エピソード3
特訓
「よっ、ほっ」
ブレイドは庭で準備運動をしながら、ローレルを待つ。思えば、誰かを強くさせるために動くのはこれで二度目のことだ。かつてブレイド自身にも「師」と仰ぐ人間がいたのを思えば感慨深いものがある。
「ブレイド」
後ろから名前を呼ばれて振り向く。いるのは当然、ローレルだ。先ほどまでストレートだった髪型は、ポニーテールに直っている。服装も着替えてきたらしく変わっていた。青が基調のノースリーブパーカーに、デニムパンツ。男らしい格好だが、動きやすさを重視していることぐらいわかっている。
「おう、ローレル。説明は聞いたか」
「あぁ。それで、何をするんだ」
「もちろん、ウェイブを習得するための特訓だ」
準備運動をやめ、深呼吸をする。
「ウェイブは心が大事だ。心の奥底から力を求めれば、使えるようになる。そのためには、お前自身を追い詰めなきゃならない」
「追い詰める、か」
ウェイブは殺されかけたときのほうが習得しやすい。自分の無力さを呪い、力を欲するからだ。奥底から求めれば求めるほど、強いウェイブが宿る。指先一本動かせないまでにローレルを追い詰め、擬似的状況でのウェイブ習得というのがブレイドの狙いだ。
そのためには、ローレルに力の差を常に感じてもらわなければならない。
ブレイドはポケットから小さな箱を取り出し、その中身を口に咥えた。ローレルが不快感を示す。
「水蒸気タバコだ、心配すんな」
ブレイドはコートのポケットからライターを取り出し、水蒸気タバコに火をつける。
「見た目は同じだが、吐き出す煙も吸い込む煙も水蒸気さ。こいつを吸えば水分を取ってることになる。タバコ代わりに吸いまくってたら水中毒になっちまうかもしれねえってのが問題だけどな」
水蒸気タバコを口からはずし、息を吐く。水蒸気の煙が、あたりに霧散した。それからまた水蒸気タバコを吸う。
「だから運動に集中したいときの水分補給よ、こいつは」
笑みを浮かべる。悪魔のような笑みだ。
腹の底から、何かを引き摺り出すようなイメージをする。次の瞬間、ブレイドはもう紅蓮のウェイブを身に纏っていた。
「拳の腫れはまだあるな」
ブレイドの問いにローレルが頷く。
「なら、俺の攻撃を全力で避けろ。一撃でも当たったら……」
脚に力を込め、大地を踏みしめる。
「イっちまうかもしれないからな」
地を蹴って少しもしないうちに、ローレルとの間合いを詰める。
「っ!」
ローレルは素早く構えた。だが、ブレイドにとっては遅い。左脚を畳み、力を込めて矢のごとく突き出した。放たれた蹴りをローレルは紙一重で避ける。だが、それだけでは終わらない。足の向きを変え、ローレルの首を狙って横薙ぎにする。
ローレルの首元まで踵が行き、当たる前に止めた。ローレルは固まったまま動かない。いや、動けないのかもしれない。冷や汗がローレルの頬を伝う。
「おいおい、まだ二撃目だぜ? 俺が止めなかったら首の骨が折れちまってたな」
ブレイドは脚をおろし、構えをやめる。
「ローレル、死ぬ気で動け。余計なことは考えるな。理性ごと吹っ飛ばせ。じゃねえとな、そんな貧弱な体で俺の攻撃は避けきれないぜ」
なるべく、ローレルの感に触るように挑発する。ローレルは歯を食いしばり、拳を握り締めた。
「一〇分だ。一〇分間全部避けろ」
そう言ってブレイドは再び攻撃を開始した。
結局。
数時間やり続けて、ローレルが一〇分ほどブレイドの攻撃をかわせたことはなかった。何度か水分補給に休憩を入れたとはいえ、最大でも四分間だった。しかし、ブレイドの予想範囲内だ。そもそもウェイブを発動させている人間の攻撃を、生身の人間が避け切れるわけがない。ブレイドの目的はあくまでローレルのウェイブを引き出すことだ。
「はぁ……はぁ……」
ローレルは汗を大量に流し、仰向けに倒れていた。体を酷使したせいか、涙まで流している。
ブレイドは空を見上げる。夕焼けに染まる空が、太陽が沈み行くのを待っている。
「今日はやめにするか」
「ま……ま、て」
ひどくかすれた声だったが、ブレイドには聞こえた。
「なんだよ」
「ま、だ……避け」
「もう動けねえだろ。ほら水」
ペットボトルの蓋を開け、ローレルの口へ水を流し込む。
「ごぼっ! んんっ!」
呼吸を続けるために、ローレルは口の中の水を必死に飲み干そうとする。ブレイドはそんなローレルを傍目に見ながら、ペットボトルの蓋を閉めた。
喉を鳴らし、呻きながらローレルはなんとか水を飲み終えた。体力は完全に尽き果てている。呼吸をするのにも苦労していた。
「どうだ、気分は」
「さ、いあく、だ」
「だろうな。そんで、どうする? 運んでやろうか」
首を振られる。
「動けるようになるまでここにいるのか」
頷かれる。
「いつ動ける」
「わか……ない」
わからない。そういいたいのだろう。
ブレイドはため息を吐く。
「じゃあ、動けるようになったら戻ってこいよ。鍵は開けといてやるから」
ブレイドはローレルに背を向け、家へと歩いていった。
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