秘密

「うげえぇ」


 ブレイドが帰ってきたのは翌日の昼だった。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「おかえりブレイド」

「たでぇまぁ、おじょーちゃんたちぃ」


 若干呂律の回らない返事をし、ブレイドはソファーに倒れ込んだ。


「負けた……ちくしょう、男がすたるぜぇ」


 酒場に行って勝負も何も無いと思うのだが、ブレイドは何かを悔しがっていた。酔いは冷めていないらしく話し方や言葉が変だ。声は上擦っている。


「ご主人様、お水いりますか」


 四肢を投げ出しているブレイドの背後から、リべリアが問いかける。


「いらねぇ」

「はぁ、そうですか」

「大丈夫か、ブレイド」


 ソファーの上からローレルは声をかける。


「大丈夫だ、問題ない」


 ブレイドは低い声ではっきり返した。


「少しすりゃ、いつもどーりさ。きっと……多分な」


 上擦った声に戻り、ブレイドは言った。

 ソファーの横にいるリべリアと顔を合わせる。


「ご主人様はお酒にお強いので、酔うということは大量に飲んだのかと」

「大丈夫なのか、それ」

「さあ……? 大丈夫なときとそうでないときがありますから」


 珍しくリべリアが不安げだった。


「まあ、フィクションみてえなことにはならねえよ。あ、でもセクハラするかもしれねえ」

「問題あるじゃないかッ」


 手をふらふらと振るブレイドに、ローレルが怒鳴る。


「あー、あんま怒鳴るな。頭に響くから」


 ブレイドは自分の頭を指差し、唸る。


「いいじゃねえか。胸揉んだりしても……減るもんじゃあるまいし」


 そういって指を一本一本、奇妙に動かす。


「へ、減らないからいいってものでもないだろうがっ」

「そういやそうだな。減るから悪いってもんでもねえし」


 相変わらず手をワキワキと動かすブレイドに、軽い身の危険を感じたローレルは話をそらすことにした。


「それよりもウェイブの特訓は今日やってくれるのか」

「やらねえ。明日も休憩だ。やりたいなら筋トレでもしてたらどうだ」

「言われなくとも、やっていたさ」

「へえ……まあ、明後日からまた再開するさ。ついでに約束した闘いもやっちまうか」


 ブレイドは背伸びをし、ソファーから床に転げ落ちる。体が床に激突した途端、ブレイドは足だけを使って起き上がった。


「ふいぃ。おい、リべリア」

「は、はい」

「久しぶりに手作りクッキー食いたくなった。あと紅茶飲みてえ」

「すぐにご用意いたします」

「材料あるか」

「大丈夫です。ローレル様も食べますよね」

「いただこう。最近、そういう類いのものを食べていなかったし」


 お菓子の類は食べていたが、クッキーはクライムに来て以来全く食べていない。


「お任せください」


 リベリアはほほえんで台所に向かっていった。リベリアのいなくなったリビングでブレイドはローレルを見やる。


「俺がいない間に何かあったのか? いつからあいつ、お前のこと名前で呼ぶようになりやがった」


 ただ単に名前で呼んでほしいと言っただけなのだが、素直に言ってしまうのもつまらない。そう思ったローレルの答えはこうだ。

 唇に人差し指を当て、ウィンクをする。


「秘密、だ」

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