ブレイドの家

 翌日。


 ローレルはブレイドの車に乗せてもらい、スケート場に置いたままだった荷物を回収した。ブレイドにウェイブを教えてもらうため、再び車に乗せてもらった。それ以降は一日のほとんどの時間を車で過ごし、ブレイドと共に二度目の夜も過ごしたが何ら問題が起きることもなく過ぎていった。


 二日間、恋人でも家族でもない異性と共に過ごすのは、ローレルにとっては異常なことだったが気にはならなかった。それはブレイドが妙な気を起こさないであろうと信じてしまっていたし、ブレイドもローレルに何かしてやろうなどという素振りを一切見せなかった。警戒すればするだけバカらしかった。


 それに。


 それに、更に異常なことがこれからあるのだ。


「ここがお前の家、か」


 これからしばらくはブレイドの家で過ごすことになるのだから。


「あぁ、見た目は普通だろ」


 ブレイドがローレルを連れてきたのは、白い壁に青い屋根と見た目だけは変わり映えのしない住居だった。

 駐車スペースに止めた車から降り、ブレイドと並んで住宅の玄関へ向かう。

 扉は鉄製だった。鍵を入れるような場所が見当たらない。


「これ、どう開けるんだ」

「カードキー」


 ブレイドはカードーキーらしきものをズボンのポケットから取り出す。カードキーは扉の装飾によってできたと思われる隙間へ入れられた。


「そ、そんなところで」

「カモフラージュだよ。たまに差し込む場所間違えて面倒だけどな」


 カチリと音がし、鍵が開く。ブレイドは扉を開けて中に入っていく。ローレルもその後ろをついていった。

 玄関では綺麗に靴が並べられていた。

 ローレルが育ってきた場所では玄関で靴を並べることはしない。履いている靴はそのまま、土足で家の中へ入る。使わない靴は仕舞う。それだけだ。

 故に、こんな光景は新鮮に思えた。


「玄関で靴脱げよ」


 ブレイドはさっさと靴を脱ぎ捨て、先へ進む。ローレルは靴を脱いだ後、整えてからブレイドを追いかけた。


「私が育った場所は玄関で靴を脱がない習慣だったんだが」

「俺もそうだ。この家は優秀な建築者かなんかが造ったらしいんだが、どうもそいつが住んでた国の習慣らしい。掃除する手間が少なくなるし、このほうがいいだろ」


 短い廊下を歩き、扉を開けた先にはリビングがあった。

 思ったよりも広い。

 ローレルから見て左側にあるのが台所とカウンターテーブル。右側にあるのがテレビとテーブル、ソファだった。壁のほうには窓がひとつも設置されていない。だが、天窓があるらしく日の光が差し込んでいる。

 とりあえず、荷物は壁際に置いておくことにした。


「帰ったぜ、いねえのか」


 ブレイドは誰かに声をかけながら、台所へ向かう。ローレルが何をすべきかわからずに立ち止まっているうちに、ブレイドは台所からテレビのほうに歩く。

「誰かと住んでるのか?」

「あん? 俺がほとんどここを留守にするからな。管理とかさせるために一人……」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 静かな、それでいて耳に響く声がした。女性の声だ。

 声のした方へ目を向ける。右側の奥。どこかに続く扉の前で、一人の少女が立っていた。

 濡れた、艶やかな黒髪。ほっそりとした顔立ちに、ややたれ気味の瞳。


「こんな格好で申し訳ございません。ご主人様のご帰宅がいつも急なものですので」


 目を引くのは褐色の肌ということだ。そして、少女は……


「リベリア。堅苦しいあいさつは抜きにして、さっさと服着ろ」


 体にバスタオルを巻いた程度で、その他一切衣服を着用していなかった。小さな雫が、少女の首筋や肩を伝っていく。


「かしこまりました」


 リベリアは一礼するとすぐ近くにあった扉を開け、そこへ入っていった。静かに扉が閉まる。


「な、な……」


 突然すぎる出来事に、ローレルは固まってしまう。

 ブレイドはため息を吐いた。いつの間にか、リベリアがいたところへは背を向けている。


「……い、今のは」

「奴隷だよ。俺の飼ってる」


 少女がまるで、ペットか何かのようにブレイドは答えた。


「クライムは物騒だからな。いつ家がぶっ壊されるかわからねえし、家を管理するやつがほしかったんだよ。ついでに家事とかやってくれるやつ」


 それはブレイドが外出が多いからなのだろう。車であらゆる場所をまわっていながら、帰る家は残しておきたかった。そのために家を守ってくれる人間が必要だった、そういうことらしい。


