爆発
たどり着いた場所は廃墟であった。
灰色に変色し、傷んだ外壁。ぽつんとたたずんでいる姿は、再び持ち主が現れるのを待ちわびているかのようだった。人がいたであろうかつての面影は少しもない。
だが、今不当にこの建物に入っている人間がいる。
窓も扉もないその廃墟の中に、ひとりの男が立っているのを、ローレルは外から確認できた。
サイファーではない。
似ても似つかないスキンヘッドの男だった。サングラスをかけている。
ローレルは策師でも兵士でもない、ただのボクサーだ。ゆえに何か作戦が思いつくというわけでもなく、恐怖心がいまだ残る自分を奮い立たせて正面入り口から堂々と入っていった。
「やっと来たか、隻腕の女」
呟いた男は、筋肉の鎧を着たように屈強で巨躯な男だった。低い声がよく響く。
「誰だお前は」
「名乗る名前はないな。オレはサイファーに頼まれてオマエを回収しにきただけだ。さっきははずれだったからな」
はずれ、という言葉にローレルはぞくりと嫌な感覚を味わう。
それが顔に出ていたらしく、男は口の端を吊り上げた。
「まあ、奴隷を殺せば主人が出てくるのは当然か」
奴隷を、殺した? 主人が出てくる?
何を言っているのか、ローレルにはわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「ふふ、信じられないといった顔だな隻腕。奴隷のほうは、ディスクでわかっただろう? 主人の証拠を見せてやるよ」
男は腕を伸ばすと、ローレルからは見えない空間から何かを掴み壁に叩き付けた。壁が悲鳴をあげ、床に何かが落ちる。
うつ伏せに倒れた人だった。黒髪で、若い……
「あ、あぁ」
見覚えのある姿。
「ああぁ!」
パーガトリ・ブレイド。
倒れてピクリとも動かない若い男と、脳裏に名前が浮かぶ名前がぴったり重なる。
「アアアァァアァッ!」
人がこんな声を出せるのか、そう思えるほど叫びを上げながらローレルはその場に座り込んだ。先程、映像を見た後に収まったばかりの涙も吐き気も、溢れてどうしようもなくなってくる。
「良い声で鳴く。これならサイファーも喜びそうだ。奴隷のほうは脆くてすぐに楽しめなくなったらしいからな」
あの映像は、本物。だとすればリベリアは死んでいる。そして、ここに来たブレイドは。
「しかし、こいつもバカだな。たかが、奴隷を殺されただけなのに、自分の命まで無くしに来るんだからな」
ブレイドも、殺された。
「う、え……」
適当に混ぜた絵の具のように、ローレルの思考も意識も何もかもがぐちゃぐちゃになる。死んだほうがマシだと思えるほど気持ちが悪かった。心臓をわしづかみにされ、内蔵をかき回されて中身が飛び出そうな、とにかくめちゃくちゃな気分だ。
「さあ、オネンネの時間だお嬢ちゃん。こいつよりもオレが強いのはわかるだろう? だから抵抗なんて考えねえことだな」
ぐちゃぐちゃになった視界では何がどうなっているかもうわからない。状況が判断できないまま、ローレルは男の手らしきものに頭を掴まれた。ゆっくりと体が宙に吊り上げられるのが、感覚でかろうじてわかった。
「すぐ楽になるさ。まぁ、その後は死んだほうがマシな苦痛が待ってるがな」
――こんなに、自分は無力なのか。
リベリアも、ブレイドも殺されて、仇さえ討てない。突然やってきた理不尽に、全く歯が立たない。
こんな自分で、誰かに顔向けできるのだろうか。リベリアに、ブレイドに、母と父にも。
許せない。
「許さない……」
目の前にいるであろう男も。サイファーも。
そして何より、無力な自分が許せない。何もできない自分が、憎い。
「まだ寝かせてねえぞ。寝言は寝てから良いな」
拳を握る。
力が、足りない。
攻撃力も防御力も速さも体力も、何もかも。
目の前の男を倒したい。
倒すには、力が足りない。
力が、ほしい。
ことごとく全てを凌駕して、何もかも越えて……
今までと比べものにならないほどの、力を。
自分の技を最大限に生かせる体が。
もっと力を。もっと……
「キサマを」
「あぁ?」
力を、手に入れて……
「キサマをコロシテやる……ッ!」
何かがローレルの中で砕け散った。それが良かったのか、悪かったのか、今のローレルにはわからない。
ただ、今までの人生の中で初めて、これほどまでに力を求め、相手を殺したいと思った。倒すのではなく、殺す。
それが鍵だったのかも、ローレルにはわからない。
目に見えないエネルギーの流れが、体から一瞬で全体に伝わった。体のうちで小さな爆発が起こったような感覚だ。体が無意識に跳ねる。
その後には、全身にかすかな痺れが残った。
しばらくして。
凄まじいエネルギーが足の裏からだんだんと昇っていった。腹、胸、喉……痺れを消し去ってローレルの体中を駆け巡る。力の奔流で、血液が沸騰しているようであった。
異常な熱と力がローレルを支配していた。
「ハァ……」
熱を吐き出す。拳に力を込める。
武器はある。力もある。直感でわかった。
――イイ。最高の気分だ。
驚いたのか男が手を離す。ローレルは地に足を着けた。
そして、脚が爆ぜた。
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