黄昏

 ローレルが今まで、ウェイブを使えなかった理由。


 それはローレル自身が覚悟をしていたことになった。他人ができないような覚悟を、ローレルは持っていた。しかし、ローレルにとってその覚悟は基準であって、未知の力を引き出すにはもっと、強い想いが必要だった。


 例えば、人を殺さないと決めていたローレルが、人を殺そうとするならば……


 そう思ったブレイドの考えついた方法がこれだった。


「初めてか、女に泣かれるのは」

「いや。けどよ、あんな風に泣かれるのは初めてだ」


 廃墟で二人。話をする。

 いるのはデリーと、ブレイドだけだ。ローレルは気を失ったため車に運び、リベリアに頼んで家に戻すことにした。ローレルが気絶したのは、慣れない波動を使ったからであろう。とはいえ初めてとは思えないほど、力を制御できていた。


「ところで、あいつのウェイブなんだが」


 デリーが顎に手を当てて、こちらを向く。


「見たこともない色だ、か?」


 デリーが頷く。


 ウェイブの色は赤、青、紫、緑、黒、白の六つだ。知識的には六色あると把握できているものは一部だが、基本的にそうである。


 だが、ローレルの色は黄色だった。黄金を思わせる、神々しい色。つまりローレルは七つ目の色を引き出したということになる。


 しかしながら、ブレイドは知っていた。過去に一度会ったことがあったからだ。ゆえに驚きは、ない。

 そんなブレイドを察してなのか、デリーが問いかけてくる。


「オマエは知ってるのか」

「まあな。因縁みたいなもんで、あのウェイブを持っているやつと闘ったことがある」

「強かったか? そいつは」

「めちゃくちゃ強かったぜ」


 自嘲気味に、ブレイドは笑みを浮かべる。


「殺してやったけどな」


 懺悔のように言葉を放ち、ブレイドはため息を吐いた。

 黄金のウェイブ。

 かつて、出会ったものだ。そして、殺したものだ。これでもう終わりなのだと、だから安心しろと、そう思って殺した人間が使っていたウェイブ。

 もうないと思っていたウェイブを、ローレルが引き出した。驚きこそしないものの、それが不思議でならなかった。


 その特性は全強化。骨格も強化する、筋肉の性質も攻撃的で防御力もあるしなやかなものに変え、全てを強化しきる。他の色と違って尖っていないことが、尖っているそれが黄金のウェイブ。


 出会って、別れて、また出会う。


 一人目と二人目に出会う確率はどれほどのものなのだろうか。運命など信じないブレイドでも、運命と呼べる何かよくわからない力を感じずにはいられなかった。

 昔を思い出す。

 自分はその世界の中心であったのに、今から思え返せばまるで遠い世界の出来事のようだった。


「科学者の話を聞いてくれるか」

「聞いてやってもいいが、面倒なのは勘弁してくれ。複雑な計算は無理だ」

「単純な計算も無理だろ」

「バカ言え」デリーは頭皮を指でさすりつつ「店やってんだ」

「まぁ安心しろ。計算なんざいらねえよ」


 ブレイドは水蒸気タバコを咥えた。

 火をつける。

 煙がゆっくり、空気を流れていった。


「もしもの話だ。神なんていうバカげた存在がいるのなら、神はなぜ人間に神と同じ能力を与えたんだろな」


 黄金のウェイブの記憶を、引きずり出しながらブレイドは語る。


「同じような姿、理性、思考力。なぜ神ではなく人間なのか……人間でしか成しえない何かを神は託したのではないだろうか」


 ――私はそれが知りたいんだよ。


「生物は進化をする。だが、人は周りのものを発展させて自ら進化をせずに退化していってしまっている。環境がいけない、人の生活を退化させて、人を進化させねばならない。それをしなければ、神の領域には辿り着けない」


 紫煙をくゆらす。

 虚ろな目で煙の行方を追い、言葉を綴る。


「重要なのはバランス、クライムは人が進化するためには最適の場所だ。ゴミ箱に捨てられるのは宝石ばかり……となれば、ゴミ箱をあさる者も出てくる」


 ――それが私だよ。


「ウェイブは、宝石だ。人の進化の証だ。クライムで起こった進化だ」


 一つ一つ、古ぼけたページだが、文字ばかりは鮮明で文章だけは克明だった。言葉はブレイドの口から自然に吐き出されていく。


「神話では人が神になることもある。単なる話と言えば終わりだが、神として元々生まれた身よりも、人としてワンランク下の身から神になったほうが能力が優秀だったりする」


 もしも、もしも、なんて前提を覆せば何も成り立たなくなるようなことにしがみつき、からみついている狂気。


「より優秀な子孫を残すように、神は優秀なコピーを残したかったのではないだろうか。ウェイブは、神の身に辿り着く過程なのではないだろうか」


 マッドサイエンティストのひどい話は、穴だらけであるのになぜか頭に残った。

 もしも、を脱しない。しかし、真実を見ているような瞳。


「黄金のウェイブを持つ者は最も神に近付いている人間だってな。要は全ての色の性質を内包していたのさ」


 だから勝てない。あれこそが最強だ。

 自慢げに語る、あの科学者の気味悪い笑みがぼんやり浮かんできた。


「オマエは倒したんだろ、ソイツ」

「おう、殺してやった」


 にでもなく答える。


「ウェイブが強さの決定条件じゃねえ、当たり前の話だ。神だかなんだか意味わかんねえ御託並べられてもぶちのめすもんはぶちのめす」


 だがな、とブレイドは続ける。


「ウェイブは心の強さだ。だからローレルのウェイブは」

「神の領域、ってか」

「凄い大袈裟だけどな。ま、精神力がけた違いなんだろ。神なんざいないし」

「オレはいると思うが」

「なんでだ?」

「ぶん殴れた方が面白い」

「いいな、それ。ぶん殴るときは俺も混ぜろよ」

「おうよ」


 デリーは頷き、しばし考えるようなしぐさをしてから言った。


「だが、神がいるのだとしたら、一番早くそいつに会えるのは誰だろうな」

「さぁな。もう会ってるやつがいるかもしれねえぜ」

「もしも、まだ誰も会えてないのだとすれば、だ。俺は……」


 指をさしてくる。


「ブレイド。オマエだと思うぜ」


 ブレイドは否定も肯定もしなかった。

 ただ煙の中で、悪魔は笑う。

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