ブレイドの戦い

 ローレルは驚きを隠せなかった。無論、ブレイドのことでだ。


 ブレイドの強さにも驚いている。ネイルガンから射出される釘を、素手で止めるなど常人にはできない。だが、それ以上に、ブレイドが助けに来てくれたことに驚いていた。ローレルがブレイドと会話したのはたった一度のみだ。顔見知り程度で、リスクを犯して助けられるような間柄ではない。


 しかし、ブレイドは来た。ローレルを助けに。下手をすれば、死ぬというのに。


「来いよ、デコ助野郎。武器なんか捨ててかかってこい」


 右手で挑発をするブレイド。強がっているのではなく、純粋な余裕が表情から見てとれた。よほど自分の力に自信があるらしい。それともただのバカなのか。


「上等だ、ぶっ殺してやる」


 サイファーがネイルガンを捨て、構える。黒い光の膜のようなものがサイファーの体を覆っていた。そして、ファウルも同じように紫色の光を身に纏う。


 以前見た靄のようなものとは明らかに違った。それよりも強力なものに思える。ファウルはローレルと闘ったときに本気を出していなかったのだろう。無意識にローレルの体が緊張していた。


「ブレイド」

「なんだ」


 ブレイドは振り返らず、ローレルに応じる。


「逃げろ」

「いやなこった」

「だって相手は二人いるんだぞ。正直言って私より強い……」


 悔しさに歯を食いしばる。あんな男たちに勝てない、自分の未熟さに腹が立つ。


「これじゃあ、実質二対一だ。不利な状況で闘う必要なんか、お前にはないだろう」


 ブレイドは一度忠告をしてくれた。そして、自分はそれを軽く受け取り、こんな目にあっている。いわば、自業自得。自分の弱さゆえの過ち。それにブレイドが付き合う必要などはない。


「あの二人の狙いは私だ。だからお前が首を突っ込む必要は」

「ある」


 ローレルの言葉をさえぎって、ブレイドはきっぱり言い放つ。


「結果的にアンタを救うことにゃなるが、俺は俺のやりたいことをやってるだけだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。欲望のままに、やりたいように俺は行動する。俺は逃げるつもりは毛頭ねえ。だから逃げねえ」


 ブレイドは歩き出し、ローレルから離れる。そこへファウルがブレイドに襲い掛かってきた。


「それによ」


 ファウルは腕を振るい、パンチをブレイドに浴びせようとする。

 だが。


「一度助けるって決めた女を置いていったら、男じゃねえ」


 次の瞬間には殴りかかってきたファウルのほうが地面に叩きつけられていた。良く見ると、ブレイドはファウルの手首を掴んでいる。おそらく、殴られる前に手首を掴み、投げたのだろう。


「はあぁ……」


 そして深い呼吸の後、ブレイドの体を紅い炎のような光が包み込んでいた。熱でも帯びていそうなその光を纏ったブレイドは、並々ならぬ威圧感と迫力を持っていた。口元に浮かべた狂気的な笑みは、まさに悪魔であった。


「何もひとりずつ来る必要はねえんだ。ふたりとも来いよ」


 ファウルの手首から自分の手を離し、ブレイドは肩をすくめてみせた。その挑発的な態度は、とても不利な状況にいる男のものとは思えなかった。


「ハンズじゃねえんだ、これは。いつもと違う闘いも悪くねえだろ」


 楽しんでいる。

 ブレイドはこの状況で闘いを楽しんでいた。

 ファウルが地面を蹴り上げ、足をブレイドに叩きつける。ブレイドは左腕で蹴りを受け止め、その左腕に右手を添えて威力を殺していた。両腕に力を入れ、ファウルの蹴りを弾き飛ばす。


 ブレイドの背後には拳を構えたサイファーがいた。サイファーは長身で、中肉中背のブレイドと比べれば体格的に有利かもしれない。


 ローレルはブレイドに警告しようと思ったが、今更声を出しても遅い。サイファーの拳は、迷いなくブレイドの後頭部に吸い込まれていき……


「ふげっ」


 直前で軌道が逸れたどころか、逆方向に飛んだ。サイファーは体のバランスを崩し、地面に倒れている。ブレイドに叩きつける拳は当たらず、代わりにサイファーの肘が地面についていた。ローレルがブレイドの脚に視線を巡らせると、ブレイドの右足が浮いていた。どうやら、右足を後ろへ払って、サイファーを転ばせたらしい。


 凄まじい反応速度だ。


 サイファーも負けじと、倒れた状態から蹴りを放ち、ブレイドの足を払いにくる。だが、ブレイドは宙返りしてみせた。サイファーの上を回転し、サイファーの背後で着地する。


「もらったぞ」


 ブレイドの着地時を狙って、立ち上がっていたファウルが腕を伸ばす。そしてブレイドが着ている、黒いコートの襟を掴んだ。ファウルはブレイドを片腕で放り投げる。サイファーは、ブレイドが投げられている間に立ち上がり、体勢を立て直した。


 数メートル上空へ投げ飛ばされたブレイドを、ファウルとサイファーが並んで待ち構える。自由落下してくるブレイドを、二人で攻撃するつもりだろう。

 投げ飛ばされた高度が、最高までいくとブレイドは脚を振り上げた。


「ワン!」


 ブレイドが叫ぶ。


「ツゥ!」


 上体に勢いをつけ、回転する。両足を広げ、回転しながら勢いをつけるブレイドが落下してくる。これには、ファウルもサイファーも予想外だったのだろうか。


「スリィ!」


 サイファーは体勢を低くして横に跳ぶ。ファウルは動かなかった。否、動けないのだろう。投げられ、落ちるだけだったブレイドが、回転をしながら脚を振り下ろしてくるのだから。

 ブレイドが回転し、脚を振るい、ジャストタイミングで放たれた踵落とし。

 それがファウルの頭に直撃した。ファウルは耐え切れず、その場に倒れる。避けていなければ、サイファーも同じことになっていただろう。脚は二本あるのだ。


 着地したブレイドは満足げに鼻を鳴らす。


「パーフェクト! とまでにゃいかねえな」


 ファウルは今すぐに動けないだろう。何せ、強烈な一撃を受けただけでなく、今頭を踏まれている。だが、サイファーは別だ。攻撃を回避したサイファーは動ける。案の定、サイファーは動き出した。


「……え」


 ただし、ローレルに向かって。

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