ホラー映画
撃沈していた。
ブレイドの隣でローレルが。
ソファーはブレイド自身が横たわっても窮屈にならないように大きめのものが買われている。
そこでブレイドはくつろぎ、ホラー映画を見ていた。ついでにリベリアと、情緒が十五歳以下のローレルもである。
リベリアはホラー映画を見慣れているのだが、ローレルは当然違う。ホラーを見慣れている様子など全くない。
「あぁ……う、腕が」
「怖いなら見るなよ」
「あぁ……足がぁ」
といっても、まだ普通のホラー映画ならばローレルも平気だったのかもしれない。だが、今見ているのは内容がキツイスプラッターホラーである。子供に見せたらトラウマ決定、超アンラッキーな映画だ。
イチコロスイッチと呼ばれる機械を手に入れた大悪党が次々と人を殺していくさまを描いた作品だ。気分が良いわけがない。しかも殺害方法が毎回残虐で回りくどい。つまり、人の恐怖をギリギリまで引き出すのである。
こんな内容では、ついさっきまで「所詮フィクションなのだから」などと言っていたローレルも、
「もう、イヤだぁ」
と、涙ぐみながらブレイドにしがみついていた。ブレイドの左隣にいるリベリアは平然と視聴をしている。驚きさえしない。ちなみに歳はローレルが一つ上である。
「お前、部屋に行けば見なくて済むんだからそっち行けよ」
「うぅ……」
「あ、次な。下から来るから」
「し、下? よし、そこだけ気をつければ……って上じゃないか! ふざけるなバカッ」
怖いもの見たさ、なのだろうか。泣き出しそうになりながらも、ローレルは視聴をやめようとはしない。
別にブレイドはそれでも良かった。ローレルはからかい甲斐がある。それにしがみついてきているおかげで胸の感触も楽しめるからだ。本人は気づいていないので、あえて黙っておく。
「まだ続きそうですし、お酒とおつまみでも持ってきましょうか」
対してリベリアは怖がるどころか、食事を提案してくるほどの余裕っぷりだった。
「そういう気分でもねえから、とりあえずいらねえ」
「かしこまりました」
「うわぁっ」
「ローレル、うるせえよ」
「こ、こんなもの、平気でみられるわけないだろうがっ。そもそもなんでお前は平気なんだっ」
「慣れてるから。リベリアもそうだぜ……おっとまた下から来るぞ、気をつけろ」
「そう何度も騙され……ほんとに下ぁ!」
悲鳴を上げるローレルをブレイドは笑う。
映画、ドラマ、音楽、小説……多種多様な娯楽作品を、ブレイドが集めだしたのは数年前のことだった。ごっそりと集めた娯楽作品は全てこの家にあり、リベリアに管理させている。
集めているのには理由がある。
ブレイドが生きる現実には、ブレイドが求めているものがあまりなかった。それは例えば「スリル」だ。
目が潰れれば耳が。
鼓膜が破ければ嗅覚が。
感覚が鋭利なブレイドは何かひとつが機能しなくなっても、周りの状況を把握することが可能だ。後ろだろうと前だろうと関係ない。さらに長年の経験で手に入れた危険察知能力のおかげで大抵の脅威は予測することができた。先が見えているのは、ブレイドにとってどうしようもないほど退屈でつまらないことだ。
ハンズで強者と闘えれば、スリルを味わうことができる。だが、早々出会えるものではない。
だからこそ、娯楽作品というものはブレイドにとって必要だった。異様に値段がはるが、金など問題にはならない。
今見ているホラー映画だってそうだ。襲われ、殺される瞬間の恐怖。殺人鬼に追われるときのスリル。これらは現実ではなくフィクションであるが、フィクションであるからこそ擬似的な恐怖やスリルを味わえるのだ。
もちろん、娯楽作品では「擬似的」なものが多い。だからこそ、ハンズで強者と闘えるときの興奮に比べれば劣る。しかしそれでも、飢えたブレイドには必要だった。
それに、たびたび出てくる気の利いたジョークも面白い。
「ご主人様は楽しそうですね」
「あぁ、いろんな意味でな。ところでなんで寄ってきてんだお前」
リベリアは先ほどまで空けていたブレイドとの距離をなくしていた。肩を寄せて、体重をかけてくる。
「カレジ様もしていますでしょう」
「こいつは無意識だろ」
「では、私も無意識で」
「自覚してる時点で意識的だろ」
「迷惑でしたら、ご命令を」
コートの袖を掴みながら、リベリアは上目遣いで提案する。ブレイドは笑みを浮かべ、リベリアの手を振りほどいた。
「迷惑じゃねえな。むしろ来い」
「かしこまりました」
ブレイドはリベリアの肩を抱いた。リベリアの手を振りほどいたのは、肩を抱くためである。
リベリアは奴隷だ。家族に見捨てられ、買い取られることだけを待っていた奴隷。信頼できる人間も、友もいなかった。
そのためかどうかはわからないが、娯楽作品に影響を受けやすい。突飛な行動に出るのも、珍しくなかった。
こうして、距離を近づけてくるのも何かの影響であろう。ブレイドが思うに、恐らくアニメーション作品だ。
「うわああ! 手がっ。また手がぁ!」
「それだけじゃねえぜ。ほれ、目だ、耳だ、鼻だ」
「も、もうやめてくれっ」
「やめねえ。ちなみにあと一時間あるな」
人生は刺激がなければつまらない。ただ生きるだけでは、ブレイドは満足できなかった。
だからこそこうして娯楽作品を集める。ローレルのような強者との闘いも求める。欲望のままに、興奮のままに。
平和も平穏もいらない。
ブレイドはただ楽しければいいのだ。
それが。
それが例え、自分自身を滅ぼすことになろうとも。
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