらしかった。
銃を持つ右手、右腕、肩……と視線を辿っていくとそこにはマスターがいた。向かい側のカウンターから腕を突き出し、ニット帽をかぶった男の口へ銃を入れていた。クライムに銃等の持ちこみは禁止されている。となれば、マスターの持つ銃はクライム内で手に入る銃であろう。
マスターのかけているメガネが照明の光を反射し、白く発光していた。
「わたくしにとってお客様は神様でございます。ただし、それはお酒やデザートをおいしそうにいただいてくださる方たちに対してです。あなた方のように、他のお客様にご迷惑をおかけするような方々は『害虫』です。早々にここを立ち去っていただきたい」
マスターは腕に力をこめ、話を続ける。
「……害虫がどうなるか、わかりますよね」
こんなときでも営業スマイル。しかしそれは、ニット帽をかぶった男に恐怖を与えるのは効果的だったであろう。
「料金はもちろんいただきますよ。早くお金をおいて、出て行ってもらえますかね」
ニット帽をかぶった男は必死に頷いた。
「クソッ」
虫の居所が悪かったのだろう一人の男が、腹いせなのかマスターに金を投げつけた。
マスターは左手で金をキャッチし、
引き金を引いた。
耳をつんざくような轟音が鳴り響き、ニット帽をかぶった男の後頭部から、血と鉛の弾が飛び出す。鉛の弾はそのまま、ニット帽をかぶっていた男の後ろに立っていた別の男にまで牙をむき、額を穿つ。
ローレルはたまらず、目をそらした。
銃をニット帽をかぶった死体から引き抜き、マスターは息を吐く。
「失礼。死体が二つ、できてしまいました。店内の後処理は責任を持ってわたくしがいたしますのであなた方はカウンターに料金を置き、死体を持って出て行ってください」
淡々とした口調で、マスターが告げる。
男たちはびくびくしながらも全員料金を払い、死体を抱え、殴られて歯が折れたらしい男をかばいながら酒場を次々と出て行った。
「……ふぅ」
ローレルはウェイブを解き、女性の隣にあったイスに座り込む。そして、どっと疲れが増したことを実感した。
「ふふっ、あははははっ! ホント情けない男たちだねぇ」
女性は腹を抱えて笑い出した。本当に、愉快そうだ。
「申し訳ありません、お客様。ご迷惑をおかけしてしまって」
「いいのよ別に! あんな間抜けな姿見れたんだ、むしろ愉快だよあたしゃ……それより、あんただよ」
笑いすぎで出た涙を指で拭いながら、女性はローレルの肩に手を置く。
「血は見慣れないのかい? 見たところ気分が良くなさそうだけれど、大丈夫かい」
「大丈夫だ。確かに、人が死ぬのを見るのはあまり慣れていないがな」
もしも疲労が溜まっておらず、ローレルの体力に余裕があったのならば、目の前の惨劇に心を痛めたのかもしれないが、心底疲れきったせいで思考が上手くはたらなかなかった。
「いろいろとウブだねあんた、可愛いよ」
「は、はぁ……」
急に可愛いなどといわれても、そういう類の言葉をいわれなれていないローレルは反応に困ってしまう。
マスターは雑巾を持ってきて、床やテーブルについた血を拭き始める。数分もしないうちに血は全てふき取られた。マスターは血塗れた雑巾をどこかへ持っていき、戻ってきたときには雑巾はなくなっていた。捨てたのか、消毒と漂白のために浸けこんでいるのかのかはわからない。
「お客様、最近ちゃんとした睡眠を取っていないのでは?」
マスターが心配そうにローレルにたずねてくる。的確に、まともに睡眠を取っていないことを当てられ、ローレルは少し驚いた。
「そうだが」
「疲労が溜まっているでしょう。もしかして、休憩するためにここに寄ったのだとか」
「よく、わかったな」
「疲れているのは一目瞭然、ステップの踏み方がぎこちなく目蓋を重たそうにしていらっしゃるので……そうなればお酒を飲まない貴女が、ここに立ち寄った理由も予想できます。もちろん、情報を得るという目的もあったのでしょうが……まことに申し訳御座いません、疲れていらっしゃるお客様に無駄な体力を使わせてしまって……」
「いや、いいんだ」
むしろ、さっさと男たちを追い払ってくれたことに感謝してしまいそうなぐらいだった。別に、男たちに負けるとは思っていないが、何の利益にならない闘いを今はしたくなかった。
「しかし、わりかしあっさり出て行ったねぇ、やつら」
クスクス、と笑いを漏らしながら女性が呟く。その疑問に、マスターはあっさり答えてくれた。
「闘い慣れている、ウェイブを扱える方々は普通ここにはいらっしゃいませんから。銃で脅せば、逃げ出すような人ばかりです」
「へぇ、つまりあれかい。ここにいるお嬢ちゃんは珍しいタイプのお客かい」
ローレルは女性に肩を叩かれる。女性はなかなかフレンドリーだ。
「えぇ、そうです。女性客はよくいらっしゃいますが、ウェイブを扱える方は……初めてかもしれませんね」
「ファーストレディってやつかね」
「それは意味が違うのだが」
「そう?」
明らかな間違いをするあたり、女性には少し抜けたところがあるらしい。
「最初の女性という意味なら間違っていませんが……ファーストレディというのは、クライムに縁のある言葉ではありませんよ」
「ふぅーん」
マスターの補足に、女性はわかったような、わからないような微妙な表情で首を傾けた。
「ま、いいや」
わかっていないらしい。
女性は男たちがいた方へ向けていた体を、カウンター側に戻す。グラスを持ち、酒を一気に飲みほした。
「いやー、楽しかった、面白かった、愉快だった。パフェもお酒をおいしかったし、文句なしだ」
「ありがとうございます」
「じゃっ、あたしゃこれで失礼するよ。いくら払えばいいんだい」
「タダです」
それを聞いて女性は目を丸くした。
「は? なんでだい」
「お客様にご迷惑をおかけしたからでございます」
「別に構わないってぇのに……まっ、払わなくていいってんならそれでいいけどね」
女性は立ち上がり、出入り口に歩いていく。
「またのご来店、お待ちしております」
マスターが女性に向かって、丁重に礼をする。
女性は扉を開け、一度こちらを振り返ってから
「じゃあねー」
と。
手を振り、酒場を出て行った。
ローレルは自分がまだノンアルコールのシンデレラを飲み終えていないことに気付き、グラスが置かれているカウンターテーブルの前まで移動し、イスに座りなおす。
「お客様、何かご注文はございますか? よろしければ一品サービスいたしますが」
「そう、だな」
ローレルとしてもタダで何か飲み食いできるなら、注文をしたくなる。しかしローレルには酒がわからない。
しばしの間悩み、そして女性が食していたものを思い出した。女性の食べっぷりは、おいしそうであった。
「ちょ、チョコバナナパフェをひとつ」
あまりパフェなどは頼まないローレルであるから、注文は多少ぎこちなかった。
そんなことをマスターは気にするわけでもなく、穏やかな笑みを浮かべ、テンプレートな言葉を返した。
「かしこまりました」
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