「う、ん……」


 朝日を浴びて、ローレルの意識が戻った。毛布がかけられていないというのに、妙に体が温かかった。それに、横になっていない。座ったまま、頭を何かに乗せて眠っていた。

 まどろみの中でローレルは体を動かすべく……まずは目を開けるために曖昧な意識を目蓋に集中させる。瞳をゆっくり開く。視線を動かし、周りを見る。


「へ?」

「お、起きたか」


 耳元で聞こえる男の声。視界に映る男の体。

 密着しているのは……


「うわっ! あだっ!」

 可愛らしくもなんともない声を上げて、ローレルはあわててその場から離れようとした。脚に力を入れ、立ち上がる。だが、急に動いたせいかバランスを崩す。


「急に動くんじゃねえよ」


 倒れそうになるローレルの体を、たくましい腕で受け止めた。そのせいでさっきよりも近く、正面にきた。


「危ねえだろ」


 ブレイドの顔だった。ブレイドの息が鼻をくすぐるほど、顔が近い。こんなに近くで男と見詰め合うのは、ローレルには初めてのことだった。


「わ、わたっ私! こっ、これはっ」

「まあ、落ち着け」


 早鐘が鳴り、上手く言葉が紡げないローレルをブレイドが笑う。ブレイドは顔を離し、ローレルを先ほどまで寝ていたソファーに再度座らせた。


「アクション映画見てたらよ、お前が寝ちまったみたいで俺によっかかってきたんだよ。起こすのも運ぶのも面倒だからそのままにしておいた。それだけさ」

「な、なんでそのままにするんだ」

「問題ねえだろ」

「恥ずかしいじゃないか」

「はっ! 何かも捧げてやるって言ってたやつが今更恥ずかしいとか言いやがるか」


 からかってくるブレイドを睨む。

 すると、近くで音がした。音のした方向を見れば、扉を開けてリベリアが入ってきていた。眠たそうに目を細めて、なんとなくといった感じに口が開かれた。胸元にネコの顔がプリントされた寝巻を着ている。


「おはよう、ございます」

「おう、リベリア」

「お、おはよう……リベリア」


 ふらふら頼りない足取りでリベリアは歩いてくる。ソファーの背もたれに寄りかかり、体を畳む。まるでタオルか何かを干しているときのような状態だった。


「ご朝食は、何にいたしますか?」

「パンにバター塗りたくったやつとスクランブルエッグ。飲みもんは……紅茶でいいや」

「かしこまりました。カレジ様はいかがなされますか?」

「わ、私も同じものをお願いする」


 自分の希望を言うのは気が引けた。それ以前に、これといって食べたいものがなかった。


「かしこまりました。少々、お待ちになってください」


 布がめくれるように、リベリアの上半身がソファの背もたれから離れる。

 ただお世話になるだけでは格好がつかない。働かざるもの食うべからず、そう思ってローレルはリベリアの朝食作りを手伝おうと考えた。


「あ、いや。私も手伝うよ」

「お気になさらず。私の仕事ですから」


 リベリアは口元をおさえながらあくびをし、キッチンへ向かっていった。


「気使うなよ、あいつは好きでやってんだから。こっちは楽できていいじゃねえか。どうせなら飯も、好きなもん頼めば良かったのによ」


 ブレイドはくつろぎながらローレルに話しかける。


「それは、思いつかなかったから同じものを頼もうかなと」

「そうかい」


 リベリアの料理を待ちながら、ふたりは会話を続ける。


「今日から、ウェイブのことを教えてくれるんだよな」

「使えるかどうかはお前次第だけどな」

「難しい技なのか」

「いや」


 ローレルの問いを、ブレイドは否定した。


「場合によるな。知ってから数日で身に付けるやつもいれば、数年経っても身に付けられないやつもいる。知らずに身に付けちまうやつもいるな」

「なんだそれは」

「ウェイブっつうのはな、ここが大事だからな」


 そういってブレイドは自身の親指を胸に突き立てた。心が大事、ということなのだろう。


「正直言って、これさえやりゃできるようになるってもんはねえ。何もかもお前次第、俺は手助けする程度だ。ま、説明は後にしようぜ。まだ完全に目覚めてねえだろ? 飯食ってからな。リベリアの料理は美味いからよ」


 キッチンからこちらまで、焼けたパンに塗られたバターの香ばしい匂いが漂ってきた。匂いが嗅覚を刺激し、食欲をそそる。

 リベリアは鼻歌を歌っているらしかった。軽快な曲が耳に届く。


「ていうかよ、お前料理できんのか」

「失礼な。上手いわけではないが、人並みにはできるぞ」


 元々、母の代わりに父のために作りたいと思って始めた料理だった。何度も失敗をしながら、それでも父を喜ばせようと一生懸命に練習したものだ。その延長で家事は一通りできるようになった。代わりに、人付き合いや勉学はあまり上手くいかなかったが、後悔は少しもしていない。


「片腕でか」

「片腕だからといって不可能なわけではないのだよ」

「なら、今度ごちそうしてもらうか」


 ブレイドはそういって口の端を吊り上げた。

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