戦って……

 ふたり並んで歩く。

 歩道はない。ただの草原を歩いていく。すぐそばでは道路があり、車が横を通り過ぎていく。


 人が死んだ。


 それを見るのは何度目だろう。ローレルは数えてみる。すぐに数え終わった。指の数よりは少ないのが幸いかもしれない。もしかしたら、ブレイドは数え切れないほどの死を見てきているのかもしれない。当然、実際に殺したことも。現に、ローレルを助けるためとはいえ、ファウルを殺してみせた。ブレイドが悪いわけではないが、何も気にしていないところを見ると、慣れているらしかった。


 自分は。


 自分は闘えなかった。抵抗もできずにファウルに捕まり、車に乗せられた。ブレイドが来なければ、今頃どうなっていたか。死んでいたのだろうか。

 改めて知る。自分はまだ弱い。まだ未熟だ。「あの人」にはまだ遠く及ばない、と。


「サイファー、か。多分、俺の知ってるやつだな」


 沈黙を破り、ブレイドは思い出したように呟いた。


「そうなのか」

「あぁ。噂で聞いてるだけだけどな。ハンズをやってる。アンタと一緒でな。趣味の悪さで有名だぜ」


 趣味。

 それが何を表すのか。聞くまでもなく、ブレイドが答えてくれた。


「女を誘拐して、拷問。死んだら、また女を誘拐して、拷問。その繰り返しさ」

「…………」


 つまり、あのまま連れて行かれていたら、ローレルは拷問を受けてそのあげく殺されるところだった、ということだ。考えただけで寒気がするような話だ。


「ま、そんなビビんなよ。助かったんだからよ」

「お前の、おかげでな。その、ありがとう」


 ブレイドのおかげで自分は助かった。なのに、お礼もしないのは失礼だろう。ローレルは命を助けてくれたブレイドに、何も返せるものがないのが情けないと思った。


「気にすんな」

「気にするさ。それに、人を殺させてしまったし」

「初めてじゃねえんだ。問題ねえさ……ところで、アンタ。これからどうするんだよ」


 ブレイドに尋ねられ、ローレルは考える。

 そろそろ場所を変えたほうがいいだろう。周と呼ばれる、クライムでも外部側の地域は大体見てきた。だからクライムの中心へ向けて移動してもいいだろう。

 クライムは円形をしている。次移動するとなればもう少し内側の地域だ。

 だが。


「わからない」


 ローレルは自分の未熟さを思い知ってしまった。だから自信がない。この先、一人でやっていけるのか。生きられるのか。

 考えて、ローレルは自嘲気味に笑った。


「負けられない、そう思っていた。けど、気持ちだけじゃどうにもならないな。力の差を改めて思い知って、どうすべきかわからなくなってしまった」

「俺から見ても、アンタは強いぜ」

「だけど、ブレイドには太刀打ちできない。あいつらに捕まったとき、抵抗さえできなかったんだぞ」

「そんなもん、ウェイブに生身で抵抗できるほうがすげえよ」

「ウェイブ?」


 聞きなれない単語に、ローレルは首をかしげる。

 ブレイドは軽く息を吐いた。紅い、靄のようなものがブレイドの身を包む。


「これだよ、これ。こいつにも強度があってな。強めりゃ……」


 靄の色が濃くなっていったかと思えば、それは光の膜に変わっていた。ファウルとサイファー、そしてブレイドが闘ったさいに出していたものだ。


「見え方が変わる。強けりゃ強いほど色ははっきり見える。これがウェイブさ」


 まるでろうそくにつけた火を吹き消すように、ブレイドのウェイブが消える。


「ウェイブは人の姿のままで、人を超える技だ。生身で勝とうなんざ思わねえことだな」


 ブレイドの話は具体性に欠けていて、ローレルには理解しがたいものだった。ただ、そのウェイブを使える者に、生身で挑むのは無謀だということだけはわかった。


「そんなものがあったんだな」


 そうこうしているうちに、スキー競技場の建物が見えてくる。

 戻ってきたのだ。

 駐車場には、もうほとんどの車が止まっていなかった。駐車場を横切りながら、ブレイドとの会話は続く。


「けどよ、ホントにこれからどうすんだよ。まだここで闘うってんなら、また観戦させてもらうが」

「いや。もうここで闘うのはやめるよ、痛い目にあったしな」

「行くアテはあんのか」

「ないな。最初から計画などないさ。適当に決めて、適当に動く。今までそうだった」


 競技場の入り口までたどりつく。しかし、入り口は開いていなかった。鍵がかかっていて開かない。


「閉館ってか。そういやこんな時間までここに居座ったことなかったな」

「私の荷物、この中なんだが……」

「入り口、ぶっ壊してやろうか」


 コキコキ、と。ブレイドは拳を鳴らす。そして、入り口の扉を殴るべく構えたブレイドをローレルは慌てて止める。


「いや、何もそこまでしなくても」

「じゃあ、どうすんだ? 野宿でもするのか。金も中なんだろ」

「そ、そうだが」

「じゃあ、壊そうぜ」

「やめてくれ頼むから!」


 再び殴るべく構えたブレイドをローレルはもう一度止める。

 とはいえ、これは予想外だ。競技場が閉じているのでは、更衣室のロッカーに仕舞っている荷物を取り出せない。完全に今のローレルは一文無しだ。宿泊施設を探して泊まることすらできない。


 ついてない日だ。


「どう、するか」


 一夜をどう過ごすべきか考え始めるローレルの横で、ブレイドは突然指を鳴らした。


「ならよ」

「なんだ」


 ローレルがブレイドのほうを向けば、ブレイドは悪魔のような笑みを浮かべていた。


「俺と寝るか?」


 しばらくの間、ローレルの思考は停止することとなった。

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