デリー

「ジェーン、同じ酒を」

「はいよ」


 デリーは酒を受け取り、飲む。喉を鳴らしながら飲む様は男らしかった。


「美味い」

「アンタはいつも飲んでるだろ」


 顔を手で仰ぎながら、ブレイドが呟く。


「飽きねえくらい美味いのさ、ジェーンの入れる酒は」


 デリーはジェーンに向かってウィンクする。ジェーンは頬を赤く染めた。


「もう、あんたったら」

「けっ! あー、熱いですねえお熱いですねえ。マグマみてえだ」


 ブレイドはそんな二人を見て、仰ぐ手のスピードをわざとらしく上げた。

 デリー。

 デリー・ガード。

 ジェーンの夫であり、ハンズでブレイドと闘ったことのある人間だ。といっても戸籍などないクライムでは正式な結婚など行われていない。勝手に姓をかえ、そろえただけだ。


「オマエだって、リベリアがいるだろうに」

「そういう問題じゃねえよ。んなもんはどうでもいい、情報よこせ」

「人にモノを頼む態度じゃねえな」

「お辞儀でもしろってのか」

「しろって言えばするのかオマエは」


 余裕ぶった笑みを浮かべながら、デリーが聞き返してくる。


「死んだらいくらでも頭下げてやるよ」

「そうかい。ま、お得意様にはサービスしてやるよ」

「気前がいいな。貸しとは思わねえぞ」

「構わないさ。飲んでくれりゃあな」


 二人同時にジョッキを傾け、酒を飲み干す。そして掲げた。


「マスター」


 と、ブレイド。


「ジェーン」


 とデリー。


「もう一杯だ」


 二人の声がぴったり重なった。


「かしこまりました」


 ジェーンは一度礼をし、二人の酒を注ぐ。


「ブレイド、どうせ今夜は丸々空いてるんだろ」

「空いてるといえば、空いているな」

「なら、ゆっくり話をしながら、ついでにどっちが先に酔いつぶれるか勝負と行こうか」

「上等」

「ジェーン。酒をたっぷり用意しておけよ。ビール、ワイン、カクテルなんて指定はしねえからな」

「美味けりゃいい、かい? デリー」

「正解。ご褒美に、あとでキスでもしてやるよ」

「あんた、それであたしを酔わせる気かい」


 ジェーンはデリーの額を指で突き、それから追加の酒を取りにいく。


「さて、ロイヤー・ハーメルンだったな」


 デリーの言葉にブレイドは頷く。


「ハーメルンならたまにウチに来るぞ。酒を飲みにな。1杯か2杯飲んですぐ帰っちまうが」

「どれくらいの頻度だ」

「少ないな。一ヶ月にあるかないか程度だ」

「俺よりは来てるんだな」

「お前は一度来ただけで大量に飲んでいくだろ」

「そのほうが男らしくねえか?」


 ブレイドがジョッキを持ち、一気に酒を飲み干す。


「はっ、相変わらずみたいだな」


 デリーもそれに続いた。


「ハーメルンは現役キングだ。ボブのほうが知ってるんじゃないのか」


 キング、というのはチャンピオンのようなものだ。ウェイブ、格闘技、その両方において頂点に立ったもののことをいう。

 階級などはウェイブの強さで何とかなってしまうため、存在していない。

 ボブと言うのはそのキングの補佐を務めている男だった。ブレイドの知り合いでもある。


「まだ生きてるのかあいつ」

「ひどい言いようだな。まぁ、確かに奇妙なやつではあるがな」

「つっても、俺はあいつと連絡取れねえしな」

「そうか、そいつは残念だ」

「はいはい、お酒を追加するよー」


 戻ってきたジェーンに、二人ともジョッキを渡す。すぐに新しい酒が注がれ、返ってきた。


「そういやもうビーフジャーキーないね。追加しとくよ」


 ジェーンはビーフジャーキーをふたりの間においた。


「デリー、ハーメルンと何か話したか」

「いや、あまり話さねえな……フラッと来て、フラッと帰っていくからなやつは」


 ブレイドはビーフジャーキーを咥える。


「そういや」


 思い出したようにデリーが口を開く。


「近々やりたいことがあるんだが、人が足りなくて困っている……なんて言ってたな」

「人? 何のだよ」

「コイツの強いやつだ」


 デリーは先ほどジェーンがしたように、右手を上げて拳を作った。


「何をやるかは知らないが、そのやりたいことに誘われてな。面白そうだからノッてやった。準備が整ったら連絡しに来るらしい」

「おいおい、俺無しでなに面白そうなことしてやがんだよ」

「まあ、そう怒るな。オマエのことは伝えたから」

「それで?」

「次オマエが来たら伝えろってな。つまり今だ。『参加する気になったのなら、私のところへ来てくれ』だとよ」

「なんだよ。ロイヤー・ハーメルンの住処なんざ知らねえぞ」

「ジェーン」

「はいよ」


 ジェーンが手を差し出してくる。その指先には、紙が摘まれていた。


「これがハーメルンの住所。ブレイド、オマエが一時期いた場所だからなんとなくわかるだろ」


 受け取ったブレイドは中身を確認する。

 イルネスウォーという地名に、住所が書かれている。どうやら家ではなくマンションに住んでいるらしかった。


「こりゃとびきりのだな。助かるぜ」

「しかしなんだって今頃ハーメルンのことを聞きに来たんだ? ハーメルンがキングになってだいぶ経つぞ」

「別に。会いたいやつがいるっつうから、代わりに見つけようと思っただけだ」

「誰だそいつ」

「アンタは知らねえよ。ま、美人だぜ」

「女かい。もしかしてそいつに惚れたのかいブレイド?」

「まさか。ありえねえよ」


 ジェーンに聞かれ、ブレイドは否定した。

 ブレイドは恋愛など興味はない。闘いこそ、自分が一番に求めるものだ。


「気に入ってはいるがな」

「オマエがリベリア以外を気に入るのか」

「おいおい、俺だって男だぜ? 美人にゃ目がいっちまうよ。ジェーンとかな」

「いやーん」

「オマエ、手を出したらタダじゃおかねえからな」


 ふざけるブレイドにデリーが睨みを利かせる。


「安心しろ、出す気はねえから」


 ビーフジャーキーを食べ、渇いた喉を潤すために酒を飲む。

 そしてブレイドは立ち上がった。


「あれ? なんだ、もうお勘定かい」

「いいや。今夜は酔いつぶれるまで飲む。頼み事もまだちょいとあるしな。けどよ……」


 ブレイドは後ろを向いて拳を振るう。急に飛んできた椅子が、ブレイドによって叩き落された。椅子は壊れてはいない。ブレイドが殴ったために床に落ちただけだ。

 気が付けば、酔った客が問題を起こしたようで、集団での喧嘩が始まっていた。


「デリー、飲み比べの前にちょいと運動しねえか? 体がウズウズしちまって仕方がねえ」


 拳を鳴らし、ブレイドはデリーに声をかける。


「ま、店のもん壊されるよりは黙らせたほうがいいか」


 デリーも立ち上がり、ブレイドに並ぶ。

 ほぼ同時にウェイブが発動した。

 燃え盛る炎のような紅と、晴れ渡る大空のような蒼。

 デリーはブレイドの持つ赤の性質とは逆である青のウェイブを使う。

 二人は互いに笑みを浮かべていた。


「さぁ、パーティーの始まりだぜ!」


 ブレイドの言葉を合図に、闘いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る