「クライムに奴隷なんてあったのか」


 ローレルが一人呟くと、ブレイドは呆れたように肩をすくめた。


「当たり前だ。金を稼げりゃなんでもいいんだよ。実の子供を売りに出そうが、金さえ手に入ればな」


 それは恨み言のようだった。


「お待たせしました」


 しばらくして丁重な言葉と共に、リベリアが部屋から出てきた。

 濃い青色のシャツを着て、白いズボンをはいていた。その上から、黒が基調のエプロンをかけている。何やらネコのキャラクターがプリントされている可愛らしいエプロンだった。


「おかえりなさいませご主人様」

「さっきも言っただろ」

「お返事を、いただいておりませんでしたので」

「……ただいま」


 ブレイドはリベリアに振り向く。


「用事が出来てな、しばらくはここにいる」

「それは」


 リベリアは繊細そうな手を、ローレルに向ける。


「そこのお客様のことで、でしょうか?」

「ああ、ローレルだ。これからしばらくはここに住んでもらう。仲良くやってくれ……ていうか、面倒なのは任せた」

「かしこまりました」

「さて、久しぶりに帰ってきたことだし、何か映画でも見るかな」


 ブレイドはテレビの前で屈み込み、その下にあるらしき戸棚から何かを探し始めた。

 ローレルがどうすればいいのか迷っていると、リベリアが歩み寄って来た。耳にかかった短い黒髪を、手で払う仕草が妙に女性らしく思えた。


「いらっしゃいませ、お客様。よければお名前を教えていただけるととても嬉しいのですが」

「え、あぁ。カレジ・ローレルだ。よろしく頼む」


 ローレルが握手をするために手を差し出す。リベリアは不思議そうにローレルを眺めながらも、手を握ってきた。


「リベリアです。姓はありません。失礼でなければ年齢も教えていただけませんか? 私は十六です」

「私は十七だ。ひとつだけ年上だな」

「そうですね。よろしくお願いします」

「よろしく」


 ローレルは今まで歳の近い人が少なかったためか、リベリアの年齢を聞いて少しだけ嬉しく思った。というより、ローレルに話しかけてくる人間は大抵年上の男だ。久しぶりに歳の近い、しかも女性に会えてローレルは安堵してしまうほどだった。

 リベリアは手を離した後、自身の顎に手を当てて考えるようなしぐさをした。


「ご主人様、カレジ様の寝床はどうしましょうか」


 リベリアがブレイドに問いかける。ブレイドはこちらを振り向かず、何かのケースを出したり仕舞ったりしている。


「そう、だな……リベリア、お前の部屋を貸してやれ」

「かしこまりました」

「ちょ、ちょっと待て。私は別に寝床がなくとも」


 リベリアの部屋をローレルが使うとなれば、リベリアはどうなるのか。そう思うとローレルは素直に受け入れられなかった。


「ローレルが気にするこたあねえよ。リベリアは奴隷なんだしよ」

「しかしな」

「それに、リベリアにゃ俺の部屋で寝てもらうし、俺はそこのソファーだ」


 ブレイドが言ったが、ローレルは納得がいかない。ローレルはここにおもてなしを受けに来たわけではないのだ。最低限環境が整っていれば文句はない。

 ローレルがソファーで寝るのが普通であり、リベリアやブレイドは自分の寝床を使うべきなのだ。


「それもそれでダメなんだが」

「じゃあ何がいいんだ」

「私がソファーで寝る」

「却下」

「なぜだ」


 ローレルが背中を向けているブレイドを睨みつけたところで、リベリアが軽くローレルの肩を叩いてきた。それから、遠慮がちに説明を始めた。


「カレジ様。ご主人様が睡眠をなさるときは大抵ソファーです。ベッドはほぼ利用されません。せいぜい本をお読みになられるときの椅子代わりでございます」

「……え」

「そういうことだ。俺の寝床はいつも通りってわけだ」

「私はいつもご主人様の部屋で寝……いえ見慣れていますので。カレジ様は同性の部屋のほうがまだ寝やすいかと」


 無表情のリベリアに言われては、返す言葉がなかった。他意があった気がしなくもないが。


「納得したならリベリアの部屋で寝るこった」


 ブレイドはひとつのケースを持ち、立ち上がる。映画のソフトの入ったケースらしかった。


「っつうわけで、見たくなきゃ部屋に逃げ込んでな」


 ローレルはブレイドが持っているものを近くに行って確認する。

 ホラー映画だった。パッケージの左上にはR指定がされており、十五歳以下は視聴を控えるように警告がしてある。


「ここに十五歳以下はいないぞ」

「情緒が十五歳以下ならいるけどな」

「誰が十五歳以下だっ!」

「お前だよ」

「ふざけるなっ」


 ローレルをからかいながら、ブレイドはディスクを取り出してプレーヤーに挿入する。


「ま、クライムにこんなもん守るやつなんざいねえけどな。ただ……」


 ブレイドは笑みを浮かべる。悪魔のような笑みを。


「トラウマになろうが、自己責任だぜ」

